小川・酒井編著『有機農産物の流通とマーケティング』 「(3)イオンのPB「グリーンアイ」の展開(差し替え原稿)

① イオンと「グリーンアイ」の歴史


(i) イオンについて
イオンは、「総合スーパー事業」「スーパーマーケット事業」「ドラッグストアー事業」「デベロッパー事業」「金融サービス事業」「専門店事業」「サービス事業」等をおこなっている総合小売企業である。

(ii)プライベート・ブランド(PB)・「トップバリュ」
イオンのプライベート・ブランド(PB)である「トップバリュ」(TOPVALU)は、イオン唯一のPBである。特徴としては、①消費者の声を生かすこと、②安全や環境への配慮、③情報開示、④お買い得価格(値打ち感)、⑤満足保証制度(返金・交換)の5点を打ち出している。
サブブランドとして、環境と健康に配慮した「グリーンアイ」、おいしさや素材にこだわった「SELECT」、環境やリサイクルなどを考慮した「共環宣言」の3つのブランドがある(内容詳細はイオンHP参照)。

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②「グリーンアイ」
 (i) 「グリーンアイ」とは
「グリーンアイ」は、自然のおいしさを大切に考え、環境や生態系に配慮し、できるだけ自然の力を生かし生産されているという。

「グリーンアイ」のブランド化が始まったのは、1993年である。当時は有機農産物認証制度の施行前で、「有機」や「特別栽培」などの言葉が混乱しており、農産物の基準が曖昧な時代だった。そんななかで、「地域貢献」「環境貢献」というイオンの企業理念に合致するような食品を追求し、「グリーンアイ」ブランドが開発された。ネーミングの由来は、自然や環境、農産物のイメージと環境配慮に取り組む消費者「グリーンコンシューマー」などの意味を含むグリーンと、またそれらを意識する眼(eye)や自分自身(i)、相手を思いやる愛情のアイなどの意味や願いを含んでいる。(植原氏インタビューによる=参考文献参照)
農産物を皮切りに、1997年には、「グリーンアイ」は食品全体に広げられ、畜産品、水産品、加工品等も含めたブランドへとヴァージョン・アップされた。2005年2月現在、「グリーンアイ」ブランドは約300品目ある。有機JAS制度導入に伴い、グリーンアイは生鮮野菜と冷凍野菜で国内最初に有機認証を取得し発売した実績を持つ。

(ii) 「グリーンアイ」の基準
「グリーンアイ」ブランドとして販売される食品には、明確な基準がある。それは、①人工着色料、人工保存料、人工甘味料を使わないこと、②化学肥料、農薬、抗生物質等化学製品の使用を極力抑制すること、③適地・適期・適作・適肥育など、自然力によるおいしさを重視すること、④環境や生態系の保全に配慮した農業をサポートすること、⑤生産から販売まで、自主基準にもとづき管理すること、以上5つの基準である。これらは消費者向けのコンセプトである。

③イオンの農産物品質管理
(i) 農産物品質管理の全体像
イオンの農産物、特に「グリーンアイ」の品質管理について、まず全体像を示す。
「グリーンアイ」の農産物は、求める品質確保のため、生産規範の遵守のみならず、生産から販売までの全段階での管理の確立を目指している。プロダクト・セーフティ・チェーンの各段階で、明確な規範を設定している。生産段階ではGAP(Good Agricultural Practice =適正農業規範)、加工段階ではGMP(Good Manufacturing Practice =適正製造規範)、物流ではGDP(Good Distribution Practice =適正流通規範)というそれぞれの規範に則って、品質を確保する一連の手続きを定めている。
ISOとHACCPの手法を取り入れたマネジメントシステム構築を目指している。

(ii) 「イオンA-Q」=「イオン農産物取引先(様)品質管理基準」(AEON Produce Suppliers Quality Management Standards)
以下、生産段階での品質管理基準について詳述する。

 a 導入の動機

イオンでは食に関して消費者の信頼を揺るがす様々な問題が相次いだため、もっと基本的な生産ルールが必要だという意識から、2002年12月に「イオン農産物取引先(様)品質管理基準」(以下、「イオンA-Q」)を始めた。これは「慣行農産物」と「グリーンアイ農産物」との両方をカバーするものである。

