大学院夏季オープン講座 シリーズ企画「女性のキャリアと生き方を考える」 第1回 藤田尚弓さん(講演録)

 藤田尚弓さんの大学院での講演録できあがった。アシスタントの青木恭子がまとめてくれたものである。藤田さんは、全国初の防犯専従職として警察署に勤務。結婚退職後、離婚を経て、銀座でホステスに転進し、No.1ホステスとなった方である。キャリアを考える女性にとって、とても参考になる内容である。

法政大学ビジネススクール イノベーション・マネジメント研究科 
夏季オープン講座 シリーズ企画「女性のキャリアと生き方を考える」
2010年度 第1回講演

第1回「女性の生き方とキャリアを考える」

株式会社アップウェブ 代表取締役
藤田 尚弓(ふじた なおみ)氏
日時:2010年7月29 日19時30分~21時00分
於:法政大学経営大学院101教室

講 演 要 旨

講師紹介 
藤田 尚弓氏 
株式会社アップウェブ代表取締役。全国初の防犯専従職として警察署に勤務。結婚退職後、離婚を経て、銀座でホステスに転進し、No.1ホステスとなる。その後、企業で営業職のキャリアを積んだ後、2006年に起業、ウェブ・マーケティング・サービスを展開している。本業の傍ら、働く女性の社会人サークル「悪女学研究所」を主宰。一児の母。著書に『「悪女」の仕事術』(ダイヤモンド社、2010年)。

講演要旨

1. 自己紹介
自己紹介
 こんにちは。藤田尚弓と申します。まずは、簡単に自己紹介させていただきます。
私は、今までに2度、起業しました。最初の時は表参道に路面店を出しましたが、残念ながら、売却してしまいました。現在は2度目の起業で、ウェブ関係の仕事を手がけています。
 この他に、ライフワークとして、研修の仕事を続けています。また、働く女性を集めた社会人サークル「悪女学研究所」を主宰しています。こちらは現在、メンバーが500名を超え、携帯や映画のプロモーションを行ったりもしています。
最近はメディア出演も多いので、皆さんの中には、私のことをテレビ番組で知ってくださった方もいらっしゃるかもしれません。

 警察勤務から銀座No.1ホステスを経て、女性管理職へ
 私は、学校を出てから、最初は地方警察署で防犯対策の仕事をしていました。全国初の防犯専従職ができたときに、白羽の矢が立ったのです。しばらく勤めた後、結婚退職しました。最初は主婦をめざしていたのですが、離婚することになってしまいました。それで、警察から突然、銀座のホステスに転進しました。私は勝どきに住んでいたので、銀座には親しみがありました。急に離婚して、生活に困っていた頃にスカウトされ、ホステスの仕事をすることにしました。しばらくすると、お店で表彰の常連になりました。このままクラブ経営でもするのかと思っていたのですが、再婚した後、(再び離婚して)シングルマザーになってしまい、小さな子供を抱えて、水商売を続けるのは難しい状況に陥りました。
 それで再就職活動をしたのですが、これまでのキャリアはどうもあまり世間の心証がよくないようです。ハローワークなどにも行きましたが、シングルマザーということもあり、ことごとく断られ、就職活動はうまくいきませんでした。いろいろ探した後、ようやく警備会社に入社することができました。
その後、会社で営業の仕事をさせていただけるようになりました。私は、営業はすごく得意です。しばらくすると、会社で初めての女性管理職に抜擢されました。
 その頃は、シングルマザーとして働きながら、病弱な子供が友達とうまくいっているかどうかが心配で、子供に気づかれないように大きなマスクで変装して、保育園を覗きに行ったこともありました。

 

