シンポジウム講演要旨 「消費拡大による国内花き生産の振興を目指して」

10月16日に、講演「国内花き生産の進むべき道と消費拡大」というテーマで講演を依頼されている。要約の締め切りがすぎていて、本日、コーディネーターの市村先生(花き研究所)に、以下のレジュメを送付した。資料としては、要旨 + 花き産業振興方針(中間とりまとめ);JFMA解説資料を送付した。結構、内容が多岐にわたる講演になりそうである。



1 消費を拡大する3つの方法
 どのような商品であれ、需要を拡大するには、つまるところ3つの方法しかない。それは、商品の価値を表わす、以下の公式(商品の価値方程式)が示すとおりである。
 <価値方程式>
  商品の価値 = 品質 ÷ 価格
 単純な原理・原則である。消費者にとって、商品の価値は、価格に対する(知覚された)品質の比率で決まる。「知覚された」とわざわざ書いたのは、価格や品質は絶対的に評価されるわけではないからである。消費者の財布をめぐって争っている「競合」(商品カテゴリー、ブランド、産地など)の価格に対する相対的な品質で、商品の需要は決まることを表わしている。
 したがって、需要を増やすには、(1)商品の「知覚価値」を上げるか、(2)「相対価格」を引き下げるかすればよいことになる。ただし、これには条件がひとつだけある。それは、そもそも、例えば、花という商品カテゴリーの良さを、(3)消費者がよく知っていること、が前提である。商品のカテゴリー(例えば、バラ)やブランド(例えば、ローテローゼやフレスコ)に関する「認知」と「知識」がそもそも存在していないと、需要は生まれないことになる。
 現実はどうかといえば、年間に一回も花を買わないひとが約40%もいることからわかるように、バラやカーネーションなどの品目(商品カテゴリー)は知っていても、花の種類や花の扱い方を理解している消費者は、ほとんどいない。おそらく「水揚げの方法」をきちんと知っている消費者は、生け花やフラワースクールで花の扱いを経験したほんの一握りのひとに限られる。女性の場合でも、「花の飾り方」や「フラワーフードの機能」についてきちんとした知識を持っているひとは、全体の10%以下であろう。対象が男性ともなれば、例えば、花の贈り方に関してしっかりとした知識があるひとは、わたしのような特別な業界人に限定されてしまう。
 この節のまとめである。需要を拡大するための方法は、以下の3つである。すなわち、
(1)知覚された品質を向上させるか、
(2)相対的な価格を引き下げるか、
(3)商品カテゴリーやブランドの認知や理解を高めるか、
このいずれかの方法に頼ることになる。以下では、花という商品のカテゴリーに対象を限って、3番目の方法から話を展開していくことにする。

2 カテゴリーの認知を上げる方法
(1)5番目の生鮮品=「花」
 スーパーマーケットの売場では、生鮮3品(青果、精肉、鮮魚)に加えて、最近では、5番目の「生鮮品」として、「花」が注目を浴びている。4番目は、「デリカ」、すなわち、パン、寿司、揚げ物などの「惣菜」である。スーパーマーケットの店頭で、花き類、とくに、「切り花」が注目を浴びているのには、3つの理由がある。
 第一に、典型的には、英国や米国を視察に訪れた食品スーパーの経営者が、花売場(花部門)の存在を知るようになったからである。英国や米国では、スーパーの入り口に「フローラル部門」(floral department)の売場がセルフで展開されている。位置取りが良いだけでなく、売場スペースも小さくない。日本人の経営者が、直に部門マネジャーにインタビューしてみると、どうやら収益性も悪くないらしい(最終粗利率が30%~35%、ロス率が5%)。「いつか花に取り組んでみたいな」と思い、帰国するスーパーの経営者が数年前から増えてきている。 
 二番目に、日本のスーパーマーケットで成功している企業は、第4番目のデリカ部門で他社に対する差別化に成功していることである。したがって、次なる差別化商品として、海外で成功している「花」(5番目の生鮮品)に着目することは自然な流れである。例えば、関東の食品スーパー「ヤオコー」の取り組み(鮮度保証販売、後述)などである。ホームセンターでも、花の取り組みに熱心な企業、例えば、ジョイフル本田がある。「仏花需要」は、量販店(食品スーパーやホームセンター)が注目すべきカテゴリーの需要である。
 3番目に、一般消費者が花を購入する場所が、町の花屋さんから量販店にシフトしてきていることである。公式統計(総務庁の商業統計)では、2007年時点で、「花植木小売業」(花専門店)は、全国に約24000店である。これに対して、食品スーパーやホームセンターなどの量販店で、花を販売しているのは、全国約16000箇所(花売場)となっている。しかし、現実は、2010~2012年を見通すと、花小売店は2万店を切ることになりそうである。それとは対照的に、売り場面積450坪(15000平米)以上の量販店(フルラインの食品スーパー)では、セミセルフも含めて、花売場が2万箇所を越すことになるだろう。公式データは存在しないので、あくまでも推測の域を出ないが、量販チャネルでの花の販売は、数量で3割、金額で2割くらいと推測できる。
 なお、全国に売上100億円規模(平均)のショッピングセンターが、約3千箇所(合計約30兆円)ある。それなので、全体売上の0.5%が花関連だとすると(全国SMの売上比率の標準値は、約0.5%が花部門)、3千箇所の花の専門店チェーン(平均年商5千万円)の出店が可能なことがわかる。(注:2008年度は、全国SC数は2980箇所、トータルの売上は27兆2585億円)

