1 景品規制緩和後の動き
<オープン懸賞は不人気>
1996年4月に「景品表示法」等に関する規制緩和が施行され、「景品付販売」が従前より自由に行える環境が整った。規制が緩和されたことによって、1971年以来厳しく制限されてきた景品の金額が、総付景品で購入金額の10%(旧法では最高5万円)、一般懸賞では購入金額が5,000円以上であれば最高10万円まで(同最高5万円)、共同懸賞では上限額を30万円(同最高30万円)、オープン懸賞では最高1,000万円(同100万円)に改定された。
当初は話題性を狙って、日清食品のカップヌードル「ありがとう1,000万円が当たるキャンペーン」や永谷園の「なんと現金1,000万円だ!プレゼント」など、1,000万円の大型オープン懸賞が台頭したが、応募総数を競ってみてもオープン懸賞ではそれ自体購買につながらない。結局、費用対効果がそれほど大きくないことが判明すると、翌年には、話題先行型の大型オープン懸賞はほとんど姿を消してしまった。
それに対して、商品の購買に付随した「クローズド懸賞」の方は消費者の注目を集めている。また、できれば値引き競争に走りたくないメーカーにとって、クローズド懸賞は有望なプロモーション手段として期待が高い。日本コカ・コーラボトラーズのジョージア「がんばってコートプレゼント」やサントリーの「ボスジャンプレゼント」が1996年秋の広告・CMを賑わすことになった。それぞれ、4,403万通、426万通の応募者数を集め、売上げにも貢献したことは記憶に新しい。
日本コカ・コーラボトラーズのジョージアはシール6枚一口、サントリーのボスは15枚一口で応募資格がもらえる。このようなクローズド懸賞は景表法改正後、メーカー各社のセールスプロモーション戦略の一手法として頻繁に利用されるようになった。
<全国紙3社の懸賞キャンペーン>
新聞業界でも、1998年5月の新・景品告示施行を受けて、同年9月から新しい新聞公正競争規約が発効になり、暫定ルールながら懸賞販売が解禁になった。その後の一年間で、朝日・読売・毎日の全国紙3社と神奈川新聞がクローズド懸賞キャンペーンを実施している。3社のキャンペーンについて、その特徴と応募実態をまとめてみたのが表1である。*1
表1によると、3つの傾向が見てとれる。
まず、購読者に対する応募者の比率が、各社が当初予想した以上に高かったことがあげられる。したがって、おもしろことに、応募総数(対読者応募率)にあまり関係なく、各社とも当選率が2~3%前後に落ち着いている。ただし、朝日新聞のように、その後に(2回目以降)当選率をあげる努力をしたところは、景品(1等~5等)の予算配分を変えたことがわかる。「薄く広く景品をばらまくか、高額商品を少数者に当たるようにするか」については、キャンペーンを企画する側にとって大いに選択の余地があるところではある。この点については、実証結果を紹介しながら、後で議論することにする。
2つめは、どのような景品を用いるかについて、各社が対照的な方針をとっていることである。毎日新聞が商品券(あるいは旅行券)を準備しているのに対して、朝日新聞は「朝日らしい景品」(朝日新聞・高橋販売局長)を用意している。読売新聞は、1999年秋の段階では、どの景品が有効なのかを実験しながら、さまざまな懸賞の方式を模索するという立場をとっている(読売新聞・板垣販売局長)。
3つめは、キャンペーンの期間がおおむね2~4ヶ月で、平均が3ヶ月だったことである。これは、広告業界のキャンペーン期間(13週がワンクール)とほぼ重なっていることがわかる。プロモーション業界の常識では、シーズンごとにキャンペーンを実施するのが無難な制度的な選択である。しかしながら、消費者の立場からすると、実施期間はあまり長くない方が好まれるという調査結果がある。
以下では、懸賞キャンペーンのマーケティング施策としての有効性を考えるために、われわれ(法政大学大学院小川研究室)が実施した「セールスプロモーションに関する消費者調査」の結果を紹介することにする。その前に、プレミアムキャンペーンを中心に、マーケティング理論ではセールスプロモーションがどのような手段として位置づけされているのかを整理しておくことにする。