2.「起業」VS.「組織で働く」
 女性が気をつけたい5つの特質
 女性の生き方とキャリアについて考えるとき、女性ならではの特質として、いくつか気をつけておきたいポイントがあります。
① 退路  
 「寿退社」に象徴されるように、女性は男性と異なり、「(家庭の外で)働かない」という選択肢があります。そのため、仕事に対する覚悟が違ってくる場合があります。 
② 短いスパン
 女性の人生には、結婚や出産の適齢期、子育てなどのサイクルがあり、場合によっては介護が入ったりして、人生においてステージが変わっていくことが多いと思います。そのため、キャリアが中断されがちで、短いスパンで考え勝ちになって、私も含め、モチベーションが下がる特質があるかも知れないな、と思います。
③ シンデレラ
 女性の中には、「いつか素敵な上司が現れて、私の隠れた才能を引き出してくれる」、「資格をとって転職すれば、いつかすばらしい職場にめぐり合えるはず」というような、漠然とした他力本願的なシンデレラ願望を持つ傾向が、多少あるのかなと思います。
ても、考えてみてください、シンデレラって、結構悪女ですよ。自分で、わざわざお城に靴を残して行ったんですから。偶然脱げた、ということはないと思います。背伸びして、自分をよくみせる努力を怠らなかった、ある意味でしたたかな女性といってもいいのではないでしょうか。
④ 天職ジプシー
 女性は、「自分らしさ」という個人的な価値観で行動しがちです。これは必ずしも悪いことではないと思いますが、そのために、キャリアの焦点がぶれることがあります。「どこかに私の天職があるはず」と、転々と仕事を変える「天職(転職)ジプシー」になってしまう恐れもあります。
⑤ ロールモデル 
 上場企業の女性役員の比率は、まだ1.2%(2006年東洋経済新報社)です。女性には、まだまだ、「同性のロールモデルが少ない」とお感じになられませんか?格好いい先輩はたくさんいるかもしれません。でも、内心では、「自分はあんなふうにはなりたくはない」と思う人も多いようです。仕事一筋、男性と同じ土壌でブルドーザーのように働く、というような女性にはなりたくないな、という気持ちがあるのかもしれません。

  
 キャリアの選択肢として、「組織で働く」ことと「起業する」ことの2つが考えられます。それぞれのメリット、デメリットを比較してみましょう。

 組織で働くことのメリット
① 安定しているような気持ちになれる  
 組織で働くことには、安定感があります。ただ、この安定感は、絶対的なものではありません。終身雇用制度が崩壊して成果主義の時代になり、自分が変化し続けないと、企業の中でも安定はないし、企業自体が危ないこともあります。大企業や銀行などは、一昔前は磐石と思われていましたが、今は違いますよね。
②  給料がある程度、約束されている
 勤めていれば、毎月の給料は入ってきます。しかし、これも必ずしも安泰ではありません。私は3回結婚し、2番目の夫は特に優秀な人でしたが、請われて転職しても当初約束されていた報酬が出ないなど、スキルのある人でも影響を受ける時代なのだと思います。
③  家が借りられる
 組織に属していれば、社会的信用が得やすいことは確かです。家が借りられる、というのは、すばらしいことだと思います。私は、起業したとき、賃貸マンションが借りられず、愕然としました。
④  審査に通る
 同じように、ゴルフ会員権やメンバー制のクリニックなども、企業に属していた方が通りやすいと思います。
⑤ 規模感のある仕事が出来る
 組織で働く場合、個人で起業する場合より、スケールの大きな事業に携われる可能性が高いかもしれません。企業ならではの楽しさがあると思います。
⑥ スキルを身につけられる
 知恵やスキルはお金で買えます。でも、ただではないのです。会社では、働いてお金をもらいながら、スキルを身につけられるというメリットがあります。
組織というのは、給料をくれて、スキルを身につけさせてくれて、それを実践させてくれます。いま振り返ると、なんてよかったんだろう、と痛感します。  

