【講演録】第六回グローバル・マーケティング研究会関西

 6月27日(土)に開かれた「第六回グローバル・マーケティング研究会関西」での講演録をアップする。司会役の西安交通大学・林広茂客員教授(元同志社大学ビジネススクール教授)が講演をまとめてくれたレジュメである。



【日時・会場】 2015年6月27日(土)、於:関西学院大学梅田キャンパス
【発表のタイトル】 マクドナルドの時代は終わったのか 
          - アメリカ的マスマーケティングの終焉 ~食はファストからスローへ

【発表者】 法政大学大学院イノベーション・マネジメント研究科教授 小川孔輔氏

【講演概要】

 小川孔輔教授の近著『マクドナルド失敗の本質-賞味期限切れのビジネスモデル』(東洋経済新報社、2015年)を題材にした、これまでの日本のマーケティングへのWarningsである。多くの日本企業がアメリカからビジネスモデル/マーケティング(マスマーケティング、チェーンストア/小売業、フランチャイズ・システム)を学んできたが、その手法は既に古びているのではないか。今日の時代に合ったマーケティングの革新が求められる。「食の未来」への視点で、「食はファストからスローへ」と熱く語っていただきました。

 講演内容は、
1)『マクドナルド失敗の本質』を執筆した動機、
2)日本マクドナルドの誕生と成功(1971年-2000年)、
3)マクドナルドのビジネスモデルの本質、
4)原田マクドナルドの時代(2004年-2013年)、
5)お客はどこへ消えたのか?
6)マクドナルドの内部で何が起こっていたか?
7)終わりに、の7部構成です。

<マクドナルドの業績について新聞記事引用-作成者>
 マクドナルド再生模索
 日本法人、2期連続赤字へ。

 外食世界最大手のマクドナルドが顧客離れに苦しんでいる。画一的なメニューやサービスが飽きられるなど同社の事業モデルに世界各地で逆風が吹く。日本マクドナルドホールディングスも16日、2015年12月期の最終損益が380億円の赤字になる見通しだと発表した。2期連続の赤字となる。グローバルブランド再建の可能性はあるのか。(日本経済新聞4月17日朝刊)

出典:小川孔輔教授の資料より

1.執筆の動機

 2001年頃から、マクドナルドは日本でやがて手痛い消費者離れを起こすと懸念していた。当時経済誌『エコノミスト』(毎日新聞社)から依頼された原稿は没にされたが、私が書きたかったのは、「勝ち組マクドナルドが抱えている5つの不安要因」についてだった。問題を解決しないと未来が危ういと考えていた。原稿はその後そのまま、「食は‘ファスト’から‘スロー’の時代へ」『Chain Store Age』(2001年12月1日号)となった。
 私の論点は、それまでマクドナルドの成長を支えてきた5つの要因が反転して、不安要因になっているということだった。

(1) 為替レートの反転。円安から円高へ。顧客価値V=品質Q/価格Pで、円高になり、Pを下げることで顧客価値を高め、かつ$ベースの売上/利益を増やすことができた。円高で食材の国際調達も有利に働いた。食材の対外依存がますます増大し、国際価格が上昇すると、この為替レート依存は危うくなる。

(2) 高齢化社会の到来。ハンバーガーは本来若者の食べ物であり、油っこくジャンキーである。少子高齢化で若者人口が減り、かつてのマクドナルドファンは高齢化して和食回帰をする。

(3) 食文化の和合回帰。いつでもどこでも同じ味と値段のマクドナルド。顧客は自然なおいしさと鮮度からますます離れていく。加えて健康志向。和食は、「食材の鮮度を重視、最低限の加工(調理)、そして美味しくて健康によい」で世界の食の一大潮流になっている。

(4) 後継者の不在と労働力の確保。その後藤田氏から原田氏へと経営者は変わったが、労働力の確保では、少子化で安価で良質なパートナーである若者が減少した。

(5) スローフード運動と食の安全性。ファストフードは20世紀を代表するサービスプロセスの革新だったが、21世紀は「友人や家族と一緒に時間をかけてじっくり・ゆっくり」の食文化になっている。一方では、マクドナルドに代表されるファストフード(時間節約型システム)はなくならないが、「和食」のファストフード化も進行している。食の安全性では、「食材の調達」と「食の提供」間のディスタンスが長いほど、安全性のマネジメントが困難になる。

 以上5つの要因を、その淵源と今日にいたる時間の流れで検証し、今後の日本のマーケティングへの新しい視点を提供したいと思った。私自身の「食マーケティング」の視点は、1)Western(洋食)からJapanese(和食)へ、2)Artificial(人工)からNatural(自然)へ、3)Linear(線形)からCurvy(曲線)へ、4)Standardization(標準化)からDiversity(多様性)へであり、そこから過去のパラダイムではなく未来のテーマを引き出し、グローバルよりローカルモデルを重視し、ファストよりスローを、マスマーケティングよりも分散型・小中規模生産のビジネスモデルを求めていきたい。

2.日本マクドナルドの誕生と成功(1971年-2000年)

 日本マクドナルドの1号店は銀座三越に開店、その後20年間順風満帆の成長を続けた。創業者藤田田は「日本に米国の食文化を移植する」「ただし日本流で」を徹底した。アメリカの日本文化への適応化である。
2000年までに3500強の店舗数。その70%は直営店だった。店舗数はとくに1993年の1000店強から7年間で2500店以上の急増となった。

