【書評】 岡本重明(2012)『田中八策(でんちゅう はっさく)』光文社(★★★★)

 昨夏に、著者の岡本重明さんから献本していただい本を紹介する。ざっと眺めて書棚に積んでおいたものを、昨日通読した。前著(2010)『農協との30年戦争』から3年が経過している。その間、二度の政権交代があって、農政はTPP参加に向かってぐいぐい前進している。



 著者の岡本さんは、地元愛知県で「新撰組」という農業生産法人を20年前に立ち上げ、2000年代の初めに、農協を離脱した闘う独立農家である。中国で野菜の水耕栽培をはじめたり、タイのチェンライでは、地元の企業と組んで「コシヒカリ」を栽培している。
 「新選組」だから、「維新の会」から衆議院選挙に出馬するのではないかと思われたらしいが、実際は「みんなの党」から親近感を持たれている。TPPへの対応、農業政策全般など、ご本人の主張も「みんなの党」(自主独立、規制緩和、小さな農政)にいちばん近いように思われる。
 著書の中にも登場するタイ・チェンライから突如、わが研究室に電話がかかって来たりする。岡本さんは、なかなかに行動的な農家である。お顔が、わたしの従兄弟(母方の3男)によく似ている。

 内容について。前著と半分くらい重複しているので、今度の著書『田中八策』に新たに取り上げられている主張や話題についてコメントしていく。したがって、第4章~第7章はとくに論評しない。

主張1: 福島はバイオエタノールの燃料生産に転換すべきこと(第1章)
  →  その通りだと思う。状況はやや変わってきているが、福島産の農産物を消費することを地元民がしないのだから、現実的には、福島産品は、岡本氏の主張通りに、エネルギー関連に転換するか、たとえば、わが産業の「花生産」に転換するほうが良い。また、植物工場やエネルギー生産に特化すべきだろう。その道は、決して閉ざされているわけではない。

主張2: タイ産コシヒカリは、「農業輸出大国」の第一歩
  →  この章タイトルには、一瞬、ドキッとする。論理矛盾ではないか?と。タイで大量にコシヒカリ作ったら、新潟産のは売れなくなる?そうではない!というのが岡本さんの「二段階輸出攻勢論」である。同じ品種(コシヒカリ)でも、タイで作るのと日本で作るのとでは品質が異なる。水と技術の違いがあるから。
 だから、タイ産コシヒカリで、中国や欧米の日本食土壌(市場)を耕して、その上に、もっとおいしい日本産コシヒカリでプレミアム市場を獲得しようというわけだ。さて、そんなにうまくいくものだろうか?わたしの予想は、いまのような10倍の内外価格差では、岡本理論は成り立たないである。2倍までの格差だったら(タイ産60KGが5千円、日本産が60KGが1万円)、二段階論は行けそうだ。
 60KGの小売販売価格が1万円は現状(1万5千円~2万円)ではきびしいだろう。為替変動を考慮するば、ある時期には可能になるかも。

主張3: 「TPPで日本の農業は崩壊する」は大嘘
  →  その通りである。そもそもカロリーベースでの自給率計算(食料自給率39%)はまやかしである。正しくは、生産額で評価すると、日本の食料自給率は75%である。それと、岡本さんが前著で説明しているが、野菜や果物などは、輸入はそれほど増えていない。関税が撤廃されて恩恵を受けるのは、一般消費者である。牛肉やニワトリなども、プレミアム品種に特化すればよい。
 わたしの住んでいる千葉県白井市の梨農家さんを見ていると、販売経路をきちんと掴んでいる方は農業経営もしっかりしている。国産が輸入品にまけない品種や作り方はあるものだ。現実を視てみると良い。差別化できない汎用的な農産物だけを作っている農家には、たしかにTPPはきびしいかもしれない。

 前著に続いて、本書も読む価値のある本である。制度として農協を想定しない日本農業を、どのように構築できるかについて、岡本さんからもっと多くの示唆がほしい。高望みのしすぎだろうか?