生産規範(=イオンGAP)では、組織、水、圃場、土壌、肥料、農薬、栽培から収穫までの管理、環境配慮、人権への配慮など、13項目に50のチェック事項があり、産地はこの基準に従って品質改善を目指している。
A-Qは導入に同意された生産者や取り組み先にのみを対象としている。

 b コンセプトと目標

イオンA-Qには生産者とパートナーシップ関係を構築し生活者への健康貢献・環境配慮等を目指すイオン農産物取り組み宣言が示されている。「イオンA-Q」はこれを実現するために作成された。
A-Qの目標は、まず、「安全・安心・正直」をベースに消費者の信頼を確保すること、そしてそのうえで、「おいしさ・鮮度・成分・価格」などについては、オリジナルなものを追求し、競争ポイントとすることを目指している。A-Qでは、生産者に対して、現状を客観的に見てもらい、努力して徐々にステップアップしてもらうため、生産各段階での目標と取り組み方をマニュアル化して明らかにしている。
農家にはそれぞれのノウハウがある。しかし、そのノウハウは、あるところでは非常に細かいが、生産全体のプロセスの中で、管理のばらつきがあると植原氏は見ている。バランスのある規範を示して、生産を全体的にレベルアップしてもらうのが、A-Qの目標である。
自然産品である「グリーンアイ農産物」でも仕様書に沿った生産委託をルール化している。ただし「安全基準」以外の基準、例えば「おいしさ基準」に関して「糖度14度」の農産物を仕様基準するとする場合、まず、「14度」を達成するにはどうすればよいか、ということを考え、品種の選定や栽培方法などを検討し、手順や評価方法をチェックする。最終的な品質について生産者と話し合って、一緒に取り組んでいく、というのが「グリーンアイ」のやり方だ、と植原氏は述べる。

品質管理手法としては、ISOやHACCPが参考にされている。これらは農業に直接応用することは難しいが、管理のコンセプトとしては優れているので、「安全・品質確保」という目的を達成するために利用された。ISOの考え方を取り入れることで、ロスの減少や生産性の向上、また仕事の手順やルールがわかるという効果も期待できるという。
基準づくりにあたって参考にされたのは、欧州の「EUREPGAP」や、米国のGAPである。英国にはBRCというGMPもあり、管理された輸入品の流通を目指している。中国でも、GAPを作ろうという動きが急速に進んでおり、イオンでは、それに対してアジアのGAPは自分たちで作ろうという意識が働いたという。

GAPの基本部分は食品安全担保のインフラとし、若干のオリジナリティーを加えながら、日本あるいは世界統一基準を採用してもよい部分である。このインフラの上に、環境・社会的責任および品質上の優位を追及する。植原氏によれば、この部分が本当の競争の核心部分で、産地の競争努力が求められる領域である。イオンA-Qは、食品安全の部分をHACCPと組み合わせて確保しつつ、環境・社会的責任と品質基準全般をも管理するマネジメントシステムを目指している。
食の危害排除と安全確保努力は食に携わる者として当然のこと。安全品質をつくる仕組み、間違いを起こさない仕組みを社会インフラとしてつくることと、そのことが消費者に理解されることが日本の農産物の信頼に繋がるのではないか。そのうえで、おいしさなど他の面で競争することをイオンは目指している。
また植原氏は、良質なマネジメントシステム構築を目指すA-Qに取り組めば、コストは下がってくるはずだとみている。
イオン側の課題としては、消費者とのコミュニケーションやブランドをどう伝えていけばいいかを考えていかなければならない。「グリーンアイ」の認知は比較的高いものの、イオンとしては、産地の努力を消費者にもっと深く理解してもらう必要があると考えている。

 c A-Qの仕組み

イオンGAPには一般栽培(慣行)野菜用とPB(「グリーンアイ」)用の2種類がある。それぞれ、「責任者用」(組織の責任者用に、モデルを示す)と「生産者用」(個人用)の管理基準書がペアになって使われる。
それぞれ、生産現場での「要求事項」が具体的に示されており、さまざまなチェックリストがあって、達成度がステップで示される。ステップはスコア化され、ランク化されている。イオンの要求水準としては、①「必須」、②「努力」(目標を立てて行動する)、③「目指す」(達成のために、「いつまでに」「どうやって」行動するかを明確化する)の3つのレベルがある。