(2)ジェネリック・プロモーション
 第1項では、花きの新しい売場の可能性を指摘した。しかし、そもそも、量販店や専門店で花が売れるためには、これまでのような業務用ではなく、家庭需要に対応した花の扱いを知らしめるプロモーションが必要である。量販店の売場はセルフサービスが基本である。来店客のほとんどが、商品知識をもっていない。花という商品の存在と知識、および、基本ベネフィットに対する知識提供がないと需要は生まれない。
 「切り花」のような商品カテゴリーそのもの(使用方法などを含む)を宣伝するキャンペーンは、マーケティングの世界では、「ジェネリック・プロモーション」として知られている。海外では、バナナ(ドールやチキータ)、オレンジ(カリフォルニア州)、牛乳(ミルク協会)などの例が知られている。通常は、業界団体が民間の協会などの組織をベースに、需要拡大のキャンペーンが展開されている。
 日本の例では、1985年のプラザ合意後の「輸入牛肉やオレンジの消費拡大キャンペーン」が農産物では最初の事例である。民間ベースでは、2000年ごろの「納豆の拡販キャンペーン」(広告代理店の博報堂が関与)などが知られている。また、商品そのものではないが、政府主導の「麻薬撲滅キャンペーン」など、行為に対する「デ・マーケティング」のさまざまなプロモーションも存在している。
 日本では、JFTD(花キューピッド)が、長い間、ラジオ宣伝などで、「母の日」や「敬老の日」などのキャンペーンを実施してきた。成功を収めてはきたが、スポット・キャンペーン(短期間)であった。民間ベースの継続的なジェネリック・プロモーションは存在していない。以下では、海外の事例を紹介する。
 
(3)フローラル・プロモーション(海外の事例)
<オランダの事例>
 オランダは花の国である。花きは国の産業の基盤でもある。欧州全域にわたる花の需要の拡大は、オランダの花産業の基盤を固めて、国内での雇用を創出する意味でも必須だった。オランダ花き協会は、生産者が主要メンバーである。オランダの花を国際的にプロモーションしている。
 プロモーションの活動資金は、せり市場を通して徴収される。生産者からは、セリ販売額の0.51%(輸入業者も同様)、買参人(小売、加工、中卸、輸出業者など)からは、同じくセリ値の0.40%を徴収する。合計で、0.91%が集金されている。大学や研究機関への研究資金配分もあるので、プロモーション資金は、その4割弱である。2008年度は、約110億円が徴収され、約40億円がプロモーションに投じられた(付属資料を参照のこと)。

