弟子の八塩圭子(学習院大学経済学部特別客員教授)が、はじめてマーケティングの本を出した。書籍としては、大学院卒業後に出版した『三十路の手習い』以来のことである。日経MJ(日経流通新聞)に連載していたコラムを、まとめて書籍化したものである。
3月25日に刊行されていたのだが、大震災の影響もあって、あまり宣伝をしていなかったようだ。先日、本書の最後にも登場するアウディ・ジャパンの応援で、出版記念パーティを開いていた。
わたしは当日、講演があったのでお祝いの会に掛けつけることができなかった。ごめんなさい。盛大なパーティーになったらしい。出席した同僚たちから、出版記念PTのことを聞いていた。
八塩さんのいいところは、何事においてもハングリーなことだろう。美しい顔に似合わず、キャリアに関しては、”がむしゃら”である。法政の大学院を卒業した後も、フリーのアナウンサーを続けながら、経営者や現場のひとたちに、インタビューをして仕事の幅を広げている。
情報の取り方も、きちんとしている。取材先のことが、ちゃっかり記事になっているのは、師匠のわたしに似ているのかもしれない。それでいて、モノを頼んだら、必ずお返しをしてくれる。
今年の2月のフラワーバレンタインでは、テレビ局のアナウンサーやディレクターをたくさん紹介していただいた。おかげで、日テレを除いては、NHKを含む全TV局で「フラワーバレンタイン」の事前告知ができた。本当に義理人情に厚い人だ。そう思った。
書籍のことが後回しになってしまった。
本書のまえがきは、「マーケティングって何だろう?」ではじまる。大学院を卒業してから5年間、関西学院大学と学習院大学で、彼女はマーケティングや広告論を教えてきた(らしい)。
その彼女が到達したマーケティングの定義は、「仕事や人生を考えるときに光を照らしてくれる、発想法や思考法」となる。そうなのか。八塩さんは、大学でマーケティング論を教えながら、「自分をマーケティングしてきたのだ」と納得できた。
本書は、9つのパーツ(部位)から構成されている。
1 マーケティング的発想とは(生活のあらゆる場面に「あなたの顧客」は存在する)
2 マーケティング戦略の基本(ナンバーワンを目指すか、オンリーワンで生きるか)
3 消費者行動(「なぜ選ばれたのか」を考える)
4 4P:製品と流通(価値を生み出す、価値を届ける)
5 4P:価格とプロモーション(「損して得取れ」のホントのところ)
6 サービス・マーケティング(「気遣い・心遣い」の価値を伝える)
7 コミュニケーションをマーケティングする
8 ブランド戦略(「当り前」を「かけがいのないもの」に)
9 マーケティングはどこに行くか
ベーシックな枠組みをおさながら、日常生活の中で経験しているマーケティング事象を解説していく。類書にも、たくさんのマーケティング入門書はあるのだが、それらとのテイストの違いは、本書は「八塩色」が色濃く出ていることだろう。
彼女の経験(仕事や人生の導きの糸がマーケティング発想)が、読者に生き生きと伝わってくる。八塩的な生き方がマーケティングそのものなのである。わたしには、そのことがよくわかる。
そして、授業を受けている学生さんや周囲の先生たち、インタビュー先の企業人からも、そのような形で応援される個性を八塩さんはもっている。どこまで行っても、マーケティングの対象が、八塩さんご本人なのだろう。
本の構成には、工夫の跡がうかがえる。MJの連載時にはなかった「補講」が、単行本で各節についている。一本分のコラムだけでは十分に説明しきれない「解説」を、教科書っぽく用意したのは正解である。そうでないと、単なる読み物に終わってしまうからである。
学生時代に、小川先生が授業やゼミで紹介して素材が、本書のいろんなところに登場してくる。「八塩さんは、わたし(小川)の話をそのように受け止めていたのか」と感心することもある。たまに、「それって、ちょっと解釈が行き過ぎているんとちがうかな?」と疑問に思うところもある。
たとえば、買い物行動(パコ・アンダーヒルの店頭観察)、ブランド論(ブランドの階層構造)、サービスマーケティング(JCSIの顧客満足度調査)、セールスプロモーション(4つの類型)など。大したことではないから、目をつむっておこう。まあ、いいだろう。
日経MJの連載は、いまも続いている。毎日、MJを開くと八塩さんにお目にかかる。各種の雑誌では、インタビュアーとしてしばしばお顔を見かけることもある。この先のキャリアとして、どのようにご自分(製品)をマーケティングしていくのだろうか。
どんな人間でも、マネジメント力が問われるのは、40歳を過ぎてからである。私たち研究者は、まちがいなくそうである。フリーアナウンサーでマルチタレント、大学の先生もしている八塩圭子さんは、その年代を通過しようとしている。
師匠としては、楽しくもハラハラしながら、八塩さんのキャリアマーケティングを観察している。そのための材料は、この先も適宜、後方からデリバリー(お届け)していくつもりである。だから、大船に乗ったつもりで、ご安心を。ちょっと、甘やかしすぎかもね。