3.マクドナルドのビジネスモデル

3-1:急成長の本質は、ハンバーガーを1/3の値段に下げ(¥210→¥65まで、レギュラー¥80)、つまりそれまでのSkimming Price(上ずみ価格)を一気にPenetration Price(浸透価格)に下げ、価格Down、客数Up、店数Upを実現したことになる。
 マクドナルドの収益源は二つ(米国起点)で、1)ハンバーガー事業モデルと、2)ファイナンス事業モデル(不動産事業モデル)。ハンバーガー事業モデルは、1)食のサービス業の基本概念である(QSC+V)を徹底すること。Q美味しい、S素早く気持ちよいサービス、C清潔、そしてV値段に見合った価値、である。2)この(QSC+V)を実現するバックヤードである調達とセントラルキッチン方式、3)そして利益を生むセット販売(ハンバーガー+コカ・コーラ+ポテト)である。ハンバーガーは値下げで利益が出ないが、コカ・コーラとポテトは仕入原価が低く、大変Profitableである。
 ファイナンス事業モデルは、FCオーナーから売上高の25%を日本マクドナルドが受け取る。直営店からは11%。藤田時代は直営店数が全体の約70%だったが、原田時代にはFC店数が70%(2013年末)に逆転した。

3-2:藤田田と原田泳幸の対照的な経営。

出典:小川孔輔教授の資料より

4.原田マクドナルドの時代(2004年~2013年)

 「直営では利益が取れない、利益をとれ」(アメリカ本社からの強い要請)で、FC化に大きく舵を切った。直営店舗を売却してFC化を推進。本部要員の大多数をFCへ派遣した(小さな本社づくり)。
売上高至上主義から利益重視に転換(アメリカからお目付け役の社長ホフマン氏が来日後)。しかし原田経営でハンバーガー事業の収益力はそれほど向上していない(直営店舗の売却で不動産事業は高収益)。ハンバーガー事業の価格引き上げ、などを実施した。
 ホフマン・原田の店舗売却戦略は、直営店の売却と大量閉店(不振店)を同時進行。店舗数はピークの2006年約3800店から2013年約3200店へ減少した。同期間にFC店は996店から2151店へ急増し、直営店は2832店から1013店へ急減した。またFC店の多くが、成績不振などの理由でFC契約の更新を拒否された。

5.お客はどこに消えたのか?

5-1:大量閉店(例えば、新宿周辺)のあと、お客はどこに消えたのか。不振店だけでなく都心の大型店も閉店になった。FC/直営の両方で賃料が高いからと推察。しかし、真の原因は、1)独自性のある日本発製品が不足、2)Big Americaキャンペーンが不発、3)既存店の大量閉店、などで顧客が消えた。

5-2:どこに消えたのか?居座り客が増え、客の質が低下したと同時進行で、ビジネスピープルやファミリーといった大切な顧客が消えていった。彼らは、コンビニやファミレスに移動した。

5-3:マクドナルドの顧客満足度が下がった。「JCSI顧客満足度調査」(2014)による。モスバーガー、吉野家とマクドナルドの三者比較で、顧客期待度・知覚品質・知覚価値・顧客満足の指標評価が、マクドナルドはすべて第3位。マクドナルドの顧客満足度は61で、モスバーガー74.9、吉野家70.1と比べて相当低い。また、和食のファストフード店では、スシロー76.1、くら寿司74.4、丸亀製麺74.2が大変高い。マクドナルドは、2011年-2012年には、それでも68-69の満足度だったが、2013年→2014年で大きく満足度を下げた。
 そのうえ、マクドナルドはコンビニエンスストアの中食やコーヒーに顧客を取られ、彼らはマクドナルドに戻ってこない。

6.マクドナルドの内部で何が起こっていたのか。

 藤田時代も、原田時代も、成功のあとでの失墜が観察される。

出典:小川孔輔教授の資料より

 失墜の理由として、1)マーケティングの失敗。経営の短期志向→店舗売却/FC化の推進。目先の施策だけで長期的な商品戦略が不足、2)サービスのトライアングルの崩壊(特にホールを担当する若くて使命感がある若者を養成していない)、3)画期的なイノベーション不足、4)ビジネスモデルを間違った方向に変えた、の4つをあげることができる。
 つまり、最初に述べた食の長期的なトレンドの7要因のうち3要因に対する不適合と言えよう。繰り返すと、1)高齢化社会の到来、2)食文化の和風回帰、3)スローフード運動と食の安全性。

7.終わりに

 マクドナルドは、欧米型ビジネスモデルの劣化の事例と言えるのではないか。百貨店ビジネスはピークの10兆円から7兆円へ、食品スーパーは本部一括管理から個店経営へ、フランチャイズ・システムは、標準化から地域適応化へ、と変化しつつある。
 一方では、新興ファストフード・チェーン(Casual Restaurant)が登場しつつある。「Subwayサブウェイ」「Chipotleチポトレ」「Five Guysファイブガイズ」など。食材の質、その鮮度と調理法で勝っている。

7-1:マクドナルド時代は終わった。その先に来る食のかたちは何か?フード・ビジネスの未来は、「安全で均質な食を善とする考え方」「効率達成のために、グローバリゼーションを推進する」という神話の先にある。(チェーンストアが終わったというわけではない)。
 ハンバーガーの教訓。米国的な消費文化から、文化の多様性(diversity)を重んじる価値観を反映したフード・ビジネスへ。

7-2:供給者への教訓。標準型チェーンの限界、分散型調達生産方式、そして多様な商品とサービス提供システムが求められよう。

7-3:商品の価値観。ローカライズする消費文化の台頭、安心・安全には代替品がない、均質な品質に対する反動(ふぞろいなキュウリたちを受け入れる)。

〔作成者=林廣茂(グマ研関西共同代表)071315〕