【寄稿文】小川孔輔「再論:住関連市場の行方」『DIY会報』(2026年新春号)

はじめに:ホームセンター業界は飽和市場か?[1]

 『DIY会報』(2019年夏号)に、「拡大する市場と縮む業界の産業地図:8つ目の10兆円市場」という論考を掲載させていただいた。テーマは、「ホームセンター市場の飽和」だったが、結論は、「ホームセンター市場は飽和しているどころか、いまだ成長機会が多い有望な市場である」だった。
 ホームセンター業界については、一般的に次のように認識されている。現在でも、「HC市場の停滞仮説」に大きな変化は見られない。伝統的な業態区分(百貨店、食品スーパー、衣料品小売業、コンビニエンスストア、ドラッグストアなど)を前提にすると、21世紀に入ってから、HCの産業規模がわずかしか拡大していないからである。売上高や店舗数の業界データだけ見ると、HC業界は低成長市場ということになる。
 産業全体の販売実績を見ると、2000年に3兆5000億円だったHCの市場規模は、2018年に3兆8500億円になった。つまり18年間で3500億円(+10%)を積み上げている。[2] しかし、6年後の2024年でも、産業規模は約4兆円である(+1500億円、+4%)。緩やかに成長している業界というイメージが定着しているように見える。
 ところが、広義の住生活産業(住生活を支える暮らしの支援産業)に属する企業(例えば、100円ショップや無印良品、ニトリ、イケアなど)も、ホームセンターの仲間だと考えると、業界の風景は大きく変わってくる。狭義のHC業界は「4兆円産業」だが、広義のHC業界(住関連市場)は、「10兆円産業」なのである。
 

<10兆円規模の小売業界>[3]

 住関連市場と比較するという意味で、まずは衣料品と食品関連の業界を見てみよう。ここでは、「10兆円」がキーワードになる。10兆円の市場規模は、大人一人当たり年間で約10万円の消費支出に相当しているからである。
 バブルが崩壊する前に10兆円を超えていた「百貨店業界」は、2024年で市場が5.8兆円に縮んでいる。2018年は5.9兆円だったから、インバウンド需要がなければ、もっと需要は落ち込んでいたはずである。1990年代のピーク時と比較すると、約40%の顧客を失っていることになる。
 百貨店が衰退する陰で伸びているように見える「アパレル産業」だが、データを見れば大苦戦していることがわかる。2000年前後の15兆円市場は、2018年に10兆円を切って9.7兆円。2024年現在ではさらに縮んで8.4兆円。しかも、そのうちの約12%はファーストリテイリングの売上(約1兆円)で、一強多弱の寡占市場になっている。
 衣料品への支出が抑えられているのとは対照的に、食品業界は堅調である。スーパーや飲食サービスの市場は大きくは伸びていないが、最近まで「コンビニ業界」は好調を維持していた。店舗数などで飽和の兆しは見えるが、2015年に市場規模が10兆円を超えている。現在(2024年)は、12.9兆円の市場規模になっている。
 カテゴリーが一部で重複してしまうが、コンビニや食品スーパーの日配品、ファストフードや飲食店のテイクアウトなど、デリカ(惣菜)や弁当・おにぎりを含む「中食市場」も、2017年に10兆円を超えている。コロナ禍で、一時期は10兆円を切ったが、2022年には、1001兆円に需要が回復している。食品加工技術と輸送保存方法の革新で、デリカや冷食の品質が向上している。
 

 <業界の垣根について、視点を変えてみる>
 話をHC業界に戻してみる。公式統計によれば、ホームセンター業界の市場規模は約4兆円で、約20年間ほとんど伸びていない。ところが、HC停滞仮説については、業界の定義を変えるとまったく違った結論を導くことができる。具体的に見てみることにしよう。
 住生活に関連する業態には、隣接する多くの業界が含まれている。たとえば、100円ショップは、2018年に4社合計で5534億円。2023年に、4社合計で売上が1兆円(1兆200億円)を超えている。取り扱われている生活雑貨の多くは、住生活を豊かにする商品アイテムが多い。たとえば、HCの主力商品のひとつである園芸用品(多肉植物や小さな鉢物、肥料、鉢皿や花瓶)などは、いまや100円ショップにはふつうに置いてある。
 また、生活全般に関してカテゴリー横断的な品揃えをしている企業が増えている。これらの業態は、ホームセンターの品揃えから一部を抜き出して売り場が構成されている場合が多い。このカテゴリーには、いまや住宅やホテルサービス業に進出している無印良品(2018年4096億円→2024年6610億円)や、ホームファーニッシングのニトリ(同6081億円→8958億円)、家具から生活雑貨までを扱うイケア(同740億円→953億円)のようなライフスタイル提案型の住関連企業が含まれている。
 これらは例外なくSPA(製造小売業)の優良企業である。利益の源泉は自社で開発したPB商品で、海外から調達した低価格商品とローコストオペレーション戦略が競争優位性をもたらしている。ところが、取り扱われている商品カテゴリーは、実はホームセンターとよく似ている。後述するが、これら企業に共通しているのは、小売フォーマットを構築する上で、製品コンセプトや競争優位の作り方で、どこかに特別にフォーカスしていることである。
 結論を急ごう。無印もニトリもイケアもダイソーも、ホームセンターの仲間である。広義に住生活関連の業種を括ってみれば、2024年の総市場規模は8兆円(7兆6921億円)近くになる。これには、都市型HCのハンズやLOFT、生活雑貨のフランフラン、作業着のワークマンなどは含まれていない。無印良品やニトリは20年間で売上を、それぞれ約6倍と約18倍に伸ばしている。また、ホームセンター向け商品のベンダーメーカーであるアイリスオーヤマも、自社製品のLEDや家電製品にライン拡張することで、2024年には売上高を7766億円まで伸ばしている。広義のHC業界は、市場規模が10兆円は超えていると推測できる。つまり業種の境界を超えて考えると、住生活の専門チェーン業態は、21世紀に入っても成長していたのである。
 

