【寄稿】 拙稿「コロナ後のホームセンター」『DIY協会報』2020年夏号

 「コロナ後の〇〇ビジネス」という内容の寄稿依頼が増えている。先の見えないこんな時代状況だからだろう。わたし自身にしても、足を使って現場(店頭やフィールド)に出られていない。自宅や研究室で、頭の中で考えている主張が感覚的に本当に正しいのかどうか?必ずしも確信が持てない状況にいる。

   
 その意味では、フィールドワークを得意とする研究者にとっては、厳しい研究環境に置かれていることは自覚している。とはいえ、これまで文章の依頼に関しては、ほぼ99%断らずに対応をしてきた。DIY協会の会報への寄稿もその一つである。
 以下は、10年ほど依頼が続いている(協会の名称が変更になったかもしれない?)の機関誌への「時事レポート」である。毎年、夏と冬の2回、文章を依頼して書かせてもらっている。今回は時節柄、コロナの感染拡大の中で動いている住関連ビジネスの動向を思考実験で分析してみた。
 レポートは、住関連市場(ホームセンター)を、3つの切り口から分析してある。
 1 業界内外での競争関係、2 海外調達と商品開発、3 人材の確保と店舗の自動化。 
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
 
「コロナ後のホームセンター」『DIY協会報』2020年夏号       V2:20200622
 文・小川孔輔(法政大学経営大学院)              
  
 西暦2020年は、新型コロナウイルスの感染拡大で世界中の人々が苦しんだ年として歴史年表に記されるだろう。感染が拡大し始めた3月以降は、メディアから発信される情報はコロナ一色に染まっていた。外出自粛期間中、閉店要請リストから外れたホームセンターは、コロナ騒動の勝ち組と目されている。スーパーやドラッグストアと同様に、在宅勤務や自宅待機中の消費者にとって、不要不急の商品・サービスを提供する業態として営業を続けることを期待されたからである。
 コロナ第一波が沈静化したタイミングで、ホームセンター業界を揺るがす経営統合劇が発表された。業界6番手のLIXILビバと、11番手のアークランドサカモトの経営統合が新聞紙上を賑わせた。6月10日のことである。両社の売上高を単純に合計すると、表1のように、コメリに続いて業界第5位のホームセンター(3011憶円)が誕生することになる。
 << 表1 ホームセンター業界の売上ランキング(2019年度) >>
    出典:『日経MJ』2020年6月11日号
  
 この統合劇の陰に隠れて目立たないが、昨年度(2019年度)は、13年前の経営統合(3社合併)で業界トップに躍り出たDCMホールディングスを、2番手のカインズが売上高で再度逆転している。両社の経営統合劇と業界トップの交替が、HC業界で地殻変動を引き起こすかどうかを、本稿では考察してみたい。
  
1 業界内外での競争関係
 ビバホームとアークランドサカモトの経営統合によって、業界地図が大きく変動することはないだろう。というのは、3社による超寡占状態になっているコンビニ業界ほど、両社の統合によってHC業界の上位集中度が高まるわけではないからである。統合後の競争状態は、グループ化が進んでいるドラッグストア業界に近くなるものと見られる。緩やかなランキングの変動は起こるだろうが、それよりも業界外からの競争圧力のほうが、各社の売上高成長や収益性に対するインパクトが大きいように思う。
 業界トップに返り咲いたカインズは、アマゾンやグーグルのようなIT企業とそれらが推進している新しい情報・ロジスティック技術に脅威を感じているように見える。HC業界の進化の方向性は、他産業で開発され応用が進んでいる種々のデジタル技術のHC業界へのスムーズな移転の成否にかかっているように思う。具体的に言えば、デジタル決済システムの導入や商品の店舗ピックアップ、宅配ロッカーの店内設置などのことを指している。未来の競争の軸は、従来の商品や店舗フォーマットなどの開発の外側にあると考えられる。
 
2 海外調達と商品開発
 コロナ危機がもたらしたもうひとつの課題は、HC業界ではいまだ顕在化していない。それは、コロナが一段落した後、海外調達をどのようにするのかの判断についてである。エアラインやホテルなどは、国境閉鎖によって即座に需要を失ってしまった。サービス業では、座席や部屋が在庫できないからである。しかし、海外商品のソーシングに関する課題はHCでも似たようなものである。商品調達に関しては、ホームセンターは数か月分の在庫を抱えているだけのことである。
 グローバルな物流網が国境の閉鎖で長期間にわたって分断されてしまえば、状況はサービス業とさして変わらなくなる。したがって、調達先を分散させるべきか、ある程度は国内に回帰させるべきかについて判断が必要になる。議論はまだ始まったばかりである。
 筆者が知る限り、大手アパレルメーカーや衣料品チェーンは、現地の工場が操業停止していた3月以降は、中国などのアジア諸国から商品の調達ができず、店頭在庫の確保に苦しんでいた。郊外のショッピングモールや都心の百貨店が閉店になったので、来店客はほぼゼロになった。その後、営業再開になっても各社ともに店頭では商品が払底していた。販売の機会ロスが発生した後遺症はいまでも残っている。海外依存の苦い教訓である。
   
3 人材の確保と店舗の自動化
 最後の課題は、従業員の働き方に関するものである。感染拡大の影響が甚大だった欧米諸国では、外食やアパレル、ホテル業で増加した一時帰休者や失業者を、アマゾンのようなEC企業が吸収している。日本でも、食品スーパーやホームセンターなど、コロナの打撃が相対的に軽微だった企業(例えば、ヤオコーやカインズ)が失職者の救済を申し出ている。
 雇用確保の安全弁として失業者の救済に名乗りを上げた企業が、一方では、売り場の生産性を高める努力をしている。2つの事例が、近年話題になっている。AI搭載の自動決済用カートシステム(トライアル)と、店内の商品をスマホで探し出すシステム(カインズ)である。
 日本のホームセンターは、海外の先進企業と比べて、人時生産性や売場効率が約半分と言われている。遅まきながらコロナを機会に、店舗の自動化と効率化によって生産性を高めるチャンスが到来している。したがって、競争のポイントは企業規模や店舗規模の拡大ではないということである。人的な生産性の向上によって粗利益率を高め、長期的には筋肉質に組織の体質を転換できた企業が未来を制するのは確実である。