「ローカル市場に潜むナチュラル&オーガニックの可能性」『DIAMOND Chain Store』(2015.12.1)

 『ダイヤモンド・チェーンストア』が12月1日号で、「ナチュラル&オーガニック」という特集を組んだ。千田直哉編集長からの依頼で(本当は売り込み原稿!)、在来種の可能性について短い提言を書いた。いつものように、木村秋則さんの信念である「土の記憶」から書き出している。



『DIAMOND Chain Store』(2015年12月1日号)
「ローカル市場に潜むナチュラル&オーガニックの可能性」
 文=小川孔輔(法政大学経営大学院イノベーション・マネジメント研究科 教授)

 タネは土を記憶する
 流通の変化を論じるのに、なぜ種子(在来種の復権)の話から始めるのか?読者は奇異に思われるかもしれない。しかし、以下で紹介する、自然農法で有名な青森県在住のりんご農家、木村秋則氏の話を読んでいただければ、その趣旨の一部が理解いただけるように思う。実は、農作物の栽培においてどのタイプの種子(「固定種」「F1」「GMO」:詳細は後述)を選ぶのかは、流通システムの設計とその進化に密接に関係しているのである。
 木村氏によると、タネは、根を出して花を咲かせて実をつけた「土を記憶する」のだそうだ。その根拠となるのは、木村氏の「タネをとって、まいてまたタネをとる」という経験である※1。
 あるとき、木村氏は、山の樹々や草花たちが肥料も農薬も使わないのに立派に育っているのを見て、「山の土ならば何でも育つはずだ」と考えて、山の土を持ってきて稲の苗を植えてみた。ところが予想に反して、稲はほとんど育たなかった。それでも一応、穂が出て30粒くらいのタネモミがとれたので、翌年はタネモミを同じ山の土に植えてみた。今度は立派に育って、一年前と比べて10倍の収穫量になった。
 木村氏の結論は、「タネには土を記憶する力がある」だった。在来種(同じ形質の種がそろう種子、「固定種」とも呼ばれる)のおもしろいところは、タネが自然にその土地(光と水)になじんでいくことである。多くのタネのなかから、その土地との相性がよい系統だけが残っていくからなのだろう。在来種のタネには、本源的に進化の多様性が埋め込まれているらしいのだ。ただし、種子が栽培環境に反応してしまうから、在来種のタネは形質が一定しないという欠点を抱えている。
 F1(タネをとっても形質がバラバラになる種子、交雑種)やGMO(遺伝子組み換え作物)のタネは、その点では形質的に優勢である。栽培環境に関係なく、栽培効率が高くて形や味が一様になるからである。ただし、そこには欠点も潜んでいる。一見してどの土地でも良好に育つように育種されているF1種子は、環境(土、光、水、その他の環境)に依存しないようデザインされているため、環境が激変したときに生き延びる冗長度をもっていない。両方のタイプの種子を比較すると、「経済的な効率」(均質性と安定性)と「リスクに対する適応力」(多様性と適応力)とがトレードオフの関係にあることがわかる。

 コスト効率優先の標準化や規格化は優位性を失う
 タネの話を長々と書いてきたが、近代的な農産品の流通システムにおいて、在来種は不利な立場に置かれてきた。米国のフードビジネスは、もともと国土が広大だったこともあり、長距離輸送がしやすい形質をもった作物(品種)を好んだからである。カーギル(Cargill)やドール(Dole)など米国の食品メジャーが、農産物や農産加工品のグローバル調達を加速させたこともそれに拍車をかけた。
 低コストで均質に栽培できる品種のほうが、品質が安定して効率的に輸送できる。だから、野菜におけるF1種子の隆盛と、大豆や小麦などの穀物GMOの技術開発が、食品スーパー(SM)やファストフードビジネスの成長に弾みをつけたことはまちがいない。しかし、いまや在来種が見直され始めている。食材の冷蔵・冷凍技術の発達で加速された遠距離輸送と在庫保管で失われるものもあるからである。
 たとえば、香りや舌触り(テクスチャー)のよさがそれである。野菜や果物を周年栽培して遠距離輸送することは、旬の考え方に反するものだったが、経済性と効率が優先されてきた。しかし、野菜や果物や魚がもっともおいしいのは、自然に収穫できる時期にその場ですぐに食べることである。そのうえで、食材にはなるべく余計な手を加えないことがいちばんなのである。輸送費が高騰していることで、農産品を遠くまで運ぶことの経済合理性が失われている。競争の激化でいまや低価格が差別化の武器にならない。コスト効率優先の標準化や規格化は、相対的な優位性を失っている。

 米国人の「舌」が変わった?
 米国の状況を見てみよう。
 米国人もそのことに気がつき始めている。なぜなら、おいしさが何たるかを知り始めたからである。米国における地域支援型農業や有機農産物の普及は、そうした消費環境の変化を反映したものである。
 筆者が米国に留学していた30年前、米国人は食事を「エネルギー」(炭水化物、糖分、脂質)や「建材」(アミノ酸、タンパク質)や「ビタミン、サプリ」(微量補助要素)としてとらえていたように思う。彼らにとって、「誰とどこで食べる」が大切であって、「何を食べるか」についてはわりに無頓着だった。しかし、肥満の問題もあって、いまは食事に気を使うようになった。低カロリーで低脂質の豆腐や魚、米に関心が向いている。ナチュラル系スーパーのホールフーズ・マーケット(Whole Foods Market)やトレーダー・ジョーズ(Trader Joe’s)の店頭には、そうした商品があふれている。
 そんなわけで、素材を生かした食事を食べるようになれば、舌の感度はよくなる。脂っこいシーズニングや合成甘味料などを使用しなくなり、食材をそのまま楽しめる。味に対する価値観の転換である。

