ブランド自由連想分析の意義(日経広告研究所創立三十五周年記念シンポジウム 講演)

日経広告研究所創立三十五周年記念シンポジウム
ブランド自由連想分析の意義
法政大学経営学部長 小川孔輔
ブランドの定量的な測定と質的把握をつなぐ
 本日は二〇〇一~〇三年に取り組んだ「日経広告研究所ブランド連想分析研究会(以下、BR連分研と略称)」の主査として、①ブランド・エクイティ論とブランド自由連想の位置付け②研究会の試みと目的③ブランド連想分析の新たな調査手法「PINS測定法」の概要、という三つの視点を中心に話を進めていきたい。


一九九〇年代以降、ブランド研究が盛んとなり、ブランド・エクイティ論は企業のマーケティング活動のコア概念として注目を集めてきた。企業経営に戦略的な示唆を与えるものとして、ブランド価値を定量的に測定すること(サイエンス的側面)と質的なブランドの世界観を取り出すこと(アート的側面)、という両面の研究がある程度なされた。一方、この両面が独立し“架け橋”がなかったことが、この十数年におけるブランド研究の課題といえよう。     
 では、われわれ研究者がなすべきことは何か。まずアート的側面であるクリエーティブ力でつくられたブランドに対する努力結果を評価して、その評価値をブランド構築にフィードバックする役割、つまり「サイエンス」(客観的)といえる方法論が確立されていなかった現状を指摘できる。このアートとサイエンス両者をブリッジング(架け橋)できる方法として、Aakerがいうブランド・エクイティを構成する重要な要素の一つである「ブランド連想」概念への着目がスタートだった。

認知科学の研究成果を応用して連想を分析 
Aakerの共同研究者であるKellerが指摘するブランド・エクイティの構成要素(知名・ロイヤリティ・連想)のなかで、ブランド連想(「連想の好ましさ」や「連想の強さ」など)の研究は実用性を目指した実証的なリサーチが不足しているのが実情だ。ブランド連想への着目、言い方をかえて人間の頭脳の中にメスを入れると考えた場合、詳細は横山先生が後述するが、認知科学(あるいは言語心理学)の課題とブランド研究の課題は類似点が多いと思う。歴史的背景からみると、両者の研究はほぼ独立に発展してきたわけだが、マーケティングの立場から、BR連分研の試みとしてブランド研究に認知科学分野の方法論を積極的に取り入れるべき時と考えた。
 BR連分研では、ブランド連想を『概念』から『分析手法』へ―、すなわち広告をはじめとするブランド・マネジメントに応用可能なブランド連想分析手法の構築を目的として掲げて、以下の諸課題の解決を目指した。①コミュニケーションを科学する眼を鍛える、つまり「市場にどのようなメッセージが伝わったのか?」を分析する視点の探求②認知科学や認知心理学の知見の導入③テキストマイニングなど日本語処理の最新テクノロジーの活用④データ解析における実践的なコツ(・・)の蓄積などであって、具体的にはPINS測定法の研究発展型をとして、新しいブランド連想分析手法の開発と応用研究に取り組んでいる。
PINS測定法を使いイメージを精密に把握
PINS測定法の概要を簡単に紹介する。自由連想調査(「○○」と聞いて思い浮かぶことを自由にお答えください)の回答で得られた言葉の連想(名詞、形容詞、単なる言葉の羅列など)について分析する場合、同じ言葉でも回答者が込める意味(情動)、例えばブランドに関連して連想されたタレントに対する好意度などは異なるはずだ。そこで、回答者自身に、自由に想起された連想語のそれぞれについて、「良いイメージ(Positive)」「どちらでもない(Indifferent)」「悪いイメージ(Negative)」のいずれかを尋ねた。PINS測定法(PINスケール)とは、それぞれの頭文字を取り名付けた手法である。
実際の調査では、「ⅰモードと聞いて思い浮かぶイメージを回答してください」などと連想語を回答してもらった後、「その言葉はあなたにとってプラスのイメージですか、それともマイナスですか」と、個々の連想についてPIN(良い、どちらでもない、悪い)を回答してもらう形とした(図)。ブランド連想構造の把握には、個々の連想がどのような評価を伴っているかを把握することが重要で、このことは後で説明する調査分析結果を見ればご理解していただけると思う。この際同じ言葉の連想であっても回答者によって評価がぶれることがある。特に形容詞の連想に多く見受けられる。ビールの「苦み」という連想を例にとってみると、Positiveなイメージを持つ人もいれば、Negativeなイメージを連想する人もいるなど、評価は異なってくる。今回は連想に対する評価の集計、分析が可能となったことが、ブランドの連想分析構造の把握に大きな役割を果たしている。
実際、自由連想を単なるイメージ事象(モノや言葉)ではなく、PINS測定法を用いることにより回答者の評価を含めたイメージとして測定できることで、様々な活用が可能になった。まず回答者の評価を伴ったイメージを分析に用いることで、知覚マップの解釈に付加的な意味解釈を付与しやすくなった。二番目に連想語の分析結果と別に尋ねた回答者ごとの購買意図、態度、変数などとの対応関係をより詳細に検討できるようになった。さらに、広告と関連したブランドイメージの評価について好意度などを含めて精密に把握することなどにより、企業に取って好ましいブランド構築に役立つ広告のあり方を探る可能性が出てきたといえよう。