 組織で働くことのデメリット
 今度は、反対に、組織で働くことのデメリットを考えて見ましょう。
① 向かない仕事の場合、辛い
 イメージと実際の仕事が違う、ということは多々あって、これはちょっと辛いですね。
② 余計なところに使うエネルギーが多い
 会社の風土や人間関係、他の部署との関係を気にしながら、営業成績を上げなければいけないことなど、組織では、余計なことに使うエネルギーが多いなと思います。
③ セルフイメージを下げることもある  
 これはどういうことかというと、上司の中には、「君はできない」と、部下にレッテルを貼る人たちがいます。人間は、他者からの期待を受け入れて、期待された通りの成果を出す傾向(注:人材マネジメントや教育の分野で「ピグマリオン効果」と呼ばれる)があると言われます。他人からラベルを張られると、自分でもそのような人間になっていく、これはプラスの場合もマイナスの場合もありますが、ある意味でたいへん怖いことなのです。私は「女性管理職」というラベルを貼られることで、出来るようになっていった面があるのですが、逆の場合もあります。みなさん、レモンと梅干のことを頭の中で思い浮かべてみてください。唾液が出てくるでしょう。体と感情や思考は、一体のものなんです。自分は駄目な人間だと思うと、だんだん本当に駄目になっていって、できることがどんどん少なくなっていってしまいます。
④ 短いスパンで考えると、将来が見えない
 組織では、短いスパンで考えると、キャリア形成の将来像が描きづらい場合があります。俯瞰して物を考えることが苦手な人には、先が見えないので辛いかもしれません。
⑤ 人の指示で動いて失敗すると自分の責任
 会社勤めをしていた時にいちばん悔しかったのは、上司の命令で何かをして、うまくいかないと自分に責任転嫁されてしまうということでした。かといって、自分の思うとおりに行動すると、相手の面子をつぶしてしまいます。
⑥ 好きなことをできない場合が多い
⑦ 他人の評価で人生が決まる
 組織では、勤務地も、ポジションも、仕事の内容も、何もかも、他人の評価で決まってしまいます。そして、その評価の基準は、えてして曖昧なものです。人事考課する側の人間も、残念ながら、自分自身の仕事で多忙ですから、他人の仕事のすべてを見ているわけではありません。「人がよさそう」、「仕事ができそう」、「信用できそう」というような、評価する人の印象中心の「俺様評価」です。
 他人の感覚的な評価で、自分の人生が決まってしまう恐れがあります。
 
 TVシリーズの戦隊物のキャラクターの中に、組織の中の女性のステレオタイプが見られることがあります。女性キャラクター(たいていピンク)は、通信系で電話係のように思われていることが多いです。でも特殊能力があれば、組織の中で認められる傾向があります。「秘密戦隊ゴレンジャー」にはピンク色のキャラクター「モモレンジャー」がいましたが、彼女は危険物処理の専門家として、認められ活躍していました。そういう技能がない場合、女性は「職場の花」(おおらかで、場を引き立てる雰囲気)や、「コネ入社」のイメージで描かれます。また、アニメやドラマの中での女性幹部には、悪役が多いような気がしませんか?しかも、彼女らは悪の首領に高いロイヤリティをもっている場合が多いようです。

 それでは次に、起業することのデメリットとメリット、両面を考えてみましょう。
 起業するデメリット
① 数字を作る大変さに直面
 この大変さからは、生涯逃れられません。これだけ情報化が進んで、ビジネスのスピードが上がってくると、どんどん変化しつづけないと、生き残っていけません。常に考えて、変化し続けて、成功しているビジネスモデルでも何割かは陳腐化させて新しくしていくことが必要で、起業すると、この数字をつくる大変さは、いつも付きまといます。
② 実績や社名で営業ができない
 私は、営業はすごく得意だと自分でも思います。起業後も、自分の事業が回るまで、嘱託として企業の新規事業部門の立ち上げをお手伝いさせていただいていました。営業代行の仕事も請け負っていました。そこで痛切に感じたことは、企業の実績と名刺があれば営業もやりやすく、売れるけれども、自分の会社の名前だと売りづらいという現実です。
③ 周囲の理解を得にくい
 「会社を作る」というと、周囲の人間から、「あなた、何考えてるの?」と、否定的なリアクションが返ってくることがあります。
④ マンションが買えない、賃貸さえも危うい
⑤ 結構、税金がかかる
 どんなに切り詰めて、工夫して何とか利益を上げても、最後に、半分は税金で持っていかれてしまいます。これは悔しいです。赤字でも頭割り法人税は払わなければなりませんし、源泉所得税や消費税など、いろいろな名目で税金がかかります。人を雇えば年金、社会保険料がかかり、1人当たりで合計1,000万円くらいの出費を覚悟しなければなりません。
⑤  余計な事務作業が発生する
 税務その他の書類を整える必要があり、そのための事務作業の労力と時間はばかになりません。業務に専念する時間が減ります。
⑦ 「まさか坂」がある
 経営には、上り坂と下り坂とまさか坂があると言われます。企業を経営すると、ほんとうに、「そんな、まさか」というようなことに遭遇します。信じていた人に裏切られたり、親会社が傾いたりと、びっくりするようなことが起こります。
⑧ 自分の給料が出ない時期がある
 最初の頃は、自分の給料が出ない期間もありました。

