【書評】辻中俊樹・桜井光行(2015)『マーケティングの嘘: 団塊シニアと子育てママの真実』(新潮新書(★★★★★)

 稀代のマーケター辻中俊樹さんの近著を、多くの人たちに読むよう薦めている。拙著『マーケティング入門』(日本経済新聞出版社)の中でも、辻中作の「母系消費」や「妻方近接居住」という概念を紹介したが、どちらも辻中さんが開発した「生活日記調査」からの発見だった。



 この本のおもしろさは、団塊シニアと子育てママたちの「生活記録」(+インタビューと行動観察)から、メディアがもっともらしく伝えている「マーケティングの通説」をひっくり返して見せていることだろう。周囲をよく観察すればわかることなのかもしれないが、それでも「もっともらしい常識」に騙されてしまっていた。
 わたしも、自分より上の世代(団塊シニア)の引退後の生活は、引きこもりがちになるのだろうという常識を信じ込んでいた。そうではない。シニア世代は確かによく歩いている。知らなかったのではなく、信じ込んでいただけなのだった。反省しきりである。
 また、30歳代前半の子育てママたちの食事が、意外や意外、健康的な食事になっていることを知って驚かされた。若いママたちの料理は手抜きどころか、効率よく考えて準備されている。「簡便さ」と「手抜き」の違いを、辻中さんに教え諭された気分になる。
 嫁と孫の食事を見ていると(*息子がシェフなので、家族の食事はほとんど彼が作るらしいが)、確かに、「まごわやさしい」そのものである。孫のさら姫(紗楽)は、まめ(とりわけ納豆!)、ごま、わかめ(海苔などの海藻類)、やさい、しいたけ(キノコ類)、いもを、実によく食べている。

 わたしがこの本を薦めている対象は、農と食に関わるビジネスに携わっているひとたちである。農水省のお役人さん、農業生産者、食品メーカーの開発担当者、フードビジネス(食品スーパーやレストラン)の経営者トップや事業担当者である。大学院生やリサーチャーたちにも、本書は必読の書である。
 なぜか? 未来の「健康食」を提供しようとしているプレイヤーたちは、その事業構築にやや苦しんでいる。ところが、本書は、彼らに希望の光を見せてくれるからだ。つまり、日本の中でもっとも健康な食とは遠いと思われている二つの世代(コーホート)が、それぞれの創意工夫によって、それなりに健康な食を実現している姿を垣間見ることができるからだ。
 食品開発のヒントも、辻中さんが見せてくれたシニアとママたちの生活行動の周辺に隠れている。じっと観察してそこをうまく掘り起こせば、未来のテーブルはもっともっと健康的なものになるだろう。

 本書を手に取ったタイミングは、マクドナルド本を刊行した直後だった。
 自らが「食の未来」に対する不安を提示したばかりだったから、読了後には大いに救われた気持ちになった。太平洋戦争の敗戦から70年後、日本人の食は、老いも若きも男も女も、米国がもたらしたジャンキーな食文化には浸食されていなかった。
 辻中さんたちが集めた生活日記調査から、その傍証を得ることができた。辻中さんには大いに感謝である。

 なお、辻中さんの方法は、3つのツールから成り立っている。大学院生や企業リサーチャーがもっと取り入れてよい方法論でもある。
 1、生活日記(一次データ)
 2、政府統計など(二次データ)
 3、デプスインタビュー(面接調査+観察記録)