 <北米大陸の事例>
 米国のFPO(花き振興協会:スタン・ポーマー氏代表)が、花のジェネリック・プロモーションアを実施している。総予算規模は、明らかにされていないが、もともと、コロンビアからの輸入課徴金(カリフォルニアなどの生産者を守るためのセーフガード)の代替策としてスタートした。「海外からの輸入を止めるのではなく、切り花の国内需要を喚起しよう」として実施されるようになった。日本の生産者も、同様な立場で取り組むべきであろう。
 テレビCMのキャンペーンなどが、活動の中心である。米国のキャンペーンには、いくつかの特徴がある。まずは、生活の中に花を取り入れることを提案していることである。店頭ポスターやウエブをメディアとして利用している。そこで主張されているのは、花の楽しみ方だけではない。ハーバード大学医学部の研究者(N・エトコフ博士)の研究結果に依拠して、「花がストレスを抑える働きがあること」を、花のプロモーションで強調していることである。「花が自宅に飾ってある家庭は、夫婦喧嘩が少ないこと」が実証されている。本当に、本当だろうか?
 これと類似した研究結果が、日本でも発表されている(花き研究所)。いまだ研究途上ではあるが、「花(に触ること)が認知症予防の効果がある」という研究成果は、さまざまなメディア(毎日新聞、日本農業新聞など)でも取り上げられている。花の需要を喚起する手段として、花き研究所のように、パブリシティを利用するという手段も大いにありうることである。
 
<ドイツの事例と日本>
 民間「ブルーメ2000」の「鮮度保証販売キャンペーン」が知られている。ドイツでは、日本のJFTDの関連組織である「ドイツFTD」が音頭をとって、鮮度保証販売キャンペーンが実施されている(2008年JFTDセミナーから)。
 日本では、現在、市場協会が中心となって、「千分の一構想」を計画中である。セリの販売高の1000分の一を徴収して、オランダのように花の需要拡大のためのプロモーションに資金を投じようとするものである。詳細については、「付属資料」を参考にしていただきたい。

3 品質を上げるか、価格を下げるか?
 以上では、消費者の商品認知(花の存在と使い方と効用の提示)について、需要をどのように刺激するべきかのキャンペーンについて紹介してきた。日本でも、ジェネリック・キャンペーを実施して、花のトータルの需要を喚起する運動を始めようとする機運が芽生えかけている。
 以下では、その他の需要喚起の方法について考えてみる。もともと提示した「価値方程式」の分子を大きくする方法が、商品の「知覚品質」を高めることである。
 
(1) 鮮度保証販売
  「なぜ、花を買わないのか?」と問われて、消費者から返ってくるもっとも頻度が多い答えは、「花は持たないから」という反応である。業務用であれば、花は一瞬の輝き、豪華さが大切である。第一優先順位は、必ずしも鮮度にはない。しかし、スーパーで販売される花であれば、日持ちは重要である。
 英国を代表するスーパーマーケットの「テスコ」が、花の販売で成功を収めた神話の中心には、当時、テスコの花部門でチーフバイヤーを担当していたジャッキー・スティーブンス女史の功績があった。1993年、彼女は、切り花加工会社の「ズヴェッツルーツ」とフラワーフード・メーカーの「クリザール」と組んで、「鮮度保証販売」をはじめた。すぐさま、米国のその他のスーパー(セインズベリーやマークス&スペンサーなど)も、この動きに追随した。英国のスーパーで購入される花には、原則として、7日から二週間の鮮度保証がなされるようになった。その結果、15年間で、英国の一人当たり切り花需要は、3倍に伸びた。
 品質のアップ(鮮度の保証)は、消費者が安心してスーパーで花を購入することを可能にしたわけである。テスコの実践は、英国内の花需要の喚起に成功しただけではない。英国のスーパーでの花販売の成功は、オランダの花き産業の隆盛に大いに貢献した。また、近年では、米(HEB)、独(フルーメ2000)、仏(カルフール)、蘭(アルバートハイン)などのスーパーで、切り花を鮮度保証して販売する基本モデルとなっている。ただし、需要を拡大できた反面で、ケニア、エチオピアなど、海外からの切り花輸入の動きを加速することにもなった。
 日本の市場を考えると、鮮度保証販売の動きは、国内産地にプラスに働く可能性が高い。とくに、バラやその他の草花類では、実際に輸入されてはいるが、鮮度保持の観点からは海外からの輸送は実はかなりむずかしい。鮮度を保持する技術を確立して、フレッシュさを強調することは、国産の花にとっては絶対的に有利である。

(2)ブランド化(地産地消)
 野菜に典型的にあらわれているが、「地産地消」は、中国野菜の汚染事件以来、日本の産地が取り組むべき主要なテーマとなっている。実際に、地方農業の活性化策として、「直売所」での花や野菜の販売が急速に増えてきている。「提携運動」以来の新しい動きとして、消費者が変わり始めた証でもある。
 しかし、いずれ明らかになるのは、「地元で販売することが、鮮度や安全の証拠にはならない」という主張である。いまは、はじまったばかりであり、新規性があるので指摘を受けないが、生産者は、いずれ品質の証明を求められるようになるはずである。大切なことは、単に「安心感を売るのではなく」、さらに一歩進んで、「科学的に安心を保証すること」である。
そのためには、たとえば、われわれが取り組んでいる「MPS(花き総合産業認証システム)」を利用して、花の生産で使用する農薬やエネルギーの削減に努めていることを宣言できるような準備をしておくことが必要である。また、トレーサビリティを保証しておくことにも気をつけるべきである。地産であることは、競争優位にはならないときが、すぐそこに来ている。

