【インタビュー】小川孔輔「ホーム・デポから学ぶ 国内HCがやるべきこと」『ダイヤモンド・ホームセンター』2023年4月15日号

 『ダイヤモンド・ホームセンター』の特集は、「5兆円市場を創り出す」。高浦編集長の質問に、わたしが応える形式で、神田小川町でインタビューは進行。第一特集「常識にとらわれないイノベーション」に登場しているのは、松村大貴氏(ハルモニアCEO)、数見篤氏(トラスコ中山取締役)、山田岳人(大都社長)、西田政之氏(カインズCHRO)とわたしの5人。

 

 めずらしいことだが、インタビューの内容は、編集者の文章を一言一句とも修正していない。

 記録のため、全文(小見出し、キャプションを含む)をそのままに転載する。

 

 

Part1 常識にとらわれないイノベーション
特別インタビュー③

法政大学名誉教授 小川孔輔

 

<見出し>
ホーム・デポから学ぶ、国内HCがやるべきこと

<リード>
日本の流通業界は大きな転換点を迎えている。そんな中、国内のHC企業はこれからどのように舵を切るべきか。また、世界最大のホームインプルーブメント企業ホーム・デポと国内HCは何が違うのか。マーケティングの専門家である法政大学名誉教授の小川孔輔氏に話を聞いた。
聞き手=髙浦佑介 構成=松岡由希子

※顔写真入る

 

<プロフィール>
おがわ・こうすけ
1951年生まれ、秋田県出身。法政大学名誉教授(元経営大学院教授)、日本フローラルマーケティング協会会長(創設者)。『マクドナルド 失敗の本質』や『青いリンゴの物語:ロック・フィールドのサラダ革命』など著書多数。ホーム・デポの歴史や成功要因を解説した『Breakthough Retailing』の翻訳本『史上最強のホームセンター 常識破りのホームデポ経営戦略』(2023年1月発売/ダイヤモンド社)の翻訳者の1人

 

<小見出し>
住環境の改善に貢献してきたHC

 

-国内流通業界の現状をどのようにみていますか。
小川 少子高齢化と人口減少によって国内の消費市場が縮小し、日本の小売業は極めて難しい時代に差し掛かっている。
1980年代から2000年代にかけて世界最大のホームセンター(HC)へと成長した米国のホーム・デポ(The Home Depot)のように、マーケットの規模を拡大させながらシェアも高められる小売企業は、現代の日本でほぼ見られない。
日本は小売業を含めたあらゆる産業で、上位集中度が極端に低い国だ。地域ごとに気候や生活様式、食文化が異なり、分断されたマーケットがいくつも残存している。競合他社に圧倒的に勝ち、「勝者総取り」で上位集中度を高めるアプローチは理論上ありうるが、HCや食品スーパー(SM)ではこの5~10年のうちにこのような変化が実際に起こる可能性は低く、切磋琢磨しながらシェアを奪い合う時代がしばらく続くと見込まれる。
一方で、テクノロジーの領域では、デジタルやロボット、AIなど、さまざまなイノベーションが起こっている。しかし、このような市場環境の下で、小売企業がテクノロジーをうまく使いこなし、画期的な商品・サービスを提供することはハードルが高い。つまり、イノベーションが起こりにくい市場環境になっている。

 

-日本のHC市場をどのように評価していますか。
小川 HCの市場規模は90年代半ばからあまり伸びていない。その要因として、商品調達におけるグローバルの構造の変化が挙げられる。HCではプライベートブランド(PB)商品を含めて海外から調達する商品が多く、円高基調が続いたことから、安く仕入れられ、商品単価も安くなった。その結果、売上規模が金額ベースで伸び悩んだ面がある。
一方で、良質な商品がより安くなり、店舗もきれいで、買いやすい売場になったことで、消費者の生活の利便性は格段に高まった。HCは日本の消費者の豊かさに貢献してきた産業といえる。

 

<小見出し>
取り組むべき4つのポイント

 

-HCの市場規模を伸ばすためには、どのようなことが求められていますか。
小川 テクノロジーをうまく活用し、顧客にどれくらい利便性を提供できるかに尽きる。具体的には、「顧客サービスの刷新」「フリクションレスで楽しい買物体験の提供」「ロジスティクスの改革」「サービスの統合」の4つがポイントとなる。

 

-1つめの顧客サービスについてはどのように変えていくべきでしょうか。

小川 ホーム・デポの成功要因は、ハイサービスとロープライスを同時に実現するビジネスの仕組みを構築して発展させたことだ。中間業者を介さずに商品を直接調達することで低価格を実現するのみならず、専門知識を持つ店員を売場にきちんと配置し、商品について説明したり、顧客がスムーズに買い物ができるようにサポートする体制が整っている。
日本のHCを産業として便利なものにしていくためには、デジタルツールや情報をうまく使いこなし、HCとしての祖業の原点に回帰することがポイントとなる。リアル店舗はますます重要だ。デジタルツールと情報を活用して、専門性の高い店員の知識やノウハウ、スキルを顧客にくまなく提供する売場をつくり、ECでも同様の顧客体験を切れ目なく提供することが求められる。

