英国の小売業界で万年2位に甘んじていたテスコが、1995年の「クラブカード」(顧客ロイヤリティカード)導入以降、英国小売業ナンバーワン(1997年)に、そして世界第2位の小売業に大躍進を遂げるまでの8年間の歴史をつづった記録である。
言うまでもないことだが、書名にある「スコア(Score)」とは蓄積されたポイントカードのことである。スポーツの試合で「点数を重ねる」の意味と言葉をかけている。
著者達(Humby and Hunt)は、テスコの外から、顧客データ解析とデータベース・マーケティングで業務提携してきた企業(EHS)の事業責任者たちである。本書の内容を離れて、わたし自身がテスコと直に接して感じるのは、テスコの特徴は、アウトソーシング(社外の力)を実にうまく活用できている企業だということである。そうはいっても、成功した過去のプロジェクトとはいえ、よくぞここまで、社外の二人にテスコの内情を赤裸々に書かせることを許したものだと思う。
テスコの社風は、何となく日本ではIYとよく似ている気がする。テスコの情報システムの設計とデータ活用の方法は、セブンーイレブン・ジャパンと野村総研やNECとの関係を彷彿とさせる。別の見方をすると、本書は、いかにして社外の知恵を内部経営に活かすことができたか、という記録とも読めるのである。
わたしなりに本書を総括してみる。クラブカードの導入(1995年)にはじまるテスコの躍進は、実は経営者の交代が引き金になっている。数十年続いてきたディスカウント体質の経営から脱却したい後継経営陣が、最初に取り組んだのが、「顧客セグメンテーション」による「バリュー提供路線」であった。それまでの低価格訴求ではない道として、「顧客対応」に新しい出口を見いだし、しゃにむに突っ走ったことが今日の高付加価値企業体のテスコを築くことになったさまざまな商品カテゴリーで導入された「ファイン・セレクション・ライン」(豊かな消費者に対する高品質路線)がその典型である。テスコの経営(マーケティング)は、英国人は「質素な生活者から構成されている」という先入観・神話を打ち砕いたのである。
それまで米国で真に成功を見てはいなかった「顧客データベースの活用」と「ポイント制度」(FSP:Frequent Shoppers’ Program)がテスコに導入されて、たちまちのうちに成功が明らかになる。その要点は、少なくとも当初は、(1)テスコ単独でのロイヤリティプログラムの運営に徹した点にあると考えられる。その他の要因としては、(2)顧客データベース管理のオペレーションと、(3)ポイント還元バウチャー(買い上げ額の約1%を3ヶ月ごとに顧客に還元)のプロモーションを、シーズンごと(年4回)に実施したことが挙げられる。
3番目の点はとても重要である。というのは、精算時にプレミアムポイントを即時に還元するのでは、「付加価値ボーナスを1~2ヶ月後に返してもらえる」(例えば、クリスマス時期)という顧客の楽しみを奪ってしまうからである。競合のセインズベリーなどが遅れて投入したリオードカードが長続きしなかったのは、こうした付加価値SPの形を採用なかったからと見られる。
なお、(4)有機野菜やプレミアムPB商品など、テスコ独自の商品を訴求できるように、ポイントプログラムと連動する形でマーケティングを企画した点も、テスコのクラブカードにとってプラスに作用したと見られる。
その後に、テスコは(5)金融事業に乗り出すことになる。その経営基盤は、蓄積してきた顧客データベース(クラブカード)にあった。日本では、各社が囲い込み戦略のために、自社の顧客データベースを活用しようとしている(トヨタ自動車、IYグループなど)。しかし、テスコのように一貫したマーケティング戦略は、そこには残念ながら見られない。データ活用と商品・事業戦略を有機的に結びつけて、事業展開ができているようには考えられない。
1990年半ばという時代背景(ネット時代の幕開け)と経営陣の交代が、時宜を得た社外からの知恵の導入と組織連携を可能にしたのであろう。思えば、先々週(10月15日)に、東京ビッグサイトでしばらくぶりで再会した、テスコのチーフバイヤー(花事業部門の立役者)、ジャッキー・ステファン女史は現在、社外に出てフローラル部門のコンサルティングをテスコのために続けている(本人の弁)。推定売上高100億円の本社花部門には、スタッフが4人しかいない。だから、やめて離れずにコンサルティングでテスコと提携関係にある。
さて、最後に述べられている「未来への課題」(国際化、マネジメント移植など)は、なかなかハードルが高いと考えられる。この先、テスコの方向はどちらに進むのだろうか?ジャイアントのウォルマート同様に、将来は必ずしもバラ色ではない。