先月、ゼミの学生たちの感想文の対象になった本である。原著“The Hamburger”は、2008年の刊行。学生たちは、自分の食(職)の体験として、この課題図書を読んでいた。「食」とは、自らの食生活で、「職」とは、アルバイトなどを通した職業体験である。
いまや、ハンバーガーは、日本人にとって、なじみの深いファーストフードである。
日本人が米国ブランドとして、いちばん先に想起する(思い浮かべる)のは、かつては「コーク」と「マック」であった。たぶん20年前まではそうだったのだが、いまは、「ナイキ」と「マック」に変わっている。最近の新聞(日本経済新聞)で、そのようなデータが公表されていた。
マクドナルドは、永遠そうに見える。しかし、ハンバーガーの歴史は、せいぜい100年である。マーケティング発祥の歴史くらいに、実は新しい食べ物である。
本書は、アメリカ文化史家で食物史家(そんな、職業分類があるのかどうかは不明だが、帯にはそう書いてあった)のジョシュ・オザースキー(Josh Ozersky)の手によるハンバーガーの普及文化史である。本書を読むまでのわたしの知識は、以下のようなものであった。
「ハンバーガー」という食べ物は、ドイツのハンブルクが語源で、移民とともに米国に渡り、その後に、カリフォルニア州で成功しかけていたマクドナルド兄弟のビジネスを、実業家のレイ・クロックが買い取って、全米に普及させた。第二次大戦後に、米国経済の世界制覇の象徴として、また、フランチャイズチェーン・ビジネスで企業を成長させる仕組みとして、マクドナルドは世界に広がっていった。それは、ある種の文化的な象徴であり、経済的な実態である。
第1章「ハンバーガーの起源」では、著者はこのストーリーを丹念に検証していく。実は、ハンバーガーの起源には諸説あることが明らかにされる。原始的なハンバーガーの原型が、1763年のハナ・グラス著『簡単でわかりやすい料理術』に登場しているとか、ハンバーガー用の牛肉が一般的になる前は、豚肉が米国人にとってもってもなじみの深い食べ物であったなど。本書を読まなければ知りえない、移民食文化の伝統がつまびらかにされる。
第2翔「ホワイトキャッスル」で、読者は、ハンバー界にも、ヘンリーフォードが存在していたことをはじめて知らされる。エドガー・ウォルドー・イングラム(通称、ビリー・イングラム)は、1926年元旦発行の社内報『ホットハンバーガー』(後の『ホワイトキャッスル社内報』)で、「焼きたての熱々」という宣言を行う。ハンバーガーは、「すばやく、清潔に提供され、栄養価が高くバランスに富んでいながら、(フォークとナイフを必要としない)手軽な食べ物として、ファーストフードレストラン「ホワイトキャッスル方式」で提供される。この短い広告的な宣言文が、マクドナルドにつながるハンバーガーの本質をすべて語っている。「Q(品質)S(サービス)C(清潔さ)+V(価値)」は、イングラムの言葉にすべて尽きていることは、説明するまでもないだろう。
第3章「マクロナルドとレイ・クロック」と第4章「アメリカのシンボル」は、わたしたち日本人にもおなじみの話である。詳しい解説は不要だろう。
マクドナルドのFC業務システムが、どのように作られていったのかが、ここでは記述されている。この章では、文化史的な視点からの記述が興味深い。マクドナルドのビジネスシステムの本質は、効率的な調理作業方式の発明と迅速に企業を成長させるための本部と加盟店の役割分担(FCシステム)にある。
しかし、例えば、ユダヤ移民が個人的に資本蓄するための手段であったことや、自動車文化とともに全米に普及していった「ドライブイン文化」(米国映画に登場する若者たちのたまり場)や、良き時代の米国の象徴である「バーベキュー文化」(ファミリーの結束)と深くつながっていることは、わたしにとっては新しい知識であった。
最終章(第5章)「君臨するハンバーガー」では、マクドナルド(OLD:先駆者)以外の競合企業が登場する。『マスマーケティング史』(邦訳:ミネルヴァ書房)の概念でいう、NEW(挑戦者)に対応するのが、バーガーキングやウエンディーズである。
ここでは、日本の藤田田氏も登場している。米国の食文化が世界を席巻していくのだが、皮肉なことに、それは、牛肉(飼料コーンが原料)と小麦(バンズの主原料)とジャガイモ(フレンチフライ)の結合物である。米国産農産物が詰まった食物なのである。米国の文化と経済が、世界中に広まっていったことを、読者は最後に知ることになる。
本書は、一般読者向けには、翻訳の表現にやや硬い部分もある。しかし、おおむね原語のニュアンスは壊されていない。アメリカの食文化史として、また、ビジネスシステムが発展することを説明した経営史として、楽しく読むことができる。
壮大な食文化史を読み終わってみた。読後に感じることは、20世紀の米国経済とグローバルな食文化の中心に、ハンバーガー文化が存在していたことである。米国の経済は、おそらく永遠ではないだろう。そのシンボルとして、マクドナルドハンバーガーも、すでに変容をし始めている。
少なくとも日本のマクドナルドは、ファミリー(母親と子供)をターゲットにした安くて手軽な食物から、雰囲気のよい店舗環境で食する素敵な食べ物に変わりつつある。この先は、食材も店舗も運営システムも、さらに変容を遂げていきそうな雰囲気がある。
さて、ハンバーガーの20世紀は、10年前に終わりを告げている。21世紀に君臨するのは、和食に代表される健康志向の「すし文化」なのだろうか?回転すし文化も、手軽なファーストフード文化の系統に属するのを、日本人ならばよく知っている。