 

-2つめのフリクションレスな買物体験とはどのようなものですか。
小川 買物を苦痛に感じる消費者は少なくない。とりわけHCは売場面積が大きく、幅広いカテゴリーにわたって多種多様な商品を取り扱っているため、欲しい商品を売場でスムーズに見つけづらい面がある。買いやすいレイアウトを設計し、情報端末で商品を瞬時に検索できるようにするなど、買い物の苦痛を軽減して短時間で簡単に買えるフリクションレスな売場づくりが必要だ。
買物には、楽しさや心地よさも求められる。単にモノを買う場だけにとどまらず、体験型サービスなどにも強みを持つHCは、今後伸びていくだろう。

 

<小見出し>
差し迫る物流危機「2024年問題」

 

-ロジスティックスの観点では、「物流の2024年問題」も課題となっています。
小川 HCは取扱品目数が多く、重い商品やかさばる商品を取り扱っているため、物流の仕組みが特に重要だ。
ホーム・デポはこの10年でロジスティクスを改革し、ECとリアル店舗とのオムニチャネル化を実現した。日本のHC業界でも、ロジスティクスの仕組みを組み替え、オンラインとオフラインのチャネルを統合できるかどうかが、優勝劣敗の決め手になる。

 

-近年、企業間を越えた物流の共同化についても議論されるようになりました。
小川 人口減少社会では効率を追求せざるをえない。物流の領域でもこれから新しい仕組みが生まれてくるだろう。
物流の共同化への動きはあらゆる産業で起こりうる。たとえば九州エリアでは、トライアルホールディングス(福岡県/亀田晃一社長)やイオン九州(福岡県/柴田祐司社長)が国内最大のチルド物流ネットワークを有するムロオ(広島県/山下俊一郎社長)と提携し、共同物流の取り組みをすすめている。これまでの実証実験では、物流コストが3~4割低減され、配送スピードも上がった。

 

<小見出し>
経営の原点は現場にある

 

-サービスの統合に向けてどのようなことに取り組むべきですか。
小川 デジタルによってHCが商品の在庫状況をプロ顧客に開示できるようになった。これにより、ホームビルダーやリフォーム業者、メンテナンス業者、農家ら、HCの周辺の様々な事業者と情報やモノ、サービスでつながりやすくなった。
たとえば、ホーム・デポでは、壁塗装やトイレの設置、水漏れの修理など、ホームインプルーブメントに関するサービスを必要とする人とサービスプロバイダーをつなぐ「Pro Referral(プロ・リファラル)」を展開している。
また、従来のHCにデザインの要素を加えることで、HCがよりアップスケールになる。ホーム・デポでは、ホームインテリアに特化した専門業態「The Home Depot Design Center(ホーム・デポ・デザインセンター)」を運営するほか、寝具やタオルなどを取り扱うEC「The Company Store(ザ・カンパニー・ストア)」やブラインド専門EC「Blinds.com(ブラインズ・ドットコム)」など、事業を多角化している。

 

-「史上最強のホームセンター」を通じて日本のHCの経営者に伝えたいことは何ですか。
小川 従業員が企業や商品、顧客に愛情をしっかりと注ぎ、主体的に生き生きと仕事に取り組めるような企業文化をいかにつくっていくかが重要だ。ホーム・デポでは、3人の創業者が中心となって、成長の礎となる独自の企業文化を醸成した。
経営の原点は現場にあるべきだ。真実は常に売場にある。現場志向で顧客と接する店舗を中心に位置づけ、これをサポートするのが本部の役割とすべきだろう。
顧客志向の観点からプロフェッショナリズムもますます重要になる。売場やカテゴリーごとに専門的な知識やノウハウ、スキルを持つ人材をきちんと自社で抱えるべきだ。
結局は、企業の行く末もHCという産業の未来も、経営者の資質や経営理念、経営手法に委ねられている。
米国では1980年代にホーム・デポが台頭し、HCの企業数が激減した。現在の日本のHC業界は、ホーム・デポが台頭する前と似た状況にあるのかもしれない。この先10年で優勝劣敗がはっきりするだろう。

 

<キャプション>
01、02:『史上最強のホームセンター 常識破りのホームデポ経営戦略』ではホーム・デポの歴史を物語調で解説。小川氏はその中でもとくに4つのポイントが日本のHCに必要だと説く