 <カーン教授の「小売戦略の成功マトリックス」>
 それでは、“核となる狭義”のホームセンター市場を再活性化して、広義の住関連市場の成長を維持するには、どのような戦略の方向性が考えられるのだろうか。参考になるのが、米ペンシルバニア大学のバーバラ・カーン教授(Professor Barbara E. Kahn)が提唱している「小売戦略の成功マトリックス」(Retailing Success Matrix)である。
 2019年6月に開催された『グローバルDIYサミット』で、カーン教授の「ショッピング革命」(The Shopping Revolution: How Successful Retailers Win Customers in an Era of Endless Disruption)という講演があった。レクチャーを会場で聞く機会を得た某HCの経営トップから、筆者はその直後に講義の内容を紹介された。カーン教授の「成功マトリックス」を借用しながら、ホームセンターの未来について考察してみる。[4]
 講義録に添付された図表1を、原文そのままに添付する。以下は、松岡氏と高浦氏による原文を短く要約し、筆者が補足的に説明を付け加えたものである。
 カーン教授の枠組みでは、小売企業が顧客に提供する価値として、「商品のベネフィット」(モノの機能性)と「顧客体験」(サービスの享受)を横軸に配置し、小売企業が競争優位性を獲得するものとして、「喜びを高めるもの」(付加価値)と「苦痛を軽減するもの」(コスト削減)を縦軸に置く。
 左上(第2象限)の優れた「ブランド価値」を持つ企業は、顧客の喜びを高めるような商品を提供し、一定の顧客層から高い信頼を獲得する。ザラやルイ・ヴィトンなどのブランドが、その代表格である。右上(第1象限)の「体験価値」は、わくわくするような楽しい顧客体験を店舗で提供する。たとえば、イタリアの総合食材店イータリーは、スーパーと飲食店、料理教室を融合させた、豊かな食体験を提供している。
 左下(第3象限)の「低価格」は、ローコストオペレーションによって信頼性のある商品やサービスを低価格で販売し、顧客の節約に寄与している企業である。ウォルマートやコストコは、ここに強みを持つ代表的な小売企業である。右下(第4象限)の「フリクションレス(摩擦がない)」は、煩わしさや面倒臭さを排除し、簡単便利に買い物できるというスムースな顧客体験を提供する。アマゾンがその代表例である。
 カーン教授は、「厳しい競争環境を生き抜くために、小売企業はこれら4要素のすべてにおいて適正レベルに達している必要がある」とし、「市場リーダーを目指すならば、これら4要素のうちの1つ以上で競合他社に比べて優れていなければならない」と説いている。
 
   <<この付近に、図表1 小売戦略の成功マトリックス を挿入 >>>

    
 <再成長のための方向性と方法論>
 カーン教授の成功マトリックスを、日本のホームセンター企業の戦略に当てはめてみよう。HC業界のトップ企業は、①モノを中心とした同質化競争(第2、3象限)と、②経営統合による企業規模の拡大(第3象限)という従来の枠組みから脱却しようと試みている。合従連衡と買収で成長してきたDCMホールディングスが代表であるが、いま単純な買収戦略の見直しが始まっている。その先に起こる方向性は、カーン教授の「成功マトリックス」の日本企業版(ポジショニングマップ)を作成することで説明できるように思う。
 たとえば、カインズは「体験型業態」の開発(第1象限)と、簡便な買い物環境を提供するための「IT投資」(第4象限)に注力している。前者は、「DIY FACTORY」を運営する大都との資本提携に表れている。後者は、ホーム・デポのような海外HC企業だけでなく、アマゾンのような業界の垣根を超えたIT企業から学ぼうとする姿勢によく表れている。カインズの成長エンジンであったPB開発による「ブランド創造」(第2象限)や海外調達による「低コスト化」(第3象限)からは少し距離を置いて、ユニークな「顧客体験」の創造に事業の焦点を切り替えていることがわかる。
 ルーラル立地で小型店「ハード&グリーン」に特徴があるコメリは、農業資材と建材部門の近代化へと向かっている。コメリの戦略は、従来と方向性が一貫しているように見える。モノとサービスの重点を比較考量すれば、商品の機能性と専門的な品揃え(第2象限)を強化する方向の事業戦略は不変である。
 コーナン商事は、業務用市場で買収戦略に取り組んでいる。ビーバートザンとホームインプルーブメントひろせを傘下に収めたあと、資材卸の建デポを買収したコーナンは、「プロ市場」(第2象限)で抜きん出ることを狙っている。自社の内部でも、専門業者向けの「コーナンPRO」を70店舗展開している。もともとがメーカー出身(トステム)のLIXILビバも、ハード系の強化でコーナーと目指す方向は類似している。
 同質化路線を歩んできたHC各社は、明らかに業態分化に向っている。それは、たとえば、ドラッグストア業界など隣接業界との闘いで、HC業態に固有の戦略を転換することを余儀なくされている反映でもあるように思える。
 

