15年ほど前から年2回(夏と冬)ほど、「日本DIY協会」から寄稿の依頼が来る。協会の『DIY会報』に、今回はいつもとはちがうタイプの論考を書いてみた。題して、「野の花産業の静かな拡大」。ここで言う「野の花」とは、温室ではない露地栽培されている草花類のことである。枝物なども含んでいる。なぜ今になって「野の花」なのか?その社会的な背景を解説してある。
「“野の花産業”の静かな拡大」『DIY会報』(2025年新春号)
文・小川孔輔(法政大学名誉教授、JFMA会長)
<ホームセンターの園芸売り場>
日本DIYホームセンター協会から、この季節になると『月例調査』が送られてくる。図表1は、2024年10月度の「ホームセンター販売額の集計結果」を編集したデータである。大手ホームセンター(回答企業26社)で、「全部門(全店)」と「園芸・エクステリア部門」の月次販売額を比較したものである(2023年11月~2024年10月)。
園芸・エクステリア部門(以下、単に「園芸部門」と略記)の販売額が、12か月中9か月で対前年比マイナス(<100)になっている。同様に、園芸部門を全店の販売額と比較すると、一年のうち11か月で、園芸部門(対前年同月比)が全店のそれを下回っていることがわかる(図表2)。また、ホームセンターの他部門と比較すると、直近の2024年10月において、園芸部門の販売額(対前年比)は、インテリア部門(同83.3)と電気部門(同89.0)に続いて、下から3番目(92.4)になっている(図表2)。一方で、ホームセンターの園芸部門の構成比は14.6%である。部門別の販売額では、全部門の中で3番目に高い。園芸部門は、経営上は重要な分野である(図表1)。
本稿では、園芸部門が低迷している理由について考えてみたい。なお、この考察は、一般的な園芸市場について分析したものである。この後で筆者が紹介する業界のグローバルな動向は、ホームセンターにはそのままの形で当てはまらない可能性がある。しかし、園芸部門の運営には参考になるだろうと考えて、新しい動きを紹介することにしたい。
<< 図表1 園芸売り場の販売動向(2023年11月~2024年10月)を挿入 >>
出典:『月例調査(集計結果)』(「日本DIYホームセンター協会」)
<< 図表2 商品分野別の対前年比(2023年11月~2024年10月)を挿入 >>
出典:『月例調査(集計結果)』(「日本DIYホームセンター協会」)
2 園芸市場の低迷:3つの要因と2つのトレンド
園芸部門の低迷について一般的に言われているのは、つぎのような説明である。
・コロナ禍(「ステイ・ホーム!」)で盛んになった室内外の「植物への関心」(園芸活動とインドアプランツの楽しみ)が、アフターコロナ期で停滞している。
・地球規模での気候変動(温暖化)によって、既存の産地で花や植物の栽培が困難になっている。結果として、植物の品質が劣化して、販売業者や消費者からのクレームが増えている。
・同時に、資材や燃料のコスト、人件費や物流費が上昇しているため、商品の価格が急騰して消費者の園芸離れが起こっている。
園芸植物の品質劣化と価格上昇が同時に起こって、コロナ禍で根づきかけていた「第二次園芸ブーム」(2020年~2022年)が収束しかけている。[1]この説明は間違っているわけではないが、より重要なことは、園芸植物の楽しみ方に関して、従来とは異なる現象が顕著になっていることである。
結論を先取りすると、花き園芸市場で進行しているのは、以下の2つの動きである。
<野の花産業の拡大>:
フジバカマやワレモコウ、ススキのような「野の草花」,あるいはサクラや花桃などの「枝物」への需要が増えてきている。
<ビザールプランツへの興味>:
趣味家を相手にした珍奇植物(ビザールプランツ)の取引市場が、バーチャル(EC、SNS)でもリアル(展示会)でも隆盛していること。
このことは、園芸市場が二極化していることを示している。両極に位置する2つの市場(①草花市場と②希少植物市場)は、従来からある③マス園芸市場(植物の大量生産消費市場)の両極に新しく登場した市場である。③マス園芸市場が、①「ナチュラルテイスト」の市場と②「ニッチ」な高価格市場に分化する様は、アパレルなどで良く知られた現象である。マス市場の二極分化は、気候変動や生産流通コストの上昇に関係しているのはもちろんのことであるが、その背後で起こっているのは、もう少し複雑な動きである。
ひとつには、従来のような「大量生産方式」で流通される植物(切り花、鉢物、苗物・球根類)について、生活者の嗜好が変化しつつあること。他方で、「国境を越えた植物の取引」(グローバリゼーション)に対して、栽培面でも採算面でも、園芸産業の持続可能性に対する懸念が深刻だということである。生産と流通の双方において、環境負荷低減(低投入型の露地栽培の採用、地産地消でCO2削減)に呼応した動きを見てみることにする。
3 全米草花生産者協会(ASCFG)の誕生[2]
いまから20年前のことになる。筆者は、テキサスA&M大学のハイラー教授(Professor Hiler)の紹介で、食品スーパー「H-E-B」のプレミアム業態店「セントラルマーケット」(Central Market)の店舗を訪問することがあった。会長を務めているJFMA(日本フローラルマーケティング協会)の提携先(FMA:Floral Marketing Association)の支援で、「切り花の鮮度保持技術」について視察することが目的だった。
