筆者の書斎机の上には今、当協会の記念誌『日本DIYホームセンター協会40年の歩み』(2020年10月刊行)が置かれている。記念誌を読みながら、協会設立から今日に至るまでの業界の歴史を振り返ってみた。直近の10年間、市場の伸びはやや停滞しているが、DIY・HC業界は、市場規模が約4兆円の大きな産業である。
「協会設立40周年記念誌を読んで:コロナ禍でHC・DIY産業の重要性が見直される」
『DIY協会報』2021年春号
文・小川孔輔(法政大学経営大学院教授) V2:20201130
<協会の名称変更>
記念誌を読んで印象に残ったことが2つあった。一つは、協会の名称変更についてである。設立当初の名称「日本ドゥ・イット・ユアセルフ協会」が、40周年を機会に新しい名称「日本DIYホームセンター協会」に変更になった。
欧州発祥の概念であるDIY(Do It Yourself)とは、「(住宅の進化、生活様式の変化に伴い)自らの手で快適な生活空間を創造していくこと」(P.14)と定義されている。DIYの概念は当初は、住まいの修理や補修に向けられていたが、その後は創造的で体験を楽しむ「能動的な性格」に変わってきた。それゆえ、日本でも設立当初は、「日本DIY協会」という名称を採用したのだろうと推察できる。
しかし、DIY業界の誕生当初から、米国のDIY業態は、「ホームセンター」(HC: Home Center)と呼ばれていた。そのように考えてみると、①DIY(=自らの手で何かを創造する)という機能的な側面と、②HCが提供する商品サービスのベネフィット(=より良い暮らしを実現する)とを組み合わせて、協会の名称を「DIY・HC協会」と呼ぶことにした判断は納得がいくところではある。
<DIY・HCが提供する効用>
二番目に興味深かったことは、コロナ禍でホームセンターの重要性が高まっていることを示す記述を発見したことである。記念誌の最後の方で、マズローの欲求5段階説に従って、「パンデミックで再発見した住まいの価値」について解説がなされていた(P.108)。原典は、GHINのリポートである。エッセンスを要約して紹介してみたい。
マズローによると、人間には5つの欲求がある。ベーシックなものから順に、①生理的欲求、②安全の欲求、③帰属・愛情の欲求、④自我・自尊の欲求、⑤自己実現の欲求である。5つの欲求はピラミッドのように積み重なっている。そして、よりベーシックな欲求(①生理的欲求)が満たされないと、つぎの高次な欲求(②安全の欲求)は満たされない。
住宅に対する欲求も同じである。5つのそれぞれの欲求に対して、住宅が提供する価値が対応している。①に対応して、住まいは「シェルター」の役割を果たしている。②に対しては、安全な「城」として機能している。③に関連して、住まいは「巣」としての親密さと温かみを提供する場所である。④に対して、住宅は「ショールーム」として個人的な成功の象徴になる。⑤に対応する住まいは、人間自身の「個性と創造力」を反映した結果である。
<巣ごもり消費がもたらしたもの>
新型コロナウイルスの感染拡大は、①移動の制限、②ソーシャルディスタンスの遵守、③リモートワークの普及などを通して、住まいの機能に変化をもたらした。いま求められているのは、たとえば、家の中での食事や仕事、遊びをする場所として住まいがよりよく機能できるよう、商品のデザインや仕様を工夫して変える助けになる方向である。
この先は、店舗の役割や商品カテゴリーの重点が変わることが予想される。具体例を挙げてみよう。協会が毎月発行している「ホームセンター売上高(月例調査)」によると、2019年10月から2020年1月まで4ヶ月連続で、既存店売上高は対前年比で100を大きく割り込んでいた(2019年10月から順に、90.2,96.1,93.9、96.5)。とりわけ園芸・エクステリア部門は長期の不振から脱出できず、対前年比で店舗全体の売上高をさらに下回っていた(87.1,95.4,93.0、95.0)。
ところが、新型コロナウイルスの感染拡大で、2月以降はHCを取り巻く環境が業界にとっては順風に変わった。在宅比率が高まり、住関連小売業のHCは、全店売上高が110をクリアする月が続いている。とくに目立っているのが、園芸エクステリア部門である。2月から7カ月連続で全店売上高の伸びを大きく上回っている。直近の8月と10月には、対前年比で120を記録している。DIY用品やインテリア部門も、同じような傾向を示している。
<DIY・HC業界の新しい役割>
逆転現象の意味するところは何なのだろうか。それは、在宅時間が長くなったことが、HCの主要部門のビジネスにプラスに作用していることである。結果として、室内や庭でできる活動に関連した商品(DIY用品や園芸用品)がよく売れるようになった。
近所の公園まで自転車で出かけるファミリーをよく見かける。リモートワークのためにPCや仕事机を購入するビジネスマンも多い。フォームの相談に店舗を訪問する客が増えている。BBQやアウトドア用品に対する引き合いも半端ではない。
結局は、家を中心とした生活に人々の時間がシフトしてきたからである。課題は、在宅中の時間消費に関連した商品の企画やサービスに限らない。改善すべきは、商品の配送方法や買い物の利便性を高めることなどが含まれるだろう。さらには、部門のレイアウト変更など、従来は考えてこなかった分野にチャンスが生まれる可能性がある。他業態との競争が激しくなっている一方で、HCの社会的な影響力は、この先もますます高まることになるだろう。