 素性のわかる食材流通の仕組みは、在来種の利用から生まれた
 日本での状況はどうだろうか?
 旬と素材のよさにこだわってきた日本の食は、米国のビジネスシステムの移植によって変質を遂げた。規格化しやすい食材を、セントラルキッチンで加工・調理して店舗に運ぶ。その提供システムがいま壁に突き当たっている。以下では、従来とは逆の動きを志向して顧客の支持を得ている3つの事例を紹介する。なるべく地域内で農産品を調達しようとする考え方は共通である。そして、偶然にも、どのケースでもタネは在来種を活用している。
 東京都の西部(羽村市)に、食品の品質にこだわるユニークな小売チェーンがある。筆者が「日本のホールフーズ・マーケット」と呼ぶナチュラル&オーガニックSMの福島屋(福島由一社長)である※2。
 消費者の安心・安全ニーズに応えるため、同社はSPA(製造小売業)を志向しており、加工食品も独自の基準で品揃えする。自然栽培や国産有機農産物をベースにするなど、「大変安全性に優れている商品」は赤、外国産有機農産物による食品や原材料にこだわるなど「安全性に配慮されている商品」は緑、「一般的な商品」は白の印(ラベル)で表示している(1割が赤、7割が緑)。一部の麺類は、系列工場で小麦粉から生地を練り上げてつくる。小麦やコメ、野菜の栽培方法(自然栽培)や品種(在来種優先)にこだわるのは、たとえば、青森で「菊芋」や「藍」などの在来種を栽培している農業者を支援するためである。そして、採算性や販売効率よりも、おいしさと食材の安心・安全を重視しているからである※3。
 同様な取り組み事例として、埼玉県都比企郡幾川村にある、とうふ工房わたなべ(渡邉一美社長)を2番目に紹介する。同社は、国産大豆でつくった豆腐やがんもどきだけを、工場併設の店舗で直売している。日販100万円は、単独店舗としては日本一の豆腐屋である。二代目経営者の渡辺一美さんは、学校給食グループとの取引がきっかけで、輸入原料でつくる豆腐のSMへの卸売をやめ、国産の素性のわかる豆腐に特化した。原料の一部は地元栽培の「小川青山在来」という品種で、有機栽培農家の金子美登氏(全国有機農業推進協議会理事長)らが地元で古くから栽培されていた在来種を復活させたものである。
 同じように、その土地の在来種(たとえば、「藤沢かぶ」)を発掘して料理に使っているシェフがいる。山形県鶴岡市在住の奥田政行シェフである。奥田シェフは、イタリア料理店「アルケッチャーノ」や「山形サンダンデロ」で、自身が発掘してきた地場野菜の種子を使った料理を提供している。小川町の有機農家の金子さんも、山形のシェフ奥田さんも、古くから地元で栽培されていた在来種を発掘して食のイノベーションに挑戦している。
 これは、米国渡来の食べ方、つまり「規格化された単品料理を標準的で品質が揃った大量の食材で加工・調理して提供する」という食の提供方式に対するアンチテーゼである。そのために、いま全国各地で地元産の在来種を集めて保護しようとする運動が活発になっている。たとえば、毎年8月に東京丸の内の中央郵便局(KITTE)で「にっぽん伝統野菜フェスタ」が開催されている(図表)。主催者がぐるなび(東京都/久保征一郎社長)で、農水省が伝統野菜を守る会を後援している※4。また、和食に欠かせない日本の代表的な在来種であるワサビの保護運動も始まっている※5。
 地方のSMでも、地場の農家と協力して在来種を発掘して、ナチュラル&オーガニックな青果物の生産と加工にチャレンジしてみてはどうだろうか。そうしたニーズはローカルな市場にこそあるように思う。

<注>
※1:このエピソードは、木村秋則(2015)『タネは記憶する』(農業ルネサンス編集)、『自然栽培(第4号)「タネの秘密」』(東邦出版)を要約したものである
※2:福島徹(2014)『福島屋:毎日通いたくなるスーパーの秘密』(日本実業出版社)
※3:小川孔輔(2014)「食のイノベーション③:素性のわかる食材流通の仕組みへの挑戦」(日経MJ)
※4:大竹道茂(2009)『江戸東京野菜 物語編』(農文協)
※5:山根京子(2015)「講演録:世界から愛される和食に不可欠なワサビの危機」(法政大学小川研究室)

<図表>
にっぽん伝統野菜フェスタ(2015)の出展リスト
●山形県鶴岡市(だだちゃ豆)
●山形県酒田市(平田赤ねぎ)
●八百五商店(福井県・吉川なす)
●野菜のカネマツ(長野県・松代青大きうり)
●天龍農林業公社(長野県・ていざなす)
●江戸東京野菜コンシェルジュ協会(東京都・東京うど)
●内藤とうがらしプロジェクト(東京・内藤とうがらし)
●埼玉県深谷市(白なす)
●warmerwarmer(愛知県・十六ささげ)
●百姓隊(宮崎県・佐土原なす)など