オーガニック市場調査報告書(提言部分、修正ドラフト2010年5月)

オーガニックリサーチ(OMR)の報告書を、修正してOMR協議会に提出した。有機食品の市場規模については、900億円と1300億円の間という結果になりそうである。(※日本全体の有機食品市場規模は1322億円と推定される。修正:2010年7月)200ページの報告書がそろそろ刊行されることになる。添付は、わたしの修正ドラフトである。


日本でオーガニックの裾野を広げるためには:
日本の有機食品市場を5年で3%にするためのひとつの提言
 法政大学 小川孔輔 (経営大学院 教授、スクール長) 
 
 今回の調査では、オーガニック食品を普及させるためのさまざまな困難が把握できた。そうした障害を克服するために、以下のような試みを私的に推奨してみたい。そのポイントは、大きく分けると2点である。
 中間流通段階で有機食品の普及を妨げているのは、オーガニック食品に関する未成熟な加工技術と小売マーケティング(店頭)の現在の形態である。改善の具体策は、米国ですでに採用されている「有機認証基準(MWO)」を日本に導入し、それと同時に、オーガニック食品をかつての惣菜部門のように拡大していくために、流通加工段階に新しい「流通認証制度」を設立することである。以下では、個別の提言をやや詳しく説明してみたい。
 
<提案1> 有機食品の売場をかつての惣菜コーナーに
  世界の食品小売業チェーンでは、1990年代に、スーパーの店頭で「シズル感」のあるデリカ(惣菜)を提供しようとした。惣菜売場での商品提案は、「ミールソリューション」などと呼ばれたが、消費者が求めている新しい食生活(調理が簡便で、かつ栄養が豊富で美味しい食材の提供)に対して、欧米の小売業が対応したものであった。
  セルフサービスが全盛だったので、人件費がかかる店内加工には、反対意見が多かった。しかし、欧米の流れを見て、日本でも惣菜売場とデリカの導入が進んだ。今となってみると、惣菜部門こそが、食品スーパーの最高の利益部門に成長している。
  オーガニック食品を取り巻く小売り環境は、デリカ部門が成長していた当時の状況と類似している。プレミアムスーパーや専門流通体が主体で有機食品は流通しているが、食品スーパーが惣菜に取り組んだときのように、「流通加工」(PCセンターの導入)に取り組むことで、オーガニック食品が成長する可能性がある。
 
<提案2> 有機食品のプロセスセンターの仕組みづくり
  課題は、有機食品を加工するための「プロセスセンターの仕組みづくり」にある。オーガニック食品は、生鮮品の中でも廃棄ロスが大きい商品群である。現状のまま、とくに国産の有機農産物をそのままの形だけで流通させている限りは、利益貢献の大きな商品に育てることができない。収益性が低い商品を、大手の小売業チェーンは扱おうとはしないだろうからである。
  オーガニック食品を食品スーパーが取り扱うアイテムとして、収益性の高い商品カテゴリーに育てるためには(売上高粗利率で30%以上)、有機食品の販売に対して、「バッファ」としての加工部門が必要である。アメリカでオーガニックが広がったひとつの理由は、食品スーパーを支援するための「有機食品の加工業者」の存在である。野菜を例にとると、いまや一兆円企業に成長した「ホールフーズ・マーケット」(2009年実績:売上高約80億ドル、純利益1.5億ドル)のカットパック野菜は、大手流通加工業者の「アースバウンド」(カリフォルニア州)が一手に引き受けている。
 日本のコンビニエンスストアの成功も、日本式ファーストフード(お弁当)を商品供給する支援組織として「加工卸」が一緒に成功したことによるものである。例えば、「セブン-イレブン・ジャパン」と「わらべや日洋」の関係が、そうした提携組織の例として参考になるだろう。常温・チルド・冷凍の温度帯別流通を支えたベンダー群が育ったからこそ、日本のコンビニエンスストア産業が育ったのである。米国でも、アースバウンド社などが、自社農場と直結して一次加工された有機野菜を供給できたので、オーガニックスーパー大手の「ホールフーズ」の成功があった。
 
