連載コラム「マーケティングフィールド・ノート」(2007年4月15日号)の原稿を先取りでアップします。来月号(チェーンストアエイジ、最終ページ)では、院生の伊藤君が事例として取り上げた「ケイ・ウノ」をとりあげます。
先ほど、久野社長の了解を電話で取り付けました。今年中に店舗がさらに増えて、売上は30億円を見込んでいるそうです。
最終発表(2月)を聞いていた大学院生(IM研究科)の皆さんも再度、彼が論文であえて「フルオーダーのジュエリーの製販統合業態」を取り上げた意図を確認してみてください。
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「フルオーダー・ジュエリーショップ、㈱ケイ・ウノ」
アパレル企業や住生活の分野では、製販統合型の企業がたくさん存在している。しかし業種によっては、チェーン化が不可能な分野もある。たとえば、テーラーメイドの紳士服やオーダーメイドの宝石などでは、大規模チェーンの展開は困難と考えられてきた。ところが、ジュエリー業界で、製造工程と販売機能を同店舗内に並存させたチェーン(中京圏・首都圏に13店舗)の事例を、大学院生の伊藤智秋君がさがしてきた。会社名は、㈱ケイ・ウノ(http://www.k-uno.co.jp/)。名古屋本社のジュエリーショップである。2006年の売上高は約24億円。経営者の久野雅彦氏は48歳。株式公開準備中である。久野氏のユニークな事業モデルを紹介したい。
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ケイ・ウノに来店する顧客の85%は、ブライダル・ジュエリーを求めてやってくる。カップル客は、結婚情報誌「ゼクシィ」に掲載された広告や口コミで、自分たちらしいジュエリーを期待して来店する。こうした顧客を対象にオーダーメイドの宝石店をチェーン展開するのはむずかしい。顧客対応が従業員の感性に左右されてしまうからである。フルオーダーのジュエリーショップは、これまでは3億円が壁であった。
その代わりに、大手宝石店チェーンはイージーオーダー方式を採用している。アドバイザー(接客担当者)を配置し、デザイナーとクラフト(職人)は店内には常駐させない。製造と販売を分離しないと人件費負担が大きく、事業が成り立たないからである。ケイ・ウノの特徴は、アドバイザーとデザイナーとクラフトのすべてを店内に常駐させていることである。業界平均日販約26万円対して、ケイ・ウノは約59万円である。完全受注生産なので無在庫経営で100%の顧客満足を達成できるが、その分、粗利益率は50%と低い。完全受注方式のマーケティング上の意味は、次の通りである。
来店した顧客の心理は、つねに変化していく。ジュエリーは必需品ではない。後日デザインを描いても、結局は再来店につながらないことが多い。ケイ・ウノでは、そのため、その場でデザインを描いてしまう。以下は、自由が丘店で、友人カップルに頼んでケイ・ウノを訪問したときの伊藤君の観察記録である。
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入店すると5組のカップルがいた。20代から30代。ショーケースを見ているとアドバイザーがふたりに声をかける。商品説明を受けたあと、友人は来店目的を伝える。テーブルに案内され飲み物が来た後、アドバイザーがデザインに関する要望を聞く。接客中のデザイナーが空くまで待機すること数分。デザイナーの手が空くと早速、目の前でデザインを描いてもらう。要望を出すと、再度デザインを書き直す。この日は8枚のデザインを描いてもらう。1枚当たり1~2分。書き上げたスケッチは、店内に既にあるデザインと似たような感じのものであった。納期に関して、ワックスができるまでで1ヶ月、完成品まで1ヶ月と伝えられる。料金見積もりが口頭で伝えられた。2ヶ月後に来店する意思を伝えると、デザインを保管しておいてくれることに。
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ケイ・ウノ方式を業界最大手ツツミ(売上高295億円、162店舗)と比較してみる。一番の違いは粗利率の差である。ツツミ70%に対して、ケイ・ウノ50%。大手競合チェーンは、在庫負担・ディスカウントが掛かる。ただし、「低粗利のリスクがあるので、フルオーダー方式はいままでは誰もやりたがらなかった。他社が簡単には真似できないだろう」(久野社長)。にもかかわらず、ビジネスとして成功できた理由は、以下の3点である。
(1)クラフトが顧客によって鍛錬される: ケイ・ウノでは多様な作品を作れる。受注生産だからクラフトの技術力が鍛錬される。他方で、顧客の求めるデザインが目の前で描かれるので、自分の好き勝手なデザインというわけではない。
(2)バイブルの存在: 顧客に対して全員で考えて対応する。その基準を提示したものが「バイブル」である。「10の美しいデザインの法則」や「喜びを生み出す販売方法」など、デザインと接客が標準化されている。
(3)顧客ニーズの把握: 約25名のデザイナーが年間2万4000~5000点の商品デザインを生み出している。「デザインが店内のものと類似している」と伊藤君がコメントしていたが、顧客の傾向を目の前で掴むことがマーケティング・リサーチになっている。日々、デザイントレンドのデータベースが蓄積されている。