 起業のメリット
 私は、今までに2回起業しました。私は事業を起こすことが好きです。起業には、いろいろな魅力があります。
① 作りだすおもしろさ
 私は、ゼロから1を作り出すことが、とても楽しくて、大好きです。
⑤ 起業では、ビジネス=楽しいこと、に変わりやすい
私にも、かつては、給料=我慢料だと思っていた時代があります。今は、仕事=「楽しいもの」変わっています。楽しいので、休みの日も、時間があれば、ウェブのデザインをしたりしています。好きだからです。楽しさを見つける才能がある人、あちこちにアンテナを張っている人は、起業してもうまくいきやすいのではないでしょうか。
⑥ やりがいがある
 好きなことですから、もちろん、やりがいがあります。飽きっぽいというか器用貧乏で何でもこなせる人は、起業に向いていると思います。いろいろな取組みをしなければいけませんし、どんどん仕組みを変えていかなければいけませんから、そういう人には、起業は楽しいし、やりがいがあると思います。
⑦ 社長になると仕事が舞い込む
 社長になると、本業以外にも、講演や執筆依頼などの仕事が入ることがあります。女性社長は、少しずつ増えてはきましたが、絶対数からすればまだまだ少ないです。珍しさも手伝って、ある程度下駄を履かせてもらえる面がありますから、それをチャンスにつなげることもできます。
⑧ 継続していると時々いいことがある 
 経営にはいい時も悪い時もありますが、続けているうちに、自分でもびっくりするほどうまくいくこともあるものです。

 両方やってみて学んだこと(組織と起業と)
 私は、組織も起業も両方経験した結果、言えることがいくつかあります。
① 組織も悪くない
 会社にいれば、その中で経営について学べることが多くありますから、組織で働くのも悪くないと思います。組織で、規模感のある事業を任され、目標を与えられ、達成する、というのは、やりがいがあると思います。
② おもしろい仕事はある
 寝る時間ももったいないと思うくらい、おもしろい仕事はいろいろあります。
③ 起業はそれほど大変ではない
女性社長同士でよく話すのですが、仕事は、どんなものでも、それぞれ苦労があり、大変なものです。起業は簡単とは言いませんが、他の仕事と比べて、それほど大変というわけではありません。
④ 勝てるゲームをすればいい
 要するに、戦う土俵を選んで、勝てると思うところでだけやればよいのです。私は、よく人から「なぜそんな仕事(ウェブ)をやっているの?」と聞かれるのですが、現在の自社の力で「勝てるところ」を選んでいるだけです。
 ウェブの仕事を選んだのは、当時、IT関連だと、出資を募りやすかったという事情もあります。HP製作は成熟産業で、業界は衰退気味です。でも、そのために、有力企業の参入はあまりないだろうと私は考えました。急成長産業と比べて、消費者リサーチなども安めにできました。

 