なお、ここでは詳細なデータ分析は省いて、重要な結果だけを示すことにする。興味のある読者は、「景品付きプロモーションの意外」『日経流通新聞』(1999.2.2)、あるいは、「ブランドエクイティと景品付きセールスプロモーション」『日経広告研究所報』184号(1999.4-5)を参照されたい。
<クローズド懸賞の有効性>
商品/サービスの購入者に限って応募資格を与える「クローズド懸賞」は、当選者を抽選で選ぶ「懸賞販売」(以下「応募抽選型」と呼ぶ)と、応募者全員が景品を獲得できる「ベタ付き景品販売」(以下「必ずもらえる型」と呼ぶ)にわかれる。とくに、ビール会社や飲料メーカーがクローズド懸賞に熱心である。他の業界に比べて、飲料業界でクローズド懸賞がさかんなのにはそれなりの理由がある。
理論的に考えると、ビールや缶コーヒーなどの飲料は、
(1)一部で(自販機チャネルで)商品が定価販売されていること、
(2)購買間隔がきわめて短いこと(したがって、購買頻度が高いこと)、
(3)商品の売れ行きに季節性があること、
といった特徴がある。これに対して、ふつうの加工食品や日用雑貨(たとえば、歯磨きやシャンプー)では、値引き型の販促などが一般的であり、クローズド型の懸賞はあまり見かけない。おそらく、(1)~(3)が、この現象をうまく説明しているはずである。事実、ビールや缶コーヒーと製品の特徴が似ているのは、たとえば、「ミスタードーナッツ」や「マクドナルド」などの飲食サービス、「富士」「コダック」「コニカ」などの写真フィルムである。こうした業界では、価格プロモーション以外の有力なマーケティング手段として「クローズド懸賞」がさかんに利用されている。
ところで、従来の理論研究(主に、米国学者のセールスプロモーション研究)にしたがうと、セールスプロモーション(以下ではSPと略記)は、短期の売上げ増を狙ったマーケティング手段に分類されている。同じく販売促進活動に属する「宣伝広告」が、長期の企業/ブランドイメージを高める手段とされるのとは対照的である。たしかに、SPの中でも、とりわけクーポンや価格値引といった「値引き型SP」は、短期の販売効果を狙ったものなので、ブランドエクイティ(長期に渡って築かれたブランドの資産価値)を傷つける傾向が顕著である。しかし、これとは対照的に、値引きを伴わない景品付きSP(「付加価値型SP」)は、ブランドのイメージにマイナスの影響を与えないとされる。とくに、景品が企業やブランドのイメージとうまくフィットしたキャンペーンであれば、ブランドのイメージを傷つけないどころか、長期的にブランドエクイティを高める効果があると考えられる。ただし、この種の実務的な知見と経験については、はっきりとデータで確かめられることがこれまでなかった。
2.景品付きSPに関する実証研究
<プロモーションの効果に関する通説>
従来のセールスプロモーションに関する理論研究は、クーポンや値引きという形のプロモーションに限定されていた。これらの研究で一般化されてきたセールスプロモーション効果は、米国での研究成果を根拠とするもので、その結論は日本での実務家の感覚とはおよそ異なったものであった。
米国のこれまでのマーケティング理論によれば、セールスプロモーションは、
(1)短期的に売上げを増やすことに役立つ、
(2)新規顧客の拡大に有効である、
(3)ブランドエクイティを害する、
ということが主張されてきた。たしかに、価格訴求型のプロモーションについては、以上の「通説」は正しいと言えそうだが、値引きを伴わない景品付きSPの場合は、これとは全く逆の結果を導くことがありうる。とくに、景品の規制緩和以前から、日本ではさかんに行われてきた懸賞キャンペーンでは、プレミアムグッズやポイントが消費者に還元される仕組みを持っている。こうした付加価値型SPは逆に、
(1)ロイヤル・ユーザーの購買量拡大に有効であり、
(2)ブランドエクイティ構築に寄与する
という可能性がある。
そこでわれわれは、実務家たちの実感から出発して、以下のような実証分析を行ってみた。
<調査デザインと実施の手続き>