(3)市場を絞り込むべきか?
 「産地ブランド化」(産地に対してブランドを強調する)は、全国を市場にした考え方である。そうであれば、単品あるいは単カテゴリーに対して、数量をそろえる(量販)ことが大切である。それができなければ、地元のスーパーなどと提携する方法を選ぶべきである。おそらく、近い将来にありえる生産者のあり方(市場対策)は、つぎの3つの内のいずれかになると考えられる。
 ・ 規模の小さな生産者
品種にも技術的にも特徴がない生産者は、直売所での販売のような方式を取るようになるだろう。兼業農家だが、農業を継続したいと思うならば、輸送費がかからず、消費者が目に見える近くの販売所での販売が唯一の選択肢になる。ただし、関東近郊や地方の中都市で見られるのは、販売場所(近くのスーパーの売場、自宅の庭先の改造した温室)が占有できるのであれば、この直売方式は、決して悪い選択肢ではないことである。成功事例も現れている。
  ・中規模で技術のある生産者
 規模はそこそこだが、品種や技術に特徴がある生産者であれば、取り組みの相手を、地元の量販店(食品スーパーやホームセンター)や地場の専門チェーンに絞ることが賢い選択になるだろう。数量がまとまった共選産地であれば、品目ごとに、あるいは、品目横断的に、地方の量販チェーンと商売上は組むことができるだろう。その場合の課題は、地方卸売市場との関係である。先駆的な市場は、むしろ、産地と地方の量販店を仲介する役割を積極的に担うことになる。それができない地方市場は、凋落する可能性がある。産地が、市場を選ぶ時代である。
 ・ 大規模産地の生産者
 国際競争の中で、どのように産地を位置づけられるかが問われる。供給数量が大きいだけに、従来型の市場頼りの販売だけでは、大きな困難に直面するだろう。従来からの大産地にとっては、品目に関わらず課題は同じである。現在の課題を要約してみる。
(A)大規模産地は、必ずや品種開発力を求められる(育種会社との提携も視野に入れて)
(B)コスト競争力が求められる(品種の選択は、多収性が重要な軸になる)
(C)環境責任や鮮度保持が求められる(差別化の手段として必須アイテムになる)
(D)ブランドの確立なしには生き残れない
(E)自らがマーケティング・カンパニー(メーカー)になることが求められる
  (従来型の販売を卸売市場だけに依存することは、もはやできない)

(4)価格の重要性
 最後に、分母の価格について考えてみる。価格に対する消費者のシビアさは、なにも花の産業に特有な現象ではない。生鮮・加工食品や衣料品、住宅関連製品の市場を見渡してみると、3つのことが同時に進行していることがわかる。
(A)全体市場の縮小(20年前と比較して平均20%)
(B)相対的な価格低下(同平均30%の下落)、
(C)小売業の上位集中とPB商品の氾濫(小売業の経営統合)、
 花の産業には、(A)と(B)がそのままに当てはまる。しかし、(C)はこれからである。価格に対する対応策は、以下の通りである。
①平均10%の単価下落に耐えられない産地は、今後の生き残りは厳しいだろう。
②生産技術と品種選択、そして販売方法(郵送費)などで、コスト優位に立てない産地は、やはり将来が難しいということである。

5 おわりに
 本稿は、花産業の将来を悲観的なシナリオで終わらせはしない。花は人びとの幸せを増進することに貢献できることが知られている。野菜と同様に、バラやガーベラ、草花類を中心に、すべてが輸入で賄える商品カテゴリーではない。国内の産地は、必ずや残っていく。そのためには、ジェネリックなプロモーションにわれわれが成功しなければならない。
 決め手は、量販での花売場の確保と花の専門店チェーンの登場である。そうした新たな市場機会については、「JFMAの鮮度保証販売」のその後の動向なども含めて、シンポジウムの当日に詳しく紹介してみたい。