3. 会社経営と私生活の両立
 会社経営と私生活を両立できているか、というと、正直、少し疑問は残ります。でも、仕事とプライベートの両立って、経営者ではなくても難しくないですか?
 実際には、社長になると、私生活との折り合いをつける面では、柔軟に対応でき、楽な部分も出てきます。結婚自体は、適齢期があってないようなもので、いつでもいいですが、出産にはタイミングがあります。いずれにせよ、この命題は、何らかの形で、多くの女性には付きまとうのではないでしょうか。 

 両立できているかは疑問ですが、何とかしています
 私自身は、対外的には、仕事とプライベートは「両立できていない」と言っています。ただ、両立とまでは言わないまでも、周囲の協力も得ながら、何とかやっている、といったところでしょうか。 

①   保育園 → 小学校1年生 → 長期休暇
 私が起業した頃、子供は保育園に入れていました。保育園は、比較的楽です。遅くまで見てくれるところがありますから、少しお金があれば、大丈夫です。ただ、困ることが一つあって、子供が病気になると、保育園では預かってもらえないのです。そういう時は、ベビーシッターさんを呼んで、家で見てもらったりします。お金はかかりますが、逆に言えば、問題はお金で解決できるのです。
 今年、息子は小学校1年生になりました。小学校はちょっと大変です。夏休み中も子供を見てもらえる場所はありますが、お弁当だとか、水泳教室や寺子屋などイレギュラーなイベントに持っていくものの準備だとか、いつも気をつけていないといけません。「6時に迎えに来い」なんて言われます。これでは普通に働いていても難しいと思います。
② 夜の部や出張について
 経営者ですから、付き合いや会合出席などで、帰宅が遅くなることは避けられません。そういう時は、過去のだんなさんたちに、協力してもらっています。私は、過去3回離婚していますが、彼ら元の夫たちとは、とても良好な関係を保っています。実は、ボーイフレンドや元夫たちには、同じ町内に住んでもらって、連携して、子育てに協力してもらっています。
③ 子供の病気
 私の息子は、先天性十二指腸閉鎖症という個性を持って生まれてきました。生まれてすぐ手術しましたが、感染症にかかってしまい、もう1回手術をしました。今は喘息が重くて、年1回くらい入院します。そういうわけで、会社では、子供や家庭の事情に柔軟に対応できる社風を作りました。 
④ 家事は外注
 家事は、いまはいいサービスがいろいろあります。お手伝いさんが週1~2回来てくださいますし、掃除はハウスクリーニングの業者さんに外注しています。
⑥ テレビ出演のとき
 テレビ番組に出るときは、収録が多いです。皆さんがご覧になる番組の放映時間は夜でも、収録は昼間です。深夜の生番組は、お引き受けしません。

 離婚して気づいた、自立することの大切さ
 結婚していてだんなさんがいても、安泰ではありません。だんなさんが病気になったり、会社が傾いたり、場合によっては別の人生を選択することになる場合もあります。いつでも、一人で自立して生活していけるよう、仕事をもち、人間関係を築いておくことが大事と思います。

 

4. 事業の立ち上げで重要なこと
失敗にはパターンがある
① 成功の要素は人によって異なる
 成功の要素は多様で、人によって違います。一方で、失敗には、たいてい一定のパターンがあります。
② 失敗にはパターンがある
 ホームページ関係の仕事の性質上、お客様は、会社を立ち上げられる方が多いです。駄目になっていかれるところも、結構あります。事業計画書を見ると、特に理由もなく、ある時期から突然売上が倍になる事業予測が書かれていて、どう見ても見通しが甘すぎるのではないかと、疑問に思うケースも多々あります。失敗には、知識不足、準備不足、希望的観測、本気度の欠落、という共通パターンがあると思います。
③ 私の失敗
 そういう私自身にも、苦い経験があります。最初に起業した頃、私にはキャッシュフロー経営の知識がありませんでした。自動車で簡単にできる花の配達業を始め、企業の下請けをしていました。受注先の企業からの支払いサイトは60日から90日です。一方で、仕入れや人件費などの費用はどんどん出て行きます。売上が増えるにつれ、帳簿上は儲かっていても現金がない、という状況に陥り、お金の工面に翻弄されました。最終的には、会社を売却するという決断をしなければなりませんでした。
 私の場合、幸い、実姉に助けてもらいましたが、怖いもの知らずは、周りに迷惑をかけてしまいます。
 