ただし、「要求」といっても、生産者になぜやらねばならないのか、理解してもらうことを重視しているという。植原氏の説明では、生産者の作業を助け、ミスを防ぎ、誤りを事前に知らせ、積極的に使ってもらえるような仕組み構築を目指している。
またPB管理ではデータ管理を含む仕組み構築を目指している。たとえば、生産者は、農薬を使用する前に使用条件等を確認できる。生産者が端末から「この農薬はこの作物に使っていいか?」とシステムに問い合わせると、可否サインが表示される。使用可能な期間などの情報も示される。
また、記帳は、自分の日誌代わりにもなる仕組みになっている。生産者側での記帳のしやすさや、要望の大きな項目を取り入れ、生産者のニーズに対応したものにしようと工夫が施されている。

 d A-Q普及への努力

2002年末にA-Qを導入した際、イオンでは全国6、7か所で説明会を開き、生産者や農協、経済連、荷受、仲卸など、1000以上の取引先を対象に説明を行った。当初、A-Qはなかなか生産現場に浸透していかなかった。マニュアルがわかりにくいという声が多かったため、2004年11月に改訂された。改訂版では、旧版の基本的内容は引き継ぎながら、カラー写真やコメントなどが豊富に取り入れられた。使い勝手の向上を図った結果、いまようやく生産者の間に理解が広がってきたところだと植原氏は述べる。

農家側での品質管理は、イオンとしては、地域行政が入った中で、地域ぐるみで実践してもらう方向が望ましいと考えている。個人では情報が少なく、間違いも起こりやすいからである。個々の作物ごとに、農薬散布基準や使用頻度、使用残農薬の扱いなどを管理していくのは、個人では労多く難しい。より環境と安全に配慮し、低コストで正確に遵守できる仕組みと標準を、地域の組織・グループで作っていってもらう方が確実だろうと植原氏は述べている。

植原氏によれば、生産規範の明確化と品質の向上が、どう有機的に進んでいくかは、まだはっきりとはいえない。ただ、A-QをきっかけにISO9000を取得した、やる気のある企業も出ており、この努力が何年も積み重なっていけば、品質向上につながっていくだろう、またグローバルな視点での連携も大切だとイオンでは考えている。

イオンの農業規範基準は、従来は内部監査だけだったが、2004年末から第三者の監査の導入を試みている。

④ 食品トレーサビリティ・システムの開発・実証事業 
 食品トレーサビリティ・システムの開発・実証事業は、「農業規範基準研究会」(座長・中嶋康博東大助教授)を核として、2001年度にスタートし、今年度で4年目を迎えた。イオンもこの研究会に参加し、トレーサビリティ・システムの開発・実証に取り組んでいる。
 
開発・実証事業には、まず、安全安心農産物の規範づくりとして、GAP開発が行われている。これは、農産物生産段階での、危険(リスク)を除去するための基準づくりで、農薬使用や保管など13項目がある。
また、ITの最大活用も重要なテーマで、正確・迅速な情報提供と、活動記録の蓄積を行えるシステム構築をめざし、現在、身近な携帯電話によるトレーサビリティ・システム作りを行っている。各地の生産者から圃場の画像を送信してもらえば、イオンでチェック可能である。これを生産日誌に蓄積していけば、トレーサビリティの記録づくりができる。(注:2004年の春から1年間、農林水産省のトレーサビリティ実証事業で、約900名の生産者が参加して実証試験が行われた)

流通履歴のトレースの仕組みは、各段階で携帯電話を用いてQRデータを読み取ることで、データが管理されるようになっている。QRコードは、バーコード読み取り可能な携帯電話なら機能する。
まず、生産段階でQRコードを読み取ることで流通履歴データが生まれる。卸段階では、QRコード読み取りにより、流通経路が自動入力されるとともに、農産物の温度変化の管理履歴が記録される仕組みである。現段階では生産者から卸までの間のみのトレースだが、将来的には、イオン店舗でもトレース検索可能になる予定である。販売商品の情報公開手段としては、POS、店頭端末、携帯、包装資材、WEBの5通りが考えられる。