「驚嘆、その手があったか」という友人の土屋裕雅会長(カインズ)の帯コピーを見て、衝動買いしてしまった。でも(笑)、おもしろかった。「しない(経営)」という書名がブームになっている。土屋会長の従兄さんの土屋哲雄専務(ワークマン)も、『ワークマン式しない経営』というタイトルの本を出している。
本書のテーマは、「小さくても強いユニークな業態」である。「競争しない」という概念は、結果論である。
業務スーパーのユニークさは、独自性のあるPB商品を提供しながら、低価格販売だということだろう。大がかりなスケールエコノミーを追求しない点は、本書で引用されているベイシアグループのカインズ(レギュラーチェーン)やワークマン(FCシステム)、あるいはニトリやユニクロ(レギュラーチェーン)とは根本的に仕組みがちがっている。
だから、カインズの土屋会長が「その手があったのか」と、膝を叩いて唸ったのだと思う。著者が指摘しているように、神戸物産は小売業からスタートしてはいるが、アイリスオーヤマのようなメーカーベンダー(製造卸業)である。ただし、アイリスのように自社生産するわけではなく、基本的には製造を提携会社(一部は買収や資本出資)に任せている。
その点は、カインズやニトリと同類である。ただし、収益構造と企業形態は、両社とは異なっている。むしろ、メーカーベンダーのアイリスオーヤマに近いと言える。
フランチャイズ本部としての独自性は、加盟店(フランチャイジー)に売り場と品揃えを任せていることである。基本フォーマットは、120坪~130坪である。メガフランチャイジー(10店舗以上の加盟店)には、変幻自在にMDと売り場づくりをコントロールすることを許している。焼肉きんぐの物語コーポレーションのように、伸縮的なFC経営を志向している。
自社の役割を、商品開発とFC本部業務(加盟店の指導)に徹している。したがって、加盟店の収益構造(粗利益率16%、販売管理費14%、最終利益率2%)を見てもわかるように、FCシステム全体としては圧倒的な高収益企業ではない。しかし、加盟店側からみると、ワークマンのように経営が安定している。それは、商品の新規性と差別性によるものである。メーカーベンダーとしてのユニークな商品開発力と販売力によって、一般的な小売業から抜きん出ることできたFC企業である。
開発志向の卸業態と、柔軟なフランチャイズ・システムを上手に組み合わせたところが、同社の強みである。「他の小売業とは競争していない」と言えないこともない。業務スーパーの収益源は、FCシステムの運営にあるのではなく、独自の商品調達力と製造卸業の強みから生じている。
わたしは以前(2015年~2017年)、江東区森下に住んでいたことある。
都営新宿線の森下駅から書斎があった1LDKのマンションまで、途中に業務スーパーとコンビニ(スリーエフ)があった。野菜はスリーエフで、飲料や加工食品は業務スーパーで購入していた。調理をすることは稀だったから、スーパーの品揃えは必要がなかった。
神戸物産は話題にはなっていたが、2016年ごろの関東地方での業務スーパーの展開は、それほど目立ったものではなかったと思う。本書で紹介されているように、アジア方面のユニークな調味料はよく見かけたが、女子校生が好むようなスイーツを棚に陳列してあることはなかった。本書に書かれた業態の躍進は、関西地方では完成されたものだったのだろうが。
言われてみれば、FRD(段ボール陳列)で商品パッケージのサイズが大きく、低コスト業態であることはわかった。わたしには、下町にあるコストコの小さな売り場に見えていた。わたしの思い違いだったようだが、適度に客は入っていたのは、業務需要が中心だったからとばかり思っていた。どうやら顧客の中心は、わたしのような一般客だったらしい。
というわけで、この書評を書いた後で、雨が降る前に、金町か奥戸にある業務スーパーを久しぶりで訪ててみようと思う。走っていくか自転車で行くかは気分次第である。
本書に紹介されている日配品や調味料を購入してくることにしたい。森下の書斎を引き払ってから、7年が経過している。業務スーパーの品揃えが、どんなふうに変化したのかを見るのが楽しみである。
ちなみに、本書は、シンプルでコンパクトに仕上がっている。文章も事例もとても読みやすい。そして、業務スーパーの本質と運営の全体像がよくわかるように書けている。