 <ワークマンの大変身に学ぶ>

 最後に興味深い事例を一つ上げて、本稿を終わりにしたい。それは、ワークマンの事業転換についてである。
 ワークマンは、地方のロードサイドに展開する作業服・作業着のチェーン店である。2019年8月現在、日本全国に843店舗を展開している。かつてはどことなくあか抜けないイメージの店舗イメージだった。ところが、ここ数年間で従来の事業とブランドイメージが大転換を遂げている。新業態「WORKMAN Plus」(現在31店舗)の展開を始める前あたりから、ブランドのポジショニングが大きく変わった。ワークマンの人気に火をつけたのは、商品が気に入って勝手に宣伝してくれるインスタグラマーやYouTuberたち、SNSのインフルエンサーである。
 従来からのワークマンの主要顧客は、建設業や農業などハードな仕事に従事するプロフェッショナルである。専門家向けの機能商品が中心で、耐寒性や防水性に優れている。ただし、ノースフェースやモンベルなどのようにハイブランドではない。消耗品なので、アウトドア用品のブランドに比べて価格は半分以下である。しかし、機能性はほとんど変わらない。
 そのワークマンが、先日(9月6日)、新宿ルミネのホールを借り切って「過酷なファッションショー」を開いた。優れた機能性を、キャンプや登山用品、フィッシングやロードバイクに乗る場面で、つまり過酷な条件で使えるアウトドア用品としてポジショニングしなおそうという意図からである。主要メディア15社が取材に来て、TV番組でも大々的に報道された。
 実は、2019年9月6日時点で、ワークマンの株式時価総額(約5400億円)は、グローバルに事業を展開している良品計画やローソンを超えてしまっている。作業服や作業用品を地味に販売していた群馬出身のローカル企業が、グローバルブランドより市場では高く評価されているのである。ワークマンの製品は、低価格ながら必要とする機能性を極限まで磨いてきた。自然発生的にSNSでファンをつかみ、いまやメディアに無料でブランドを露出できている。原価率も約65%と高いが、ほとんどは値引きしない。つぎのシーズンも販売できるから、値引率はわずか2%と言われている。
 高収益体質の企業モデルは、地方の風土が生み出した成果である。「ワークマンに学べ!」である。ワークマンの教訓は、ホームセンターにも適応可能である。カーン教授の成功マトリックスで説明すると、当初は第3象限(低価格訴求)にあったワークマンの事業が、プロ向けに極限まで機能性を追求することで第2象限(機能性価値)に移った。それが、プロはない一般顧客にとって、第一象限(経験価値)のベネフィットを提供するブランドに深化してきたのである。
 

   <<この付近に、図表2 ワークマンの業績推移 を挿入 >>>

 図表1 カーン教授の「小売戦略の成功マトリックス」

     

【出典】松岡由希子、高浦佑介(2019)「ウォルマート、コストコ、ホーム・デポを比較!対アマゾン時代の競争戦略」『Diamond Chain Store: On Line』(10月9日配信)
 

 図表2 ワークマンの業績推移(単位:百万円)
                チェーン全店売上       当期純利益
 15 年 3 月期          69,185            5,876
 16 年 3 月期          71,465            6,233 
 17 年 3 月期          74,291            7,142 
 18 年 3 月期          79,703            7,844 
 19 年 3 月期          93,039            9,809  
 20 年 3 月期(予想) 103,500       10,889 
 【出典】:ワークマンHPより

<脚注>

[1] 本稿は、拙稿「住関連市場の行方」『販売革新』(2019年10月号)をベースに、7年後の業界データを更新することで再考したものである。統計データは、政府系データベースや雑誌など各種統計から引用している。

[2] 『Diamond Home Center』(2019年8月15日号)。

[3] 本節は、小川前掲論文(「住関連市場の行方」『販売革新』(2019年10月号))のデータを更新して再構成したものである。

[4] ウエブ記事の要約版が、松岡・高浦(2019)「ウォルマート、コストコ、ホーム・デポを比較!対アマゾン時代の競争戦略」というタイトルで『Diamond Chain Store: On Line』から配信されている。

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