拙著『マーケティング入門』(日本経済新聞出版)で、女性向けカジュアルファッション衣料品チェーンの「㈱ハニーズ」(本社:福島県)を取り上げた(2009年)。第一章の冒頭で、ベーシックな衣料品を提供している「ユニクロ」(㈱ファーストリテイリング)と、ビジネスモデルを比較するためであった。
来年早々(2013年2月8日)に、神奈川県の湘南国際村(生産性国際交流センター)で開催される「JCSIシンポジウム2013」で、ハニーズの江尻義久社長を特別ゲストとしてお迎えすることになった。その打ちあわせと、マーケティング事例の「情報更新」を兼ねて、大学院生(稲垣君)と二人で、久しぶりにいわき市の本社を訪問した。
午後の物流センターの見学では、江尻社長ご本人が、ご自分の設計したベルトコンベヤーシステムの説明役をかってでてくれた。また、「いわき湯本店」の店頭では、江尻社長の姿を見て、店長がびっくりして飛び出してきた。
商品ラインとブランド戦略を、店頭の商品を見ながら、社長から直々に聞くことになったわけである。わたしも稲垣君も、ラッキーだった。ハニーズは、いまも進化し続けていた。
以下は、先月(11月)の20日に、本社訪問の際に作成した個人メモである。(事柄の性質上、公表できない企業の内部情報については秘匿してある。)
1 中国市場
ユニクロ(2003年)にやや遅れて中国に進出したハニーズ(2005年)は、国内の業績が低迷を続けていた。それとは好対照で、ハニーズの中国ビジネスは絶好調である。尖閣列島での日中衝突事件を乗り越えて、今年末も、月間20~25店舗の出店速度にほとんど変化が見られない。
このままのペースでいけば、3年半後の2016年3月には、中国の国内店舗数が1千店を超える勢いである。日本のアパレルチェーン(例えば、クロスカンパニーなど)が上海・北京を中心に、中国で積極的にチェーン展開を進めている。しかしながら、ハニーズの出店スピードには、海外出店に急速に舵を切っているユニクロといえども、容易にはついていけないだろうと思われる。
くわしい説明は省くが、これだけの出店速度を維持できているのは、中国人(現地人)の使い方(働くモチベーションの与え方)が他社とは大きく異なっているからである。中国事業の中心には、日本で教育を受けた中国人の経営グループがいる。数百人の現地スタッフの中で、日本人は総経理ただひとりである。
日本企業にはめずらしく、経営の現地化が進んでいるのである。やや不安だとすれば、江尻社長ご自身が、現地経営の細部に精通してはいないことである(と、わたしは感じた)。
2 国内事業
国内では、ハニーズの店舗数(約850店)、売上高(約850億円)ともに、ここ数年ではほとんど変化が見られない。しかし、国内事業の収益力は緩やかに改善している。
店舗数 2008年 2009年 2010年 2011年 2012年(すべて5月末)
国内 845 904 887 851 834
中国 65 104 142 231 415
合計 910 1,008 1,029 1,082 1,249
その理由を江尻社長から直接に伺うことができた(一部は、同社の「2012年度・事業報告書」に記載されている)。
3年前と比較したとき、事業のもっとも大きな進化は、顧客対応と商品政策である。そのために、ハニーズはターゲティングとブランディングのやり方を変えている。
わたしが強く印象を受けたのは、コア顧客のニーズ対応に、「通勤・通学」というオケージョンを加えたことである。従来のハニーズのブランドと商品構成は、カジュアルの「ファッション」が基本だった。もともとのコアユーザーは、ジュニア(女性10代~20代後半)である。
ところが、就職や結婚で、彼女たちのライフスタイルが変わっていく。商品的に、そうしたユーザーに対して提供する商品をハニーズはもっていなかったのである。ライフステージが変化した顧客(20代~30代後半)に対して、おしゃれな通勤通学服を提供できるように、新たにブランドを立ち上げたわけである。
典型的にブランドのポジショニング変更は、”GLACIER”と”CINEMA CLUB”であろう。
同社のHPで”GLACIER”は、「働く女性への通勤カジュアルブランドかっちり系の通勤スタイルを中心に、20代から40代の働く女性の生活シーンにトレンドを程よく取り入れたスタイリングの提案をしています。着まわしの出来るアイテムを豊富に揃え、質感と価値を重視した展開をしています」と説明されている。
第二ブランドの”CINEMA CLUB”は、「着まわしのきく大人カジュアルブランド」としてポジショニングされている。ブランドコンセプトは、「20代半ばから40代までの大人の女性に向けた、普段着からお出かけ着まで様々な用途にお応えするカジュアルブランド。フェミニン系とナチュラル系の二本柱を中心とし、コーディネイトしやすいファッションを提案しています」とされている。ターゲット顧客層の年齢を10歳ほどアップしていることが特徴である。
このポジショニングチェンジが、ここ数年での顧客満足度向上に結実している。
わたしたちが、江尻社長を湘南セミナーにお迎えするのは、したがって中国事業の成功によるものではない。国内での顧客満足度が高まったことに対する評価なのである。
国内衣料品チェーンの中で、ハニーズのCSは第二位(トップは西松屋)に躍進している。もしかすると、来年度はトップに躍り出る可能性がある。売上や店舗数だけで、企業のパフォーマンスを測定すべきではない事例であろう。
結果として、ハニーズの国内事業は、じわじわと利益を増やしてきている。本社は、福島第一原発から100KM少しの所にある。地方の地味な企業で、商売も決して派手なわけではない。しかし、将来の注目企業である。