<提案3> 衛生管理と加工技術の確立
  ただし、クリアーすべき重要な課題がある。それは、野菜のカットや洗浄(衛生管理)などについて、オーガニックに特有な技術を確立しなければならないことである。
  基本的に、農産品の衛生管理を徹底するには、通常の野菜や果実などでは、塩素殺菌で前処理を施すことがふつうである。ところが、オーガニックの場合は、塩素殺菌が許されていない。米国では、有機食品に対して、特別な殺菌方法が開発されているはずである。残念ながら、そうした技術は社外秘になっていて、門外不出である。こうした衛生管理や加工技術の確立には、特別な研究開発投資が必要である。
  日本においても、そのために人材を育成したり、理学・農学系の大学の研究室と協力する体制づくりが必要である。場合によっては、農水省など、国が研究開発を支援することも考えてよいだろう。産学官の新たなスキームが、こうした加工技術の蓄積に貢献できるはずである。
  それに加えて、以下の述べるような新しい「有機食品の基準作り」が、オーガニック食品の普及の鍵になると思われる。とくに一次加工される有機食品について、「MWO」という新しい有機の基準を提案してみたい。
 
<提案4> 新しい有機基準「MWO」(Made With Organic)の導入
  欧米の実態を見ると、有機食品は、厳密な意味で「100%オーガニック」のものばかりではない。オーガニック認定基準として、複数の段階(グレード)を許容している。例えば、米国の「USDA」には、「NOP」(National Organic Program)という有機基準が存在している。有機食品の認定基準として、「100%オーガニック」、「95%オーガニック」、「70%オーガニック」(もともとは50%も存在していた)の3つの段階を設けている。より「緩い基準」をも許容することで、オーガニックの普及が推進されたという側面がある。
  日本の農水省でも、現在、米国基準に近いオーガニックの「認定基準」を導入することが協議されている。OMRの調査結果(消費者のあいまいな有機に対する理解)と整合性が高い施策は、わが国の有機食品に対して、米国基準のような複数の数値基準(グレード別)を、流通段階で表示することである。
  具体的には、米国の有機基準に倣って、①「100%有機」、②「95%有機」、③「MWO」(Made With Organic:70-95%有機)の複数基準を導入することを提案したい。日本では、これまで「95%以上」が「有機」として認定を受けていた。わたしは、①と②に加えて、③「MWO」の有機基準(例えば、「準有機基準」と呼んでもよいだろう)を提言してみたい。欧米のように、これによって、有機食品が飛躍的に普及することが期待できる。それと同時に、生産・加工認証では、「NOP」のプログラムに取り組むことは、現行の生産段階での有機基準(有機JAS認証)とはとくに矛盾しない施策である。導入はそれほど困難ではない。

 <目標> 「消費者の安心安全と高収益産業の同時達成」
  安心安全で体にも環境にもよい有機食品を消費者に届けること。しかも、有機農産物を生産する農家も、有機食品を取り扱う中間流通業者も、きちんと利益がとれる産業を育成すること。

<戦術> 「現実的な漸進改良主義」
 上記の目標の達成のために、現実的な「漸進改良主義」で産業育成に対応すること。すなわち、「有機100%(95%)」だけではなく、「MWO基準」(70%準有機)を導入することから、有機食品の普及をはじめ、徐々に日本が「オーガニックな社会」に移行するという考え方を採用すること。
 
<方法> 「流通加工認証制度の導入」
  有機食品の加工・流通について、新しい仕組みを導入すること。具体的には、「有機食品の新しい認証システム」(MWO基準)の制度設計に着手すること。なお、「有機JAS」の制度を変えることは現実的には難しいので、民間主導で、新しいシステムを提言・普及していくこと。
 
<KEY提言> 「民間主導の流通認証機関の設立」
 われわれは、こうした取り組みを、「ポストJAS認証制度」(オルターナティブ、加工部門の認証機関)と呼ぶことにする。また、有機食品の加工産業を育成するために、研究技術開発に投資しながら、新たな民間認証機関(例えば、「MWO流通認証基準」+「MPS」(生産認証))を設ける。これを、全国的に普及させる運動体として、「オーガニック食品協議会」(OMR)の設立を目指す。