『ニューズウイーク日本語版』で特集記事「文化大革命2.0」を、昨年末(2021年12月12日 )に本ブログで紹介した。近代中国社会の政治史を対象にした歴史分析である。それに続いて、今月24日には、近現代のロシア歴史研究の特集記事が同誌に登場している。ブログの書評欄で再び紹介してみたい。
中国共産党の分析では、科挙制・官僚制の歴史的な遺産を、近代中国のリーダーたち(とりわけ毛沢東と習近平)が引き継いでいるとの視点が秀逸だった。今度のロシア特集は、もちろんプーチン大統領に率いられたロシアが、なぜウクライナでこれほどまで躊躇なく蛮行をはたらくことができるのかを説明している。
プーチンの存在と行動は、ロシア史のリーダーたちの特殊事例ではない。彼の個人的な資質ではなくて、ロシアが経験してきた歴史的なトラウマが、いまのロシアの軍事行動を説明できる。その立場から今回の特集は組まれている。
具体的には、チンギスハンによる蒙古襲来(13世紀)、ポーランド軍によるモスクワ制圧(17世紀)、ナチスドイツによるモスクワ進攻(20世紀)。この3つが、ロシア人の記憶に刻まれている心的な障害になっているという論調である。これを、『ニューズウイーク』の編集者は、「ロシアはなぜ『苦難のロシア』なのか」という、オープニングの記事で要約している。
ウクライナで民間人を対象にしたむごい戦い方は、過酷な環境下で外敵に支配されてきたロシア人の自己防衛本能によるものである。客観的に見れば、欧米の国際基準(民間人や捕虜の扱いについて)は、ロシア的な感覚とは一致しない。それは歴史のなせる結末である。ロシア人にとっては、ごく自然な戦場での対応である(個人的には容認できるものではないが)。
記事を依頼されたライター達が異口同音に語っているのは、ロシアという国の「陰鬱の遺伝子」の存在である。考えてみるとよい。ドストエフスキーもトルストイも、わたしの好きなパステルナーク(ドクトルジバゴの作者)も、ロシアの文学者たちは陰鬱である。音楽や美しい絵画など、優れた芸術はロシア的な陰鬱さから花開いたのである。
数年前に、わたしはサンクトペテスブルグのエルミタージュ美術館を訪問することがあった。海外に出るようになってから45年間で、一番感動したアート・ミュージアムだった。建築物の荘厳さと形式美の統一感。しかしながら、芸術文化的な成果と政治経済は無縁ではなかった(「大地が生んだ民族の自画像」BY亀山陽司、元外交官)。
特集のイントロダクション(歴史解説)を要約すると、以下のようになる(*わたし個人の意見も反映している)。
欧州の辺境に位置するロシアは、産業革命に乗り遅れた。産業革命の「ゆりかご」だった英独仏では、自由主義が産業の高度化を推進した。それに対して、ロシアは多民族国家だったゆえ(+国土が広大過ぎた!)に、国家を統率するためには権威主義(集権的なシステム)が必要だった。
レーニンとスターリンの共産主義革命は、それに適合するシステムを生み出した。とはいえ、結局は、ロマノフ王朝の農奴制の近代的な焼き直しである。そこからは、自発的なイノベーションは起こせない。計画経済の運営(共産主義は、自由経済システムを否定する)は、権威主義(集権主義)でしか達成できないからである。
ロシアは資源大国ではあるが、資源の豊かさは、製造分野の生産性は向上させるわけではない。資源に恵まれすぎているから、逆に創意工夫がおざなりになる。これは、アラブの石油大国と変わらない。技術イノベーションの芽は生まれないのである。そこに住まう多くの民は、停滞がいつしか絶望に変わる。果実は少数の為政者の間で分配されるからだ。
ロシアを取り巻く環境を意識するならば、プーチンの憂鬱の闇は深いという結論になる。ウクライナ進攻は、プーチン独自の判断だとしても、近代化に後れをとってしまった産業構造は、中国などの台頭でさらに困難を極めることになる。
軍事と経済は連動していない。結果として、軍事的に「意外な苦戦には理由がある」ことが読み解ける(BYグレン・カール、コラムニスト・元CIA工作員)。
ウクライナ進攻で、ロシア軍は兵站の弱さと近代的なIT戦での劣勢を露呈してしまった。この時点で、戦いは欧米の軍事技術と新兵器に支援されたウクライナに有利に展開している。技術進歩による近代戦では、重戦車や従来型の航空機による制空権の維持は、大して重要ではなくなっている。
いま私たちが観ているロシア軍の戦い方では、現場対応に遅れが出ることが明白である。企業経営と同じである。現場に権限が委譲されていないと、情報が正しく伝わるシステムで戦わないと、時間差が友軍にとって命取りになる。ロシアの軍事的な優位は早晩、失われそうだ。
それにしても、プーチン後のロシアの立て直しも、これまた厳しそうだ。旧ソビエト連邦の衛星国(カザフスタン、キルギス、モルドバ、ジョージア、)が、ロシアの軛から逃れようとしている。
資源的な依存と軍事的な圧力が、いつしかロシアの「旧植民地国」の人々の意識から消えてしまう。そして、ロシアの国際的な地位は決定的に低下する。その後にやってくるロシアのグローバルな役割は? 資源供給国以外に、わたしは何も思いつくことができない。誰が支配権を握ったとしても、ロシアの未来は暗そうだ。
もうしばらくはウクライナで戦争は続きそうだとメディアは主張しているが、プーチン帝国の落日は近いのではないのか。