「アウディ購入者の50%がエントリーユーザです。びっくりしないでくださいね、小川先生」(古谷総経理)
一汽豊田汽車有限公司(トヨタ自動車が49%出資する自動車販売会社)の北京事務所でこの話を聞かされたときには、もう頭がくらくらしたものだ。いまの中国をよく表わしている。トヨタ自動車が戦後うたい文句にしてきた「いつかはクラウン」の世界は、中国ではまったく通用しない。
21世紀の10年間で世界最大の自動車メーカーを目指すトヨタ自動車は、中国市場へは最後発で進出した。慎重な名古屋企業は、そうせざるを得なかった。ある程度事情を知るものとしては同情を禁じ得ない。しかし、政府筋および中国人民からは、陰に日向に嫌がらせを受けている(サッカー事件、ランクルの宣伝など)。
上海のフォルクスワーゲン(上海大衆)、ゼネラルモーターズ(上海通用)に遅れること20年、広州に出たホンダの遙か後ろからの中国上陸であった。しかも、販売会社のの立ち上げでは、中国最大の自動車会社・第一汽車との”49:51”での合弁事業であった。いまどき、技術供与する側の外資企業がマジョリティが握れないのは異常な事態である。
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(1)生産台数と国内シェア
トヨタ自動車は現在、中国に3つの自動車生産工場を持っている。現地での総生産台数は、2003年で9万台超である。主力の工場は天津(天津一汽豊田)にあって、ヴィオス(3万台)、カローラ(5万台)、テリオス(4千台、ダイハツの技術)を生産している。それ以外に、成都(四川豊田)ではSUVのプラド(3千台)とバスのコースター(3千台)を、長春(一汽豊越)ではランドクルーザー(4千台)を現地生産している。いずれも合弁事業である。来年3月には、主力工場の天津一汽豊田で、クラウンの現地生産が始まる。現地生産台数はしだいに増えている。
販売会社として扱っているのは、全体で9万台強。現在、中国市場(2004年の総販売量500万台、乗用車と商用車がほぼ半々)で約3.5%のシェアを持っている。香港経由でカムリが約2.5万台入ってきているので、オールトヨタとしてはシェア4%であるが、世界第2位の自動車メーカーとしては出遅れの感が否めない。
(2)自動車の販売環境
中国の推定自動車保有台数は約2,500万台である。したがって、年間販売台数で500万台という数字は驚きである。年率10%の成長が続けば、5年後には年間販売台数は1000万台に届く。いかに市場が急成長しているかがわかる。販売・アフターサービス体制は自動車の普及について全く追いついていない。
一汽豊田汽車(現地販売会社)の今年の販売台数は、前述の通り国内生産量9万台である。昨年11月に設立以来現在(2004年10月)まで、販売会社としては124箇所の拠点を確保できた。地方のディーラー(有力者が多い)には、自動車販売のノウハウが全くない。本人も車にのったことがないので当たり前か? だから、これから販売網を拡張するのは至難の業とのこと。新規開拓はとても大変らしい。
テリトリー制をとっている日本と違って、中国では一社一拠点である。複数拠点を保有するディーラーは希である。また、基本的にはメーカー専売ではなく、欧米型の併売制度を採用している。次の数字を見て驚かないでいただきたい。
割り算をすると、一拠点あたりの販売台数は、年間約800台である。これで、平均従業員数が一拠点あたり12~13人、サービス従事者が40人ほどになる。月間販売台数あたりに直すと、一人一台ということになる。とても非効率に見えるが、賃金が安いのでこんなものだそうである。サービス要員がやたら多いのは、ほとんどが板金修理のためである。中国では道路を走っていると、クラクション音と事故を見ることが日常的茶飯事である。年間で10万人が交通事故で死亡する。日本の約10倍の事故率だそうである。
自動車教習所での免許取得料が3千元(約4万円)。一時期に比べると、銀行の不良債権問題や金融引き締めでカーローンを借りにくくなっているが、年間20~40%で自動車の販売は伸びてきた。さずがに今年4~5月の統計によれば、伸び率は10%に落ち着いてきている。新聞が報道しているように、供給過多が明白である。
(3)中国人の自動車購買者
冒頭で述べたように、アウディの新規購買者の半分が新規取得者である。消費者意識としては、徐々に階段を昇って頂上(最高級車)にたどり着こうなどとは思っていない。懐具合で取得できる車が決まる。Hoff, Jason et al (2003),”Branding Car in China,” McKinsey Quarterl, Issue 4 によれば、中国人の車選びの基準は、1番目が「自分らしさ」、2番目が「魅力的なスタイル」、3番目が、「他人が見てすてきな車」、4番目が「運転の楽しさ」、5番目が「維持管理のしやすさと故障しないこと」である。
