『マーケティング・ホライズン』(日本マーケティング協会)から依頼されて、以下の紹介文を書かせていただいた。「(株)ドゥ・ハウス」の稲垣佳伸さんの近著についての短評である。
稲垣さんとは、元「味の素」の山中正彦さんなどを通して、不思議な縁で結びついている。書評では触れていないが、わたしども(山中、中島、林、小川)が1989年に翻訳したアーバン他『プロダクト・マネジメント』プレジデント社、を仕事で使っているとうかがったことがある。
書評: Prefessor’s Choice 小川孔輔
マーケティングホライズン(2003年6月号)
『実学入門 なぜ売れないのか』(稲垣佳伸著、日本経済新聞社)
定性分析の名人が日本には3人いる。評者の友人に限定して達人と言えるのは、辻中俊樹氏(ネクスト・ネットワーク)、梅澤伸嘉氏(マーケティング・コンセプトハウス)、そして本書の著者である稲垣佳伸氏(ドゥ・ハウス)である。ユニークな仕事に挑戦している彼らに共通しているのは、定量調査がもてはやされた80年代はじめの頃から、独自の思想に基づく調査手法を開発してきたことである。
稲垣氏の仕事ぶりについては、インターネットが普及しはじめた直後から、非デジタル系の「Doさん」を活用した定性調査手法をネット環境にいち早く適応させ、商品開発のプロセスへフィードバックするという実績を残してきたことで知られている。”借り物ではない”方法論の正しさはすでに実証済みである。稲垣氏の特徴は、商品開発の最下流である店頭情報の収集に関してユニークな方法論を展開してきたことである。小売業者やメーカーの開発担当者の間で、稲垣流の「聞きコミ(ュニケーション)論」の信奉者は多い。マーケティング計画は、Plan-Do-Seeの流れに沿って立案せよと教室では教えられるが、稲垣流ではまず虚心坦懐に「事実」を観察することから始めよと主張する。
行動主義的マーケティング論は正しいだろう。というのは、読後に商品が売れない理由を評者なりに解釈すると、現状のマーケティング・営業組織では、事実を歪曲した「意見」が横行しているからであり、管理指標として利用価値が高い定量情報から無理やり「仮説」を導きそうとするからである。翻訳書のテキストでは語られない市場調査の真実を、学生に正しく伝えるべき時がきたと感じている。