オースチン市にあるセントラルマーケットの店舗を訪問したときのことだった。花の売り場で、サマーフラワー(露地栽培の草花類)がコーナー展開されていた。中南米から輸入されたバラやカーネーションに混じって、自然な形でディスプレイされた草花が素敵だと思った。飾ってあるパネル(写真)を見て、生産者(Arnoskys:アーノスキー夫妻)にインタビューをさせていただいた。
コロンビアやエクアドル産の安価な輸入切り花に駆逐されたはずのローカルの花が、スーパーで売られていることに驚かされた。米国南部の街で、ローカルの生産者が栽培した楚々とした花に遭遇したからだった。ひまわりやジニア(百日草)など、草花類がスーパーの店頭で販売されていることにショックを受けた。2005年から2008年ごろに掛けて、日本ではコロンビアのカーネーションやケニアのバラが大量に輸入され始めていた。[3]
ところで、日本に帰国してから知ったことだが、アーノスキー夫妻は「テキサスA&M大学」(タイラー教授が所属する農学部)の出身だった。最近になって、ご夫妻の生存を確認するためにネットで検索したところ、アーノスキー夫妻の記事をテキサスの地元誌「Texas Highways」(2021年2月25日号)で見つけた。[4]
その記事によると、アーノスキー夫妻の農場も、コロナ禍でスーパーのH-E-Bとの取引が一時的に停止された。パンデミックが落ち着くまで、スーパーやファーマーズマーケットでの販売から、夫妻は庭先でのセルフ販売に切り替えることにした。そして、コロナが明けた後でも、自宅の直売所(Blue Barn)で草花類をセルフで販売する方式に事業を転換した。
ファーマーズマーケットや自宅の庭先で草花類を販売する動きは、すでに1988年に始まっていた。アーノスキー夫妻のような篤農家の生産者が中心となり、「全米草花生産者協会」(The Association of Specialty Cut Flower Growers, Inc.)が発足していた。ASCFG(協会)は、ローカルの生産者の技術交流と教育の場を提供して、国内で草花類を生産販売する活動を支援している。[5]
現在、ASCFGの活動に参加している農家数は、3000軒を超えている。全米草花生産者協会の活動は、大西洋を渡って欧州にも広がっている。フランスなどで、野の草花をアレンジしたようなナチュラルテイストのブーケ(「シャンペトル」の総称で呼ばれている)が流行し始めたのが、2010年頃からである。こうした動きは、世界同時多発的に起こるものだ。ほぼ同じころに、日本でも「野の草花」を栽培する生産者が現れた。
4 勃興する日本の草花市場:先駆者たち
<福島県昭和村、菅家博昭氏>
アーノスキー夫妻の農場は、日本の農家が庭先に「料金投入ボックス」を置いて、地元の野菜を無人で販売している様子を彷彿とさせる。もしかすると、日本でもすでに無人で切り花をセルフ販売する草花栽培農家が存在しているかもしれない。そう思って周囲を見渡すと、10年ほど前から福島県昭和村のカスミソウ生産者の菅家博昭氏(会津みどり農協)が、露地で草花類の生産をはじめていた。
菅家氏は、その後の2018年に地元会津で「草花栽培研究会」を組織している。2023年に菅家氏が執筆した論考によると、福島での草花類の栽培の始まりは2000年に遡っていた。研修会の事例報告(11月18日、会津農業センター)で、菅家氏が栽培している草花類の品目リストに、福花園種苗(愛知県名古屋市)の松永亮氏がアドバイスしたことがはじまりだった。[6]
そのリストには、草花類(ケイトウ、エリンジウム、コスモスなど)、山野草(オミナエシ、ワレモコウ、アワ、キビなど)、枝もの類(ヒペイカム)などが掲載されていた。菅家氏が指摘している草花類の重要な特徴は、「耐寒性」「宿根」「季節性」の3つである。
<長野県安曇野、田中彰氏>
菅家氏からの情報で、長野県の「ヤリファーム」がメンバー制で草花類を庭先販売していることがわかった。ヤリファームは、都内で花屋を経営していた田中彰氏が、2021年に起業した草花栽培に特化している農場(株式会社)である。生産を手伝う有料体験ファームメンバーが200名で、月1回の花束直売に参加している。[7]
「美しい花を美しく育てる」(田中彰氏、2022年1月20日)という若者の文章(note)を読ませていただいた。田中氏が花屋時代に書いた日誌も読んでみた。サプライチェーンの下流(花屋)から上流(生産者)に向かった動機がそこでは綴られていた。
従来からの多投入型の花栽培は、いまの時代が求めている「持続可能な農業」に反している。ただし、近代農業の経営技術は、草花栽培でも活かされている。菅家氏がカスミソウ栽培で獲得したコールドチェーンや湿式輸送、鮮度保持の技術などである。ヤリファームの田中氏が取り組んでいる「DXやドローン・センサーを用いたスマート農業への転換」などでも、テクノロジーが積極的に活用されている。
草花栽培では、従来型のマスマーケティングが転換点にある。多品種少量生産では、むやみに経営規模を追うことはしない。田中氏の顧客接点の作り方を見ていると、かつて有機農家で始まった「消費者との提携(Teikei)」の姿を思い出させる。なぜ30年ほど遅れて花の業界でCSA(Community-Supported-Agriculture)が始まろうとしているのだろうか?
