11月1日から、毎週金曜日、『日経MJ』で「食のイノベーション」という連載がはじまります。第1回を掲載致します。
日経MJヒット塾(連動企画) 2013年11月1日
「食のイノベーション①」
小川孔輔(法政大学経営大学院教授)
皆さんもお気づきだろうか。日経MJの「ヒット商品番付」を見ると、この2年間、食関連のヒットが意外なほど多い。2012年は「マルちゃん正麺」「メッツ コーラ」「俺のフレンチ・イタリアン」など10も選ばれた。
なぜ今、「食」がヒットする時代なのか。
11年の横綱は「アップル」と「節電商品」、大関が「アンドロイド端末」など新しい機能や優れた技術を訴求したヒット商品が主役だった。ところが、東日本大震災をきっかけに社会的な風景はがらりと変わってしまう。人々の視線と関心が「技術」や「機能」だけではなく、むしろ情緒的な「食文化」や「団らん」に回帰することになった。
そうした変化をとらえた食のヒットを支えているのは「もっとおいしく」を実現し、多くの消費者に購入してもらうためのイノベーションへのあくなき追求姿勢である。
フードビジネスの革新には2つのルーツがある。1つは欧米の食文化の技術移転だ。1971年~1973年にかけて創業し、成功を収めた日本マクドナルドなどの第1世代のフードチェーンは新しい料理カテゴリーを紹介することで強いブランドを確立した。競合に打ち勝つことができたのは食材の加工効率を高めながら多店舗展開によりコスト削減を徹底したからだ。
もう1つは製法に関わる技術開発。世界初の即席麺「チキンラーメン」を生んだ日清食品など多くのメーカーが食品加工の要素技術の革新に貢献してきた。
「安全でもっとおいしく」を追い求める作り手の動きは止まらない。
筆者が住む千葉県白井市で有名な無農薬栽培の梨農家はおいしい梨を作るため、ホルモン剤は使わない。栽培リスクがあり面倒だが、有機堆肥とアミノ酸を用いる。価格は通常の倍と高いが、収穫最盛期の9月中ごろに全品完売してしまう。
味覚が肥えた消費者の舌を喜ばせようと農家や企業の努力は食材原料となる野菜や畜肉の肥飼料などの革新にまでさかのぼる。農業分野では「後方垂直統合」(食のSPA化)が広がっている。
さらに「ビジネスモデル・イノベータ―」と呼ぶことができる新しい形態の食のイノベータ―が登場した。「俺の」の坂本孝社長に代表される新種の革新者たちだ。
「俺のフレンチ・イタリアン」のビジネスモデルの革新性は欧米型ビジネスの模倣者たちが発想さえしなかった“非常識”とも思える事業システムを創発したことである。高い顧客回転率を武器に高級食材を用いた料理メニューを圧倒的な低価格で提供。従来不可能とされていた高い技術を有する職人(シェフ)の技をビジネスの仕組みに組み込むことで、口コミと高いリピートを誘発する。
製品技術の革新とサービス・イノベーション、消費の風向きを敏感につかみ新しい価値を打ち出すマーケティング、ビジネスモデルの創造―。それぞれ進化を続けた結果が番付に表れたといえる。次回からヒットの理由を掘り下げていく。
キーワードプラス
「食のSPA=製造小売業」食品産業でも、食材調達(農業生産や養殖事業)から加工・販売(小売りチェーン組織)に至るまで、垂直チャネルの機能統合が進むこと。サイゼリヤやロック・フィールドが先行。大手小売業も農場の直営化を推進している。
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8日から始まる企業訪問研修「日経MJヒット塾」に連動して連載します。マーケティング研究の第一線で活躍し、研修アドバイザーでもある経営学者らがヒットの教訓を解説していきます。