IM研究科の「マーケティング論」の授業中で行われた久松達央さんの講義録をアップする。タイトルは、「小さくて強い農業で生き残る」。青木恭子(リサーチアシスタント)がまとめてくれた。
法政大学経営大学院 IM研究科 2015年春学期「マーケティング論」
特別講義2
「小さくて強い農業で生き残る」
株式会社久松農園 代表取締役
久松 達央 氏
日時:2015年6月4日11時10分~12時50分
於:法政大学経営大学院101教室
講 演 要 旨
講師紹介
久松 達央(ひさまつ たつおう)氏
(小川教授)久松さんは、茨城で有機農園を経営されている。
私は、2013年に出た久松さんの著書『キレイゴトぬきの農業論』(新潮新書)を読んで、面白い本だったので、直接連絡した。久松さんとは、それ以来のご縁である。久松さんは、その後、『小さくて強い農業をつくる』(晶文社、2014年)を出されている。最近は、雑誌『WEDGE』でも対談した。
(久松達央×小川孔輔 「マクドナルドの失敗が告げる『戦後モデル』の終わり(前篇)なぜ「小さくて強い農家」が若者を惹きつけるのか 」『WEDGE』2015年5月28日、29日 http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5020、http://wedge.ismedia.jp/articles/-/5022)
講 演
1.自己紹介
僕は1970年生まれで、現在44歳になる。農業とは縁がなかったのだが、ひょんなことから、突然、準備なしに農業に飛び込み、1年ほどの研修期間を経て、自分で農業を始め、もう10年以上になる。現在は、茨城県の土浦市に農園を持っている(旧新治村)。
本を2冊出している。1冊目は『キレイゴトぬきの農業論』で、有機農業の一般的イメージへの反論を整理して書いた。おかげさまで、今、9刷である。
2冊目の『小さくて強い農業をつくる』は、パーソナルヒストリーを軸にした本だ。「小さくて強いということが、今の時代は大事だ」というメッセージを込めて、エッセイ的な感じで書いた。1冊目執筆以来、小川先生と親しくさせていただいている。
2.久松農園について
(1) 前置き:サバイバーとして
僕は、大学を出て、帝人に就職したが、28歳で辞めた。農業の世界には、突然飛び込んだ。栽培技術を身に着けてから就農しよう、というような気はなかった。同僚からは、「せっかくいい会社に入って、将来安泰なのに、どうしてやめるのか」と言われたが、僕には、どうしたら好きなことができるかということが、いちばん大事だった。どうやって飯が食えるか、それは時代に合わせて、理屈は後付けで何とでもなる。戦略は、何年か経てば役に立たなくなる。先に好きなものがあるということの方が大事だ。というわけで、今日も戦略的な話はしない。
新規就農者の残存率は、4割くらいである。一般の企業からすれば高いが、それは、そもそも入口で選別があるからである。一般には難しい。僕自身、特に成功していると思っていないし、成功した農業者と言われることには違和感がある。ただ、サバイバーであることは間違いない。そこで、今日は、久松農園が農業で食っていけている要因について、伝えたい。
(2) 久松農園について
① 概要
久松農園の畑は4.8haで、野菜農家としては平均よりやや広いくらい。ここで、露地野菜を年間50品目作っている。スタッフは社員4人と、パートスタッフ3人。販売先は、消費者向けが65%、残り35%は飲食店で、すべて直接販売している。
農場は、霞ケ浦と筑波山の間に位置し、平坦で温暖で農業には最適のところだ。 久松農園には、自分も含めて農家出身者はいない。写真を見てもわかるように、農家っぽくない。
② コンセプト:「おいしい野菜で喜んでもらう」
久松農園のコンセプトは、「おいしい野菜で喜んでもらう」ことである。野菜の味の3要素は、「旬」、「鮮度」、「品種」。この3つで、野菜の味は8割が決まる。匠の技や「農法」の寄与分は、マックス2割くらいだろう。しかし、流通している野菜は必ずしもその3要素を大事にしていないので、全体として野菜の味は年々落ちている。
野菜は、もともと世界のどこかで自生していた植物で、栽培地の気候に合わせてどんなに品種改良をしても、もともとの遺伝的形質から逃れられない。旬のおいしさにはかなわない。つまり、ど素人が冬に露地で作るホウレンソウの方が、プロが夏にハウスで作るホウレンソウよりおいしく育つ確率が高い、ということになる。
③ 強み:「おいしい品種を、栽培に適した時期に育てて、鮮度よく届ける」こと
旬に関して言えば、上手な農家ほど、旬を外してものを作っている。鮮度に関しては、青果物は、クール便が普及したおかげで、かつてないほど輸送が長距離化している。この傾向は、2000年くらいから顕著だ。コールドチェーンができ、キャベツもパキパキしたものが店頭に出るが、収穫から2~3日経っていることには変わりない。たとえば春菊はすぐ