オーガニック事業仲間で、盟友の徳江倫明さん(FTPS)が、雑誌「農業経営者」に、われわれの調査をレポートしている。HPに転載することにする。図表は、省略するが、ごらんになりたい方は、農業経営者を購入されるか、小川に申し出てください。おもしろいレポートです。
農業のもう一つの道
-有機農業の可能性が見えてきた-
オーガニックマーケットリサーチプロジェクトの調査報告書から
(徳江倫明さんのレポート、『農業経営者』2010年10月号?)
「農家数の急激な減少がいよいよ本格化」というニュースの意味
9月7日のニュースで、「農家数の急激な減少がいよいよ本格化してきた」ということが一斉に取り上げられていた。平成17年から5年間で農業就業人口が335万人から260万人と75万人が減少し、減少率は22.4%。その前の5年間の減少率が13.8%、その前が6%と比較すればまさに「急激」である。しかも農家平均年齢は65.8歳、今後5年間で40%程度減少しても不思議ではない。
ただし一方では農業経営体の経営耕地面積は364万ha、同じく5年前で1.5%減にとどまり、そのうち借地が107万haで5年前より24万ha(29.6%)の大幅増加となっている。さらに法人化された農業経営体の数は16%増となっている。
従って日本農業の現実を簡単に表現すれば、農業就業人口は大幅に減少していく一方、総耕地面積はそれほど変わらず、担い手のいない耕地は借地化され経営体の規模拡大と法人化、ひいては農業の経営力の向上が進んでいる。従って、生産量や出荷量が減り、例えば自給率まで急激に低下するということはないということになる。
しかしニュースで強調されたのは「農業就業人口がこの5年間で22.4%減」ということのみで、あたかも放棄地が急激に増え、このままでは自給率も一挙に低下するという印象を与える伝え方である。大事なのはむしろ後半であり、それは7日に公表された農林水産省の農林センサスを詳しく見ないとわからないことである。一般の人はまずそこまで詳しくは調べない。
部分的強調はうっかりすれば全く別の印象を作り出す。事実は調査結果の全体から的確に判断しなければわからない。
オーガニックマーケットリサーチプロジェクト
というわけで、私自身は長年「有機農業」と付き合ってきたのだが、これもまた事実とは随分と違う印象や評価が多い世界である。少なくとも、食の安全や環境に配慮した農業がいわれて久しいが、そうした農業がどのように消費者に評価され、生産者はそもそもどう考えているのか、いわんやそのマーケット規模や方向性など全く見えないのである。日本には2006年に成立した基本法ともいえる「有機農業推進法」が厳然とあるにも関わらず、大方はマイナー、小規模、マニアックな農業というイメージが未だに強い。
そこで昨年6月私が所属する(NPO法人)IFOAMジャパンを母体に、「オーガニックマーケットリサーチプロジェクト」を立ち上げ、昨年6月から1年間をかけ、生産者から消費者までフードチェーン全体を対象とした調査を行った。約50社からの協賛金をもとにした民間主導の調査となり、8月上梓した。
基本は有機農業に活路はあるのかという問いである。フードチェーンの接点、例えば生産者と卸や加工メーカーとの間、卸と小売りの間、小売と消費者の間にある普及を阻害する要因は何か、何を解決すれば広がるのかなど、あくまで実践的課題を明らかにする調査を目指したものである。
IFOAM(国際有機農業運動連盟)が2010年2月に発表した最新の推計では2008年度のヨーロッパの有機栽培面積は約817万haで全農地の4.3%、その市場規模は2兆6千億円に達し、成長率は約20%を保っている。その市場でのシェアはデンマーク6%、ドイツ3%イギリス2.5%であり、アメリカでも市場規模は2兆3千億円となり、シェアは3%となっている。決してマイナーではなく成長分野の主流になっている。アジアでいえば隣国の韓国ではオーガニック食品市場は年率30~40%の成長が続いている。
生産者調査の概要
今回の調査は生産者から消費者までの詳細な調査となっているが、ここでは生産者に焦点を当て、いくつかの特徴的な結果について述べてみたい。調査の方法は、有機農家、特栽農家、慣行農家の3グループに分けて同じ質問をして比較するという方法を基本とした。また日本GAP協会の協力も得て、JGAP認証農場にもほぼ同じ質問を行い比較してみた。ただGAP農家は回答者が26件と母数が小さいため単純に比較することはできない。
最も興味深いのは、「農業に従事されたのはいつ頃ですか」という質問に対する結果である。慣行農家は先祖代々、父・祖父の代からというのを合わせて97.6%、つまり自分の代(新規就農)からは2.4%にすぎないのに対し、有機農家は新規就農が25.1%ということである。(図1参照)新規就農に希望を持つ人の多くは有機農業を目指し、実際に継続しているケースが多いということである。
図1
また後継者の有無については、有機農家が58.5%と過半数を超え、慣行農家は17.6%となっている(図2参照)。またGAP農家においても26件のうち新規就農が7件で、比率でいえば27%となり、後継者についても26件中15件で58%であり、有機農家と同様の傾向にある。
図2
さらに慣行農家の90%以上は有機農業に関心を持っており、そのうち32%の人が実際に手がけたいと思っている(図3参照)。
図3
また農産物の生産者価格や小売価格についての問いに対しては、有機農家と特栽農家は生産者価格を自分で決める、あるいは販売先が決めるなど直接販売の特徴があり、慣行農家は相場で決まるという比率が高い。