消費者アンケートに回答すればそうなるが、現地で実際に商売をしている販売員の目からは、一番目が「値段」、2番目が「商品」(サイズ、排気量、デザインの順)である。大きさとデザインが、世間からの目を代弁している。要するに、中国人は、自動車の購入経験が少ないぶん、購入に当たっては周辺的な手がかり情報に頼っており、日本人以上にブランド志向なのである。
おもしろい販売現場のデータがある。来店客は「個人客」と「業務客」に二分される。個人の顧客は、新商品の告知をTVや新聞雑誌で知ってやってくる。インターネットで情報を集めて、ショールームに来店する客の比率はかなり高い。おそらくCATVの普及とこれとは関係がある。業務用顧客は、やはり紹介人脈に頼るしかないらしい。こちらのほうはあまり値段にうるさくないのは日本と同じ、あるいはそれ以上であるらしい。
カローラクラスで、仕入れ値が17万元。それに小売流通マージンを約7%上乗せして18.88万元(約240万円)で車は販売される。標準的な外資系社員でも月収3千元(約4万円)そこそこである。そうした人には、まだまだ車は高嶺の花である。フィット・クラスで車両価格が15万元であるから、年収の半分のお値段である。価格の安い国産自動車10万元に、購買層は落ち着くことになる。比較のために示すと、北京地区のマンション価格(2LDK?)は、日本円で約50万元(800万円)だそうである。この水準は、ほぼランドクルーザーの値段に匹敵する。自動車がいかに高額商品かがわかる。
ちなみに、サービス施設とショールームが併設した「販売拠点」を新規に開業するのに、現地で約3億円を必要とする。標準的な敷地面積が7~8千平米、サービス工場には、ベイが15~20、板金施設で10~15台収容できるので、かなりの規模である。誰が資金を提供できるかと言えば、地方の実力者かインスタント金持ち(成金)である。
(4)ディーラー向けの研修
急に需要が生まれたので、ディーラーやアフター要員の教育が追いついていない。これは資生堂や伊勢丹などでも観察したことである。要員の短期集合教育によってメーカーは急場をしのいでいる。
開業前の研修が一週間。商品知識と仕事の仕組み、とくに販売システムについて教育する。インストラクターは、トヨタ自動車の場合、販売10名、サービス29名を抱えている。ディーラー周りをする「(日本本社で言う)地区担当員」の仕事を強化している。いまだディーラーサービスは萌芽期にあると考えてよいだろう。すべてはこれからである。したがって、いまより市場が成熟してくれば来るほど、意外とトヨタの販売システムは強いかもしれない。
そうはいっても、最後発企業としてはつらいところがある。一般に日系企業に対する庶民の反応は、日本製品の品質への信頼感は高いが、日本人への信頼はそれほど高くない。長い間の共産党思想教育が徹底していて、反日感情は強い。日本人は「鬼子」であり、「一歩下がって戦うしかない」(古谷総経理)
トヨタのイメージとしては、プリウスに代表されるように「環境対応」をインプリントしていくつもりであるという。正しい選択である。「安かろう悪かろう」は昔の話で、「良かろうが高かろう」が日本車への一般評価である。中国人には車に対する学習期間がほとんどない。なので、価値観は瞬間にして固まってしまう可能性がある。
(5)結び
中国で取材するたびに、現地の運転手さんに「(内外の)自動車会社」の評判をたずねている。3年前と比べると、しだいにフォルクスワーゲンと上海GMの評価は下がってきている。ホンダとトヨタはまちがなく上昇基調にある。どこの国でも、庶民は現金なものである。高級車イメージに実質が伴えば、原産国効果は払拭される傾向がある。自動車という商品は、どこか機能商品的な側面が大きいのである。
あらゆる商品が中国では「土着化する」傾向がある。例えば、ブランド名を見てみると良い。海外のブランド名をそのまま使っている事例は、わずか1%にすぎない。Francis et al. (2002), “The Impact of Lingustic Differences on International Brand Name Standandization ,” Journal of International Marketing, !0 によれば、フォーチュン500社が中国で販売している商品の約80%は、意訳か音訳をした中国ブランド名に変わっている。オリジナルのブランド名を”音”で追うことは難しい。尊敬する莫邦富氏の「日・中・英、企業・ブランド名辞典」日経(2003)をながめていても、英語そのままの企業ブランド名はまったく登場しない。{LG電子」くらいである。