調査の設計に当たって、われわれは、セールスプロモーションの効果をふたつに分けて定義した。一つはSPを実施したときの「短期効果」であり、もう一つは「長期効果」である。短期効果は、SPに参加するための商品購入、すなわち、購買量を増やすかどうかで測定される。長期効果は、SPに参加した後でのブランドに対する態度で測定される。ひとつの尺度は、キャンペーン後の購買量が増えたか減ったか?である。もうひとつは、ブランドに対する親しみ度、信頼度、好意度、さらには、企業への好意度が変わったかどうか?である。以上のふたつについての消費者調査を実施し、SPの効果指標を作成することにした。
セールスプロモーション効果の測定尺度を2種類作り、以下の仮説群を検証した。
(1)SPのどんな要素がSP参加意向・購買量増大に効果があるか。(短期効果)
(2)商品タイプ毎にSP効果は異なるか。(商品タイプ別短期効果)
(3)SP参加後のブランドに与える長期効果はあるか。(長期効果)
調査方法は、以下の通りであった。
4つの商品群の代表商品(アパレル、航空会社、歯磨き、ビール)に関して、「コンジョイント分析」という調査を実施した。コンジョイント分析とは、調査対象者に仮想の商品(この場合は、仮想SPの企画)をいくつか提示し、それぞれに好きな順番(この場合は、参加したい順番)を付けてもらう調査法である。各個人のランキングデータから、それぞれの属性に対する相対的な重要度(合計が100%になる)を推定することができる。
アンケート調査では、25名の中核調査員を拠点に、1998年10月5日~10月24日までに合計で9サンプルを回収した。コンジョイント分析調査で用いた「属性」(以下の1~5)と「水準」(以下のかっこ内)は、
(属性1)利用ブランド(1位、2位、利用しない)、
(属性2)SP期間(1ヶ月、3ヶ月、6ヶ月、無制限)、
(属性3)景品の質(市販景品、ブランド名入り市販景品、ブランド独自景品)、
(属性4)SPタイプ(応募抽選型、必ずもらえる型)、
(属性5)努力の容易さ(なし、あり)、
であった。これらを、直行配列(同じSPが重ならないようにするための方法)により16個のプロファイル、すなわち「仮想景品付きSPキャンペーン」を回答者に提示した。また、アンケート調査では、4商品群別にSP参加意向と理想的なSPの要素、利用ブランドと購買量との関係、ブランド・企業へのイメージで測定されるSP参加後の効果を調査している。
<SPの分類と調査対象商品>
ハーバード大学のクエルチ教授(Quelch 1989)は、消費者が恩恵を受ける時期と恩恵の内容というふたつの軸で、セールスプロモーションを分類している。SPには、買った時点で即座に恩恵を受ける「即時型」と、購買後ある期間を経てから(通常は、消費者の積極的な努力行為の後でやっと)恩恵を受ける「延期型」がある。また、SPのタイプとしては、商品の価格が実質値引きとなる「値引き型」と、商品自体の価格は変えないで商品に景品を付けたり、商品を増量したりする「付加価値型」がある。*1
このふたつの要因からSPを分類すると、表2のように4つの類型が可能である。景品付きのクローズド懸賞は、クエルチ流のSP分類によると、「延期付加価値型」でメーカーが行うクローズド・キャンペーンということになる。さらに、クローズド懸賞キャンペーンには、「応募抽選型」と「必ずもらえる型」がある。
ここでの関心は、商品のタイプによってSPの効果が異なるかどうかにある。このことを確かめるために、商品を「高関与商品」(購入に当たって情報を一生懸命集めたり、ブランドを決定するに当たって熟考するタイプの商品)と「低関与商品」(その逆に、情報をあまり収集しないで、比較的簡単に購入ブランドを決めてしまう商品)とに分かれる。さらに、商品を「機能型」(物理的な属性が大切)と「情緒型」(感覚的な要因が大切)に分類すると、4つのカテゴリーができる。表3では、4つの商品群の代表的な商品を示したものである。回答者には、それぞれのクローズド懸賞キャンペーンが、「アパレル」「航空会社」「歯磨き」「ビール」の4つのうち、回答を求めているのはそのうちのいずれかであることを事前に知らせてある。
