コーヒーをめぐる異業種間競争の実際を、DIY協会の機関誌に書きました。ドラッグストアが、食品スーパーとコンビ二の脅威になるなど、少し前までは考えも及ばなかった事態です。チェーン小売業は、ECだけでなくあらゆる業種間競争に対峙しなくてはならない時代に入っています。競争は激しくなるばかりですが、そこにはチャンスもあります。
「異業種間競争の激化:コンビニコーヒーの教訓とホームセンターの業態転換」
『DIY協会会報』2018年夏(最終稿)
文:小川孔輔(法政大学経営大学院・教授)
コンビニエンスストアや食品スーパーが、ドラッグストアの食品売り場の拡張で、食品部門の売り上げを奪われている。そもそも近年、コンビニがサラダや総菜などの強化に努め始めはじめたため、スーパーとコンビニの間でも即食性が高い食品の販売をめぐって戦いが熾烈になっている。かつては同業態内での競争だけに注力しておけばよかったが、近年はどこから競争相手が現れてくるのかわからない。
食品小売業とフードビジネスの業界で、競争の垣根が消えてしまった典型例を見てみよう。コーヒーの市場である。10年ほど前まで、コーヒーを主力商品として提供・販売していた場所は、カフェと自動販売機だった。もちろんコンビニでもスーパーでもコーヒー飲料は入手できたし、ファストフード店やファミリーレストランでもデザートと一緒にコーヒーを注文することはできた。しかし、消費者の常識では、「ファストフード店やコンビニで美味しいコーヒーを飲める」とは考えていなかった。来店前の期待値が低かったのである。
消費者のコーヒーに対する見方を変える出来事が2008年に起こった。日本マクドナルドが米国でテスト発売されていたプレミアムローストコーヒーを、一杯100円(Sサイズ)で提供し始めたのである。美味しくなったマックカフェの発売で、マクドナルドへの来店客が二年間で約20%増加した(年間1億2千万杯)。スターバックスやドトールなど、カフェの業界がマックカフェの影響を受けたことは間違いないだろう。
コーヒー戦争は、5年後にコンビニの業界に波及した。2013年、セブン-イレブンがセルフサービス方式のマシーンをカウンターに設置して、セブンカフェとして売り出した。価格はマクドナルドと同じ一杯100円。セブンカフェの影響は絶大で、コンビニコーヒーが「安くて美味しい」という常識が定着することになった。おかげで、「5万店飽和説」がささやかれていたコンビニの顧客がさらに増えることになった。コンビニコーヒーが、マクドナルドやカフェから客を奪ったのである。
フードビジネスで競争の垣根が消えつつあることの教訓は、ホームセンター業界にとってはどのような意味を持つだろうか?考えるヒントは、日本のホームセンターがたどってきた歴史にあるように思う。
1970年代に産声を上げた日本のホームセンターは、DIY(Do It Yourself)という概念だけで業界の規模を拡張してきたわけではなかった。主要都市部で郊外化とモータリゼーションが進展したことで、若い世代が新しいライフスタイルを採用するようになった。人口の郊外移動に合わせて、中心市街地に立地していた百貨店や各種専門店、総合スーパーの売り場から顧客を奪ってホームセンターは成長を遂げてきたのである。重くて運びにくい、あるいは嵩張るので売り場効率が悪い商品などが、代替品のターゲットになった。
それとは逆の現象が、2000年代に入ってホームセンターの売り場で見られるようになった。ホームセンターが優位性を発揮していた総合的な品ぞろえが、ディスカウント型のカー用品店や家電専門店の浸食にあった。カー用品や家電部門の売上げが落ちた現象は、スーパーやコンビニがドラッグストアから食品の売り上げを奪われている現象とよく似ている。
それでは、いまのホームセンターが他業態から顧客を奪取できそうな、あるいは既存顧客のロイヤルティを強化できそうな方策はあるだろうか?わたしからの提案は、「顧客サービス体験の提供」である。別の表現では、ホームセンターの基本コンセプトに先祖帰りすることである。その場合、モノ商品で差別化するのではなく、売り場とサービス(情報)で差別化をすることである。
DIYの本質は、「自分の好みにあった材料(商品)を入手して、自らが加工したり組み立てるプロセスとその結果を楽しむこと」である。ホームセンターは、そのための舞台(売り場)とシナリオ(情報)を提供してきた。その方向性をさらに強化することである。たとえば、従来型の園芸売り場のつくりを変更して、家庭園芸をスクール形式で教える場にしてしまう。あるいは、ホビーのコーナーを体験型の工作教室に変えてしまうとか。
サービス体験型の売り場を作ることは、近年急速に市場を拡大しているアマゾンのようなECへの強力な防衛策も提供する。安くて便利な商品が溢れてしまった時代に、モノの価値は低下していく。技術と情報によって支援されたサービス提供こそが付加価値の源泉になる。
以下は、筆者の大いなる妄想である。東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年以降、都心部の地価は低下していくだろう。そのタイミングを見計らって、都心部にコンパクトな売り場のホームセンターが進出する。究極の体験価値を提供する舞台を提供するサービス小売業に、ホームセンターの約半分は転換していく。なぜならば、人口の都市部への集中がこの先は急速に進展していくと考えるからである。