ちょうど一年前に、日経産業消費研究所(現在、日経岐阜支局長の雨宮秀雄氏)からの依頼で、『消費&マーケティング』に巻頭コラムを書かせていただいた。ローテク産業の強みを強調した短い文章である。
世間では消費低迷を嘆いているが、冷静に事実を見れば、この説は気分先行の大嘘であることがわかる。商売人は儲かっても、「いやいや一時的なもんですよ」とごまかすが、国内の流通・サービス業では業績好調な企業が少なくない。
先週の日曜日(10月28日)、筆者は「諏訪湖マラソン」(ハーフ)を走るために温泉宿をさがした。紅葉の季節で休前日の夜が満室なのは理解できる。ところが、なんと諏訪湖近辺の旅館は日曜の宿も満室であった。それに輪をかけて驚いたのは、マラソンの参加者が大幅に増えて、湖畔でのスタートが大混乱になったことである。持ちタイム1時間40分の筆者(つまり集団の真ん中近辺に並んだランナー)は、スタートラインを跨ぐまでに3分半もかかってしまった!
国内(ローテク)流通サービス業が浮上する根拠を、筆者は一年前に指摘した。そのときの文章を、ほぼそのままの形でここに再録する。
「ハイテクをしのぐローテクの実力:成熟した消費者と商品サービスの熟成」
2000年10月 法政大学 小川孔輔
ネットビジネスで有利に事業を展開するには、最初にマスメディアに湯水のごとく大量に広告を投入し、最新の情報システムと大規模な物流網を整備する。大がかりに、しかも、グローバルに事業を立ちあげたあとは、追随してくる競合との戦いに臨むことになる。しかしそれでも、ネット事業での先駆者利益は保証されない。ビジネス特許で守りをかためる以外に、参入障壁を築くうまい方法はないからである。しかも、苦労して獲得したビジネスのアイデアは、遅かれ早かれ、よりスマートな方法に代替されてしまう。一般人の7年が1年で過ぎてしまう世界で、寝食を忘れて日々働いているネット企業家たちは、だから、いつも不安で心の休まるひまがない。
世の中には、ドックイヤーと無縁な世界がある。それは、筆者が「ローテク3F(スリーエフ)産業」と名づけた事業領域である。フードビジネス(Food Business)、ファッションビジネス(Fashion Business)、フローラルビジネス(Floral Business)の3つのカテゴリーがそれである。この世界で働く企業家たちには、自らの事業に対する「スピード感」への渇望はあっても、ネット企業家のような「時間に対する焦燥感」はない。なぜなのか? 3F産業のリーダーたちは、自然な時間の流れ、すなわち、商品やビジネスが熟成するために必要な絶対的な時間によって守られているからである。
<3F産業のリーダーたち>
具体的な企業家(会社)の名前を列挙してみよう。
フードビジネスでは、栗原幹雄(フレッシュネスバーガー)と渡邉美樹(ワタミフードサービス)と岩田弘三(ロックフィールド)、ファッションビジネスでは、柳井正(ファーストリテイリング)と田谷哲哉(TAYA)、フローラルビジネスでは、大山健太郎(アイリスオーヤマ)と井上英明(青山フラワーマーケット)。30代後半から50代後半までと年齢に大きな開きはあるが、いずれも当世流のネット事業からやや離れたところで活躍しているベンチャー企業家たちである。かれらは、同じ業界で最低10~20年は働きながら、少なくとも一度ないしは2度は、事業からの撤退や精算の崖っぷちを経験している。若い頃の失敗体験が、彼らにとっては知恵の源泉であり、貴重なエネルギー資産となっている。
3つの産業に共通する特徴は、(1)需要に流行と季節性があること(不確実性による制約)、(2)供給される商品が重さで量れること(物理的な制約)、そして、(3)サービス供給が人と場所を必要とすること(人的な制約)である。勘と経験、教育訓練が必要な世界であり、一夜にして成功の城を築くことができない。
3F産業における制約条件を、購買という視点からネットビジネス(B2Cビジネス)と対比してみよう。ネット上での買い物の優位性は、以下の5つであると言われている(Paco Underhill。
(1)「速度」:いつでも即時に自由に店舗にアクセスできること、
(2)「利便性」:店に出向かないで自宅や事務所で買い物ができること、
(3)「価格比較」:さまざまな売り手間での値段が比較できること、
(4)「品揃え」:無限の商品リストが検索できること、
(5)「情報量」:大量で詳細な商品データが活用できること。
すばらしい! ネットでのショッピングは万能のように見える。が、本当に完全無欠だろうか?
<店舗の優位性:買い物の楽しみ>
つぶさに検討してみると、ネットが優位であると思われる機能特性には、ショッピングが持つ大事なベネフィットが欠落していることがわかる。それは、フィジカルな要素=皮膚感覚の欠如である。たしかに買い物を苦痛に感じる消費者に対して、ネットの機能は明確なベネフィットを提供する。しかし、実際に店舗に出向いて、見て、聞いて、感じて、触って、味わって、買い物を楽しみたい消費者に対して、現在のネット技術はほとんどアピールしない。店頭に陳列された商品が発する叫び:”Go shopping! See me, hear me, feel me, touch me, taste me, and buy me!”というメッセージは伝わってこない。
電子商店街でのショッピングは、かなり上手にビジュアル要素を取り込んだモールではあっても、基本的には退屈な代物である。「利便性」は、われわれの五感を刺激しない。汗を流して売り場を歩きまわらないと、必要な「場の情報」は入手できない。不便さを耐え忍ばなければ、おいしい果実は味わえない。買い物はギャンブルでもある。事前の「価格比較」は、商品との偶発的な出会いという驚きを奪ってしまう。驚きがないところに、真の喜びはない。たくさんの商品がリストアップされていることは、本当に便利なことだろうか? 売場レイアウトと商品の棚陳列は、われわれの思考回路を暗黙理に誘導してくれる巧みな芸術作品である。限定された「品揃え」によって、商品選択は素早く快適になる。詳細にすぎる「情報」は、最終選択を困難にしてしまうことさえある。
ショッピングに対して、われわれは絶対的な「速度」を必要としているのだろうか? 店頭で、あるいは、カタログに掲載された商品がすぐには入手できないことがわかったあとで、商品の到着をしばし待つ長い時間の経過が、われわれに至上の喜びを与えてくれることがある。近未来に主役となる中高年は、時間を豊富に持った成熟した消費者たちである。速度の経済性は、高齢化社会の到来によって、その重要性を失っていくはずである。
企業側についても同じことが主張できる。ネットに対する熱狂が冷めてしまえば、ローテク3F産業の強みが見直されることになるだろう。投資の懐妊期間が長いことが、商品とサービスのコンテンツをより豊かなものにする。投資の安全性と参入の脅威を考慮すれば、ゆっくりと時間をかけて商品を作り込むほうがビジネス構築上も有利である。
消費活動に投入される時間は、コストではない。消費者満足を生み出す源泉そのものである。