 自分への自戒も込めて言わせていただくと、すばらしいことには、それ相応の値段や払わなければいけない努力があり、それに見合ったコストがかかるものです。市場シェアや業界の見通しなど、市場に関するデータはいろいろあるはずですから、事前によく考え、しっかりと準備することによって、失敗の確率は劇的に下げられると思います。

 起業に必要な力
 起業には、「立ち上げる力」(設計)、「作る力」、「売る力」、この3つの力が必要です。そして、この3つは、それぞれまったく違う性格の力なのです。1人で3つ持っている人は、少ないのではないでしょうか。ただ、事前に勉強しておくと、クリアーできることが結構あります。
また、一人でも人を雇うと、マネジメント力が不可欠になってきます。ここは私がいちばん弱いところで、いつも、大変だなあと感じます。

 「計画された偶然性」理論 (クランボルツ)
 「計画された偶然性」(注:スタンフォード大学のJ.D.クランボルツ教授が提唱したキャリア形成の理論)の理論によれば、個人のキャリアは、予期しない偶然の出来事への反応の積み重ねによって、その8割が形成されると言われています。ですから、偶然を、自分自身の主体性や努力によって最大限に活用し、キャリアを歩む力に発展させることができる能力を、ぜひ養っていただきたいと思います。
 私が起業したのも、偶然によるところが多いです。でも、偶然の出来事をただ待つのではなく、生み出すように積極的に行動したり、自分の周りに起きていることにアンテナを張ることで、よい偶然を呼び込む機会は、ぐんと増やすことができるのです。

 最初の一歩を踏み出すのは、確かにたいへんなのですが、みなさん、ぜひ、チャレンジしてみた方がいいと思います。
 「かます」という魚がいます。すごく頭がいい魚です。水槽にガラスの壁を作っておくと、そこにぶつかったら、その後は、餌が向こうにあっても、「もうここは通れないんだ...」と思い込んで、ガラスの向こうに行くことをやめてしまいます。ガラスを外してしまっても同じで、ある地点から先は、越えようとはしません。そのまま餓死してしまいます。ところが、ガラスの板を取った後で、そこに新しくもう一匹かますを入れてみます。その魚は自由に水槽内を行ったり来たりします。すると、それを見て、前からいるかますも、再び、元のように自由に動き回るようになります。
 女性にも、これと同じような、心理的な、見えない「ガラスの板」があると思いませんか?私が起業したのも、友だちが起業したのを見て、正直、「なんだ、この子でもできるんだ」と思ったからなんです。今日、皆さんは私に出会ってしまったわけですから、他の女性たちがそれを越えているのを見れば、「やってみればできるものなんだ」、と感じるようになられるのではないかと思います。

 女性の経営者には、先天的才能と後天的才能の二つを備えている人が多いそうです。私の先天的才能って何ですか、と人から尋ねられることがあります。自分ではあまり意識していないのですが、何かチャンスが来たとき、迷いがなく、レスポンスが速いことだと思います。
 一方で、フレームワークを作り、数字と論理で物事を考えていく才能は、私にとっては、まったく後天的なものです。そういう能力を育てるための努力を、ずっと重ねてきました。

 私は、もともと、あまり仕事がばりばりできるというタイプではありませんでした。でも、学び続けることが好きです。そして、執念があって、やりとげるまで諦めません。自分も同じ気質だと思われる方は、ぜひ起業に挑戦してみていただきたいと思います。

 

 贈る言葉
 今日のお話を終える前に、皆さんにこの言葉をお贈りします。ベバリー・シルズというオペラ歌手の言葉です。
 「失敗したら、あなたは失望するかもしれない、しかしトライしなければ、失敗は決定的となります」。
小さな失敗もあるかもしれません。でも、恐れずに挑戦してみてください。
(了)