また価格に対する意識としては、有機農家は生産者価格が「高い」が29.3%、「ちょうどよい」が39.7%で70%近くが価格に納得している。小売価格については「ちょうどよい」が30.1%いるものの「安い」が54.3%と過半数を超え、その価値観からいえば、小売に対しもう少し高く販売してもいいのではないかという気持ちがうかがえる。
特栽農家は生産者価格について「ちょうどよい」が33.7%いるものの、「安い」が56.6%と過半数を超え、小売価格については逆に33.8%が「高い」と感じていて、もう少し安く売ってもいいのではと思っている。小売の有機農産物と特別栽培農産物の売り方、価格の考え方に生産者とのズレが感じられる。
一方で慣行農家では生産者価格については73.6%が「安い」と感じており、小売価格では「高い」が20.4%あり、逆に「安い」が40%で、安く買われて高く売られる、安く買われて安く売られるという意識があり、いずれにしても損をしているという意識が高い(図4参照)。
図4
また新しい取組であり、安全や環境に配慮した農業の管理基準(適正農業規範)であるGAPについて知っているかどうかを聞いてみると、有機農家40.6%や特栽農家44.9%と認知度は高いが慣行農家の認知度は6.3%と極めて低い。またGAPの内容までよく知っていると答えた有機農家の42%は導入を検討したいと答えている(図5参照)。
図5
GAPをご存じですか
さらに、国の制度に対する認知度として、「農地・水・環境保全向上対策制度」を知っているかという問いに対しては、「知っていて、すでに取り組んでいる」が有機農家38.7%、特栽農家36%、GAP農家では26件中11件で42%になる。一方慣行農家は9.6%(知らないが68.8%)にとどまっており、関心度も低い。
また「有機農業推進法」については、「知っているし、内容も理解している」が有機農家58.8%、特栽農家40%、GAP農家で54%となっている。慣行農家は0.8%にすぎない。
総じて慣行農家は情報がどこかで遮断されていると考えられる。
データが語る有機農家像
ここ数年、法人化なども含めて事業としての農業、経営としての農業が大きな関心となっているが、いわば有機農業はそのような農業の対極にある、極めて小規模でマニアックな農業、数値的にも全体の生産量の0.18%の農業と受け取られている。しかし有機農業は決してマイナーな農業ではなく、特に世界的動きから見れば、マーケットの拡大に伴い、経済的にも主役になりつつある大きなポテンシャリティを持った農業である。むしろ世界から目れば、日本の遅れすぎが目立つところであるが、今回の調査から日本でも次第にそうした方向に進みつつあることが明らかになった。是非報告書の一読をお勧めする。
今回の調査結果から見える有機農家像をまとめれば、以下のようである。
『有機農家の4人に1人は新規就農者で、JAから市場、小売という系統出荷に頼らず、販売方法は消費者に直接販売し、小売業者とは直接取引を行っている。出荷価格は自分で決めるか取引先との交渉で決めているため、しっかりと経営感覚を持ち営業力にも富んでいる。経済的にも不満は少なく、持続可能な農業経営を実現している。
また安全や環境保全に貢献し、自分の人生観や価値観に沿った農業に誇りを持ち、後継者も育っている。さらに知識欲も豊富で、新しい情報も積極的に取得し、安全や環境に配慮した具体的管理基準のGAPなどへのチャレンジ意欲もあり具体的取組につなげている』
確かに経営的視点を持った、マネジメント能力のある生産者が求められる時代、その方向は単品生産やシステム化による大規模化や企業化というイメージが強い。
しかし経営とは規模や効率だけの問題ではなく、根幹は原価を知り、自ら価格を決め、販売し、収支バランスをとるところから始まる。マーケティング的には消費者と直接対面し、コミュニケーションをとり、安全や環境に配慮し、ニーズに対して何をどのように作るかということであり、すべての企業家、経営者に問われていることである。マイナーであったがゆえに、補助も受けず、生産も販路も自ら切り開いてきた有機農業こそ「経営としての農業」を実現してきたという、有機農業の新たな可能性が見えてきているのです。
今年は「COP10」(第10回生物多様性条約締約国会議)が10月に名古屋で開催される。その中でもアジアにおける水田の生物多様性への貢献、世界的な有機農業の推進、さらには在来種野菜の普及(種の確保)など大きなテーマである。
最初に書いたように日本の農業就業人口は急激に減少しているが、今のところその分を法人化や規模拡大によって他の農業者が借地し、生産量を維持しているというのが日本農業の現状である。ただ、借地化され畑地、水田として維持されるのは生産に有利な土壌条件のところや効率的な平地、水利条件のいいところからである。いずれ限界が来る。
一方で日本の生産量、生産額の半分近くを占めるといわれる中山間地農業は次第に遊休地化し放棄されていく可能性が高い。生物多様性の維持は原生林や森林の保全も重要であるが、人間との日常的接点の中でいえば山と平地の中間にある中山間地での暮らしの中での生物多様性の保全はなおさら重要であり、農業のもう一つの道、中山間地での有機農業の普及が望まれる由縁である。
その意味でも有機農業が小規模な多品目栽培であっても環境支払いなどの制度を含め、事業として経営的にも成り立つ仕組みを作り上げていくことは、農業の発展にも、グリーンツーリズム資源、豊かな景観や環境保全など今後の大きな価値づくりにとっても大切なことである。