以下では、調査仮説群別に、調査結果を順番に報告していく。
<調査仮説群0:利用ブランドの重要度>
(0)「ふだん利用しているかどうかが、SP参加にとっては圧倒的に重要な要因である」
コンジョイント分析の結果によると、4つの商品群に共通して言えることは、消費者がSPに参加するための条件として最も重要な属性が、その人にとって「ふだん利用しているブランドかどうか」ということであった。この重要度は、全体のウエイトの約50%を占めていた。2番目に重要な要素である「SPの期間」に対して、約2倍のウエートを持っている(図1)。この相対ウエイトは、商品群が異なってもあまり大きな差が見られなかった。
<調査仮説群1:SPの短期効果>
SPの参加意向と購買量の増大効果については、つぎの4つのことがわかった。
(1)「応募抽選型よりも必ずもらえる型の方がSPの参加意向が高い」
同じクローズド懸賞でも、応募抽選型は必ずもらえる型よりも応募資格が得られやすこことから、参加意向が高いと考えられがちである。しかし、消費者は多少ハードルが高くても、欲しい景品が手に入るのであれば「必ずもらえる型」を好むとわれわれは考えていた。調査結果は、われわれの推測を支持するものであった。応募抽選型よりも必ずもらえる型の方がSPの参加意向が高かった。
(2)「ふだん利用しているブランドでは、SP参加意向・購買量増大意向ともに高い」
シェアがトップでないブランドで、頻繁にクローズド懸賞を行っているのを目にする。しかし、われわれは2位以下のブランド(ふだん利用しないブランド)では、消費者のSP参加意向が低いと考えた。調査の結果は、ふだん利用されていないブランドは、すばらしいSPであっても、あまり購買量を増やすことがないし、SPキャンペーンに積極的に参加しないことが判明した。したがって、利用されていないブランドで新規顧客を獲得しようとクローズド懸賞を行っても、通説で言われているような「新規顧客獲得効果」はないということが示唆される。
(3)「SP実施期間は短い方がSP参加意向が高い」
セールスプロモーションの期間はだらだら長く続きすぎれば、SP慣れが起こって消費者の反応は鈍くなる。SPのイベント性を考えると、短期間で終わってしまうものの方がSPへの参加を駆り立てるのではないか、と当初われわれは考えた。ところが、事実は逆であった。調査方法にやや問題があったかもしれないが、いずれの商品でも、回答者はやや期間が長い方を好んだ。
(4)「市販景品よりもブランド独自の景品の方がSP参加意向が高い」
過去の応募抽選型キャンペーンの応募総数を見ていくと、ブランドオリジナルな景品を用意したSPが、市販製品を景品にしているSPよりも圧倒的に多い。このことから、ブランド独自の景品の訴求力が高いと考えた。事実はその通りであった。市販景品よりもブランド独自の景品の方がSP参加意向が高かった。さらに言えば、市販ブランド付きの景品は、最も人気がなかった。
<仮説群2:商品カテゴリー別短期効果>
SP参加意向を促す属性は、商品カテゴリーごとに異なると考えられる。ここでの発見は、以下の3つであった。
(1)「一般的にはふだん利用している(1位)ブランドのSP参加意向は高いが、低関与商品では、この重要度が相対的に下がる傾向にある」
消費者の関与が低い商品というのは、具体的には価格リスク低価格商品である。そのような商品群では、ふだん使用していなくてもSPには参加しやすい土壌があると考えた。つまり、低関与商品であれば、新規顧客の開拓にSPが有利な手段であると考えたわけであるが、結果は、やはりふだん利用されない商品では、低関与商品でもSP参加意向は変わらなかった。
(2)「一般的にはふだん利用しないブランドの購買量増大にSPが貢献することはほんどないが、理想的なSPであれば低関与商品では購買量が増大する」
価格リスクの少ない低関与商品では、通常利用しないブランドでも理想的なSPならば、消費者は相対的にSPに参加しても良いとわれわれは考えた。(1)とは異なり、理想的なSP(魅力的なSP)であれば、ふだん利用されていないブランドであっても、消費者は購買量を増大させる意向を持っていることが調査からわかった。ただし、このことは、歯磨きやビールなどの低関与商品群についてのみ妥当する。
(3)「一般にブランド独自の景品がSP参加意向を高めるが、機能型の商品では市販景品でもSP参加意向を高めることができる」
機能型の商品は、商品の機能性が重要であり、利用する機能型商品は消費者からある程度認められていると考えた。その場合に、商品自体が景品として提供されるなら、消費者はSPに参加しても良いと考える可能性がある。歯磨きや航空会社のチケットような機能型商品の場合は、市販の景品でもSP参加意向を高めることが見てとれる。これは、機能型商品群の代表である航空会社においてより顕著であった。その理由としては、航空会社のマイレージ・プログラムの景品として使われている無料航空券は、それ自体が市販商品そのものであることによると考えられた。
<仮説群3:SPの長期効果>
最後に、SP参加後のブランドイメージ(企業イメージ)への効果をアンケートで確かめてみた。これを、SPの長期効果の測定指標として示すことにする。
(1)「応募抽選型のはずれは、ブランドやその企業に対して負の効果を与える」
せっかく参加資格を得てキャンペーンに応募してもはずれてしまえば、消費者の期待は裏切られたことになる。「はずれ」という結果がもたらす失望は、ブランドや企業に対するネガティブな感情に変わるのではないか。そして、マイナスの効果は、ロイヤルな顧客であればあるほど強いのではないかとわれわれは考えた。応募抽選型の当たりとはずれの効果差を測定したところ、長期効果を表すキャンペーン後の利用頻度、ブランドへの親しみ度、信頼度、好意度、および企業に対する好意度のすべてにおいて、有意差が見られた。当たった場合は正の効果があるのに対し、はずれた場合には負の効果がかなり強いことが実証されたわけである(表4)。
(2)「必ずもらえる型は応募抽選型の当たりと同じ位に、ブランドやその企業に対してプラスの効果がある」
応募抽選型キャンペーンに応募して一度でも当たったことのある人なら共感できると思うが、抽選に当たることほどうれしいものはない。そのような喜びは、こつこつとポイント等を集めて応募資格を得て、必ずもらえる型に応募する人にも同様に経験されるとわれわれは推測した。調査データによると、「必ずもらえる型のSPへの参加」と「応募抽選型SPで当たった場合」とでは、長期効果を計測した指標に有意な差が見られなかった(表5)。必ずもらえる型SPは、応募抽選で当たった人に与えたのとほぼ同等のプラスの効果をもたらすこと結論づけられる。
(3)「応募抽選型は新規ユーザー獲得に、必ずもらえる型はロイヤル・ユーザーの維持に効果がある」
応募資格のハードルは、通常は応募抽選型SPでは低くなる。そのことを考慮すると、応募抽選型は新規ユーザーでも相対的に気軽にSPに参加できることがわかる。また、必ずもらえる型は応募資格のハードルがかなり高くなるので、新規ユーザーではSPへの参加がむずかしくする。したがって、必ずもらえる型はロイヤル・ユーザーでなければ実際は参加できないと考えた。この事実は、応募抽選型も必ずもらえる型も、ふだん利用しているブランドの購買量を増大させることで確認された。また、たとえ魅力的なSPであっても、消費者はブランド・ロイヤルティが高い商品でのみSPに参加しようとするという事実をわれわれは確認した。したがって、もともとロイヤルティが低いブランドに対しては、消費者は購買量を増大する意向を高めることは考えにくいのである。このことは、延期付加価値型SPがロイヤルティ構築には役立つけれど、新規ユーザーを獲得するためには有効ではないことを示唆している。
3 プロモーション実務への意味づけ
<一般的な議論:3つの示唆>
景品付きプロモーションの効果について、前節の調査結果から以下の3点を指摘しておくことができる。
ひとつめは、長期効果(キャンペーン後の効果)の重要性である。これは、とくに、応募抽選型を実施する上できわめて重要な示唆を含んでいる。なぜならば、応募抽選型では、せっかく応募してくれた人の中に、「はずれ」が多数出てしまうからである。たとえば、3紙の懸賞キャンペーンでは、97~98%は、応募用紙の記入したものの何の成果をも得られなかった人たちである。その数は累積で数百万人にも上ることになる。
はずれ経験者と当たり経験者とでは、キャンペーン後にブランドに与える利用頻度、親しみ度、信頼度、好意、さらに企業への好意で有意差が認められた。はずれ経験者は、ほぼすべての効果指標が、「はずれ経験」後には下降していた(表4)。これまでは、応募抽選型キャンペーンの成功度を応募総数で測りがちであったが、実は長期効果の観点からすると、応募総数が大きければ大きいほどはずれた人のブランドエクイティを傷つけていたのである。このことは、キャンペーン後、はずれたお客様に対してのフォローがきわめて重要であることを示唆している。
ふたつには、応募抽選型であっても必ずもらえる型であっても、延期付加価値型のクローズド懸賞は、新規ユーザーの獲得ではなく、ロイヤル・ユーザー構築という目的に沿って企画を考えるべきであるという点である。常識に反して、クローズド懸賞キャンペーンは、新規ユーザー獲得にはあまり有効ではない。また、ふだん使っているブランドのキャンペーンに対しては、購買量を増大させたい人が多かったが、ふだん利用されていないブランド(2位以下のブランド)では、購買量を増大させたい人が多くは見られなかった。
結論は単純である。景品付きセールスプロモーションは、ロイヤルなユーザーの購買量を増大させるには優れたマーケティング手法であるが、ふだん利用していないブランドに対しては(一般にシェアの低いブランドでは)、そもそも短期効果(キャンペーン時の効果)さえ得られないということを示唆している。また、応募抽選型のはずれた人がロイヤル・ユーザーであるとすれば、ブランドにとって重要な顧客のロイヤルティを傷つける可能性に配慮すべきことを示唆している。そのことへの具体的な対応策を真剣に考えるべきであることを示唆している。
3ばんめは、一般に使われているブランド名付きの市販景品(市販のものでブランドが付いたようなもの、例えば、ブランド付きジャンパー、ブランド付きバック等)はプロモーション参加の誘因にはなりにくいことである。コンジョイント分析結果では、独自景品、市販景品、ブランド名付き市販景品の順に人気が下がっていった。つまり、独自景品が参加意向に最も効果があり、ブランド名付き市販景品は市販景品よりも参加意向への効果は低かった。安易に市販景品にブランド名を入れただけのようなものは、参加意向を落とすことにつながりかねないのである。
さらに、キャンペーン後の長期効果を考えると、独自景品の優位がもっと明らかになる。独自景品は、生活の中に入り込んで、常にそのブランドのイメージや存在を意識させる”小道具”のようなものである。そうした景品は、ブランドエクイティ増大に効果的であると推察できる。ブランドイメージを強化し、他では入手できないような独自な景品を創り出すことが長期効果の増大に寄与するだけでなく、短期の売上増にもプラスに寄与する。
<実務への示唆:3つの論点>
以上の議論を踏まえて、いくつかの会社で実施されている懸賞キャンペーンについて、短期と長期の観点からSPの有効性を論じてみたい。
ひとつは、長期効果の観点からである。必ずもらえる型にははずれが存在しないので、キャンペーン後にマイナスの効果を与えることがない。また、応募抽選型の当たり経験者と必ずもらえる型とでは、キャンペーン後のブランドの利用頻度、親しみ度、信頼度、好意、さらには企業への好意が上昇している。したがって、できる範囲では、必ずもらえる型を選択した方がよいことがわかる。
もう一点は、SPの短期的な効果についてである。SPの参加意向を高める効果は、必ずもらえる型の方が応募抽選型より高かった。これは、コンジョイント分析で立証されたことである。ただしかし、必ずもらえる型のSPを実施するためには、企業として難しい側面も持ち合わせている。それは、キャンペーンを始めるにあたって事前に応募者の数がわからないために、景品をどの位用意しなければいけないのかがわからないという点である。つまり、キャンペーンの総費用が予測できないことが欠点である。
過去におけるキャンぺーについて何らのデータも持ち合わせていないときは、費用対効果が不明であり、そのために予算取りが難しくなる。実務的には、予測不能であることで予算鳥ができないことが、必ずもらえる型のSP実施を躊躇させる最大の原因になっている。しかしながら、短期・長期の効果を合わせると、この問題点を乗り越え、必ずもらえる型のようなタイプをさらに改良し、効果あるプロモーションを創造していくことは実施主体にとってきわめて重要であると思われる。
3番めには、長期効果をさらに意味のあるものにするために、データベース・マーケティングへの応用が重要であることを指摘しておきたい。SPへの参加意向の強い顧客は、ブランド・ロイヤルティが高い顧客である。キャンペーンに参加した顧客は、当該ブランドの優良顧客である。そこで、彼らの顧客情報をデータベース化して蓄積しておき、その後のキャンペーンへの誘いをいち早く伝えることができる。また、そのブランドについての情報を特別にDMで提供したり、サントリーが実際に実施したように、次回のキャンペーンでは景品の当選率を高める(たとえば、一回はずれると10倍が当たりやすくする)などの工夫を凝らして、ブランドと優良顧客との関係を強めることにデータが利用できるはずである。
こうした努力はすでに、ワンツーマン・マーケティングをに乗り出すことを意味している。このようにプロモーションを一回だけのものとして終わらせるのではなく、それをきっかけにブランドや企業への消費者愛顧を増やしていくことに使えるようにすることが大切である。
<新聞業界への示唆>
最後に、調査結果を踏まえて、新聞業界での販売実務にSP理論を敷衍してみる。ここでは、プロモーションの方法選択、景品のタイプ、顧客のデータベース化の3点について議論することにする。
われわれの調査データによれば、「必ずもらえる型」が懸賞キャンペーンとしては最善のSPであることが示された。新聞業態での実態は、しかしながら、応募抽選型を選択している。ただし、朝日新聞のように、当選率を高めて「必ずもらえる型」に近づけようと努力をしているところもある。一般的に、ロイヤリティが高いブランドほど、値引きよりプレミアムSPが有効である。だから、ロイヤルなユーザーを多く抱えているブランド(新聞・雑誌)ほど、薄く広く景品を配布すべきである。
つぎに、景品としてはブランドに独自な”おまけ”が有効である。しかも、キャンペーンがシリーズで展開されるのであれば、採用される景品にも連続性・テーマ性が求められる。一部には、景品として商品券や旅行券など、金券に近い性質のものが消費者に喜ばれるという議論もあるが、これは正しくない。本質的に、新聞はブランドに対する関与度が高く、準機能型の商品である。したがって、物理的・客観的な属性と価格だけからは、購入ブランド(どの新聞を購読するか)が決まらない。価格に敏感な”限界的な”消費者に対して、プロモーションの景品として商品券が有効だということは間違いではないが、一般消費者と特殊なケースを混同してはならない。
3番目には、顧客のデータベース化についてである。各紙の販売部長のコメントによれば、「プライバシーに関わることなので、住所氏名をファイル入力して利用することはしていない」となっている。しかし、電子データサービスなど、新聞業界と一般情報提供サービス業とのビジネスの境目が無くなってきている現在、代理店(新聞販売店)販売に基礎を置くだけのマーケティングでよいものなのかどうかを一考する機会ではある。
新聞社が主導していることもある「電子データサービス」の特徴は、情報の伝達方法が「一対一」であることである。*1その基礎にあるのは「顧客データベース」である。たとえ代理店を利用した販売であっても、管理指標としてプロモーションデータを活用することは有益な情報ソースになりうる。さらに、新聞販売事業に限定することなく、事業の広がりを雑誌や書籍、関連商品の販売という視点で見てみると、SPによって取り込んだ顧客データは、関連販売でこそ有効であることがわかる。データ活用の価値は、むしろそこに向けられるべきであると筆者は考える。