<緩やかに成長する野の草花市場>
草花類の販売が伸びているのは、枝物の市場シェアが伸びていることによっても裏づけられる。図表3は、2010年に取引本数で「枝物」が、バラとカーネーションの国内生産本数を追い抜いたことを示すグラフである。
国内で生産される切り花では、葬儀など業務需要が中心の「キク」が圧倒的なシェア(約40%、2023年)を今でも維持している。ところが、長年の間、洋花類で高いシェアを続けてきたカーネーションとバラ(どちらも、大規模な施設で大量生産されている)が、生産本数で枝物類に抜かれることになった。[8]
<<図表3 国内生産のシェアの逆転(2008年~2023年キクを除く)>>
出典:大田花き花の生活研究所
ここまで示してきたように、草花類と枝物に対する需要は、コロナの前後から大きく伸びていることがわかる。かつては「山取り」(山野に生えている植物を採集してくること)をしていた植物(草花や枝物類)が露地栽培されようになり、緩やかではあるが需要も増加している。
草花産業が伸びている時代的な背景には、以下の4つの要因が関係している。
①SNSの活用(顧客へのダイレクトなリーチ)、②自然なテイストの花に対するニーズ、③施設園芸のコスト上昇、④草花栽培は持続可能な農業そのものだからである。
わたしは、ホームセンターでも、園芸部門のMD(商品政策)でローカライズが始まると考えている。これは、20年前に筆者が米国テキサスで見てきたように、世界的な傾向である。
そうした動きが顕在化する前に、日本のHCもいまから対策を講じておいたほうがよいだろう。商品調達の地産地消やMDのローカライゼーションは、いずれはホームセンターの他の売り場でも始まるように思う。それは、日本に限ったことではない、新興国においても始まるだろう。
なお、勃興しているもうひとつの市場(ビザールプランツ市場)については、紙幅の関係で稿を改めて紹介してみたいと思う。
<<図表3 国内生産のシェアの逆転(2002年~2023年キクを除く)>>
<注釈>
[1] 第一次園芸ブームは、バブル崩壊後の1995年~1998年にかけて起こった。サントリーのサフィニアなど、育てやすい多花性の品種が登場したことによる。小川孔輔(1999)『当世ブランド物語』(誠文堂新光社)を参照のこと。
[2] この節の記述は、筆者の個人ブログ「アーノスキー夫妻の草花農場@テキサス(2005年7月25日)」(https://kosuke-ogawa.com/?p=13753)を編集したものである。
[3] 2023年現在、花き類の輸入金額は528億円、国内生産額は3493億円である。花き類の輸入シェアは、約13%である。ただし、切り花だけでは20%を超えている。
[4] Allison McNearney(2021), “From H-E-B to Self-Service: How Arnosky Family Farms Pivoted their Flower Bussiness,” Texas Highways,February 25.
[5] 「全米草花生産者協会」については、HP(https://ascfgmembers.org/)を参照のこと。
[6] 菅家博昭(2023)「シュッコンカスミソウと季節感のある草花・枝もの類の経営」『最新農業技術 花卉Vol.15:特集 野趣感のある草花の多品目栽培』農文協、31~44頁。
[7] 小川孔輔(2024)「野の花産業の勃興:その時代的な背景」『JFMAニュース』11月号。
[8] 大田花き花の生活研究所編(2024)『フラワービジネスノート2025』。
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