世の中の常ではあるが、良き人間や良き会社が育つには、良き競争相手と良き師匠(助言者)に恵まれなければならない。ホールフーズにとっては、セントラル・マーケットがそうした存在なのである。
このことは、地元テキサスでは周知の事柄であるが、米国人の一般人も、もちろん日本人にはほとんど知らされていない事実である。驚くかもしれないが、ホールフーズは、ある意味では、優秀な「模倣者」である。
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(8月3日のつづき)
ホールフーズでは、店長インタビューと店内撮影ができなかったので、以下の販売関連の数字は、サンアントニオの「セントラル・マーケット」(HEBの子会社1994年創業、テキサス州に7店舗)のデータを推論の基礎としている(http://www.centralmarket.com/)。
ホールフーズの10年間の成長には、同州に本部を持つHEBの存在が大きかったと考えられる。両者は、お互いに切磋琢磨して今日まで成長してきた。というよりは、テキサス(サンアントニオとオースチン)でHEBを取材した印象では(バイヤー・店長取材)、先行していたHEB(セントラル・マーケット)を、ホールフーズが後から追いかけて行ったというのが、地元民の一般的な印象である。
HEBは、今年で創業100年目を迎える歴史ある同族経営の食品小売業である(http://www.heb.com/)。米国第10位の小売業で、2003年の売上高は、110億ドル(1兆2100億円)。店舗数、売上高、会社の歴史ともに、ホールフーズとはかなりの大きな開きがある。ただし、HEB(セントラル・マーケット)の出店政策は慎重である。優良企業にもかかわらず、だからこそ、いまだにテキサスローカルのスーパー・マーケットに留まっている。それでも、テキサスとメキシコをあわせて、店舗数では300店舗を超えている。
他方のホールフーズは、M&Aを繰り返しながら、ナショナルチェーンに成長していった(創業からわずか25年)。いまや英国にも店舗を持っており、業界トップのナチュラル・スーパーである(6月末現在172店舗)。比較モデルとしてみると、HEBの新業態として1994年に開発された「セントラル・マーケット」は、コンセプト的にはホールフーズと真っ向から競合する業態である。
サンフランシスコのドレーガーズと同様に、セントラル・マーケットでは、店舗内に料理教室をもっており、責任者が「料理本」(’Central Market Cookbook’)を発行している。ケージャン料理(フランス移民が創作した南部米国料理)やイタリアンがレシピーにミックスされており、これがなんとも素敵である(フローラルバイヤーのジェニファー・ヤング女史からプレゼントしていただいた)。つまり、食品売り場は、シェフによって演出されているということがわかる。同系列のスーパーであるHEBのターゲットと比較すると、セントラル・マーケットのほうは、経済的に豊かな都市部の富裕層を狙っている。対象顧客の年齢はやや若い層に寄っている。標準的な店舗面積は、ホールフーズと同じくらいである。約4千㎡(1500坪強)。
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ホールフーズ旗艦店の客数と売上を推論してみる。サンアントニオのセントラル・マーケットは、週平均の来店客数が22000人~24000人である(店長ヒアリングに基づく)。両店を見た感じでは、客単価は両店ともに50ドル(約6000円)前後である。ホールフーズ旗艦店の来店客数は、セントラル・マーケットの2倍くらいと推察できる(観察による)。
推論の根拠は、以下の通りである。ホールフーズ本店のエキスプレス・チェックアウト・レーンは、最低15アイテムとなっている。購入点数の平均は20アイテム、商品単価2.5ドル?とすると、客単価は50ドル前後となる。というわけで、ホールフーズの旗艦店は、週平均の来店客数が約40000人、週売上高は2億2000万円(1ドル=110円で換算)ということになる。したがって、同店の年間売上高は、約114億と推定できる。ホールフーズ全体では、168店舗(2005年3月末)で39億ドル(約4290億円)を売り上げているので、以上の推論が正しいとすれば、旗艦店は通常店舗の約3.5倍を売り上げていることになる。
なお、2005年7月28日に発行された最新のIR用のプレスリリース(http://www.wholefoodsmarket.com/investor/Q305financial.html)によると、第3四半期の実績では、全店の売上高はいまだに対前年比で約23%伸びている。そのうち、新店・売り場拡張による貢献が13%、既存店売上増加分が15.2%である。リリースによれば、同社は、西暦2010年には、100億ドル企業(売上高1兆1千億円)を目ざしているが、その達成はこれで容易になったと見られている。
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まとめである。ホールフーズは、自然志向のスーパーマーケットであり、オーガニック・スーパーでは次第になくなりつつある。この企業の存立基盤は、つぎの4つの要因に支えられていると言える。
(1)商品供給源
大規模な野菜農場との継続取引(有機・慣行品の抱き合わせ取引契約)。加工品に関しては、アースバウンドのような野菜加工業の活用。その他、HBC(自然化粧品、サプリメントなど)、飲料(牛乳、オレンジジュースなど)、冷食など、高粗利商品のPB化。粗利に平均35%前後。野菜はそれほど粗利が高くないかもしれない。利益源は、加工食品、HBAのPB。マージン・ミックスが上手。
(2)人材・従業員のマネジメント
売り場を企画する専門家は、「シェフ」の力量を持っている。また、売上高利益率が高いので、売り場に従業員を多数配置できる。接客と売り場の演出が巧みなのは、専門家への権限委譲、およびフロント従業員のモチベーションを高めることがうまいからと考えられる。高賃金の専門家とふつうのライン従業員を組み合わせている。
(3)店頭演出技術
ホールフーズは、もはやセルフサービス食品小売業ではない。したがって、スーパーではない。接客重視(デモ販売とイートインの組み合わせ)、商品の量り売り(野菜、シリアルなど)、関連販売(例:肉コーナーに、素材販売、チルド肉、カット肉、調理肉、包丁、料理本、多種のシーズニング)で売り場を演出している。日本の「デパ地下」に近い。
(4)米国の豊かな消費者を対象
豊かな都市住民を対象としている。米国の所得二極化の上層部分(上澄み)が成長してきたことに、ちょうど対応してホールフーズは成長できた。太りすぎの米国人の一部が、「長生きしたい」と思うようになった。この層はもともと知的であるに加えて、都市部で核家族化してきたので、「少量」でもいいから「身体によく、なおかつおいしい食べ物」が欲しいと考えるようになった。このニーズに対応する業態はこれまでもあった(セントラルマーケット)。ホールフーズは、演出面でさらに研ぎ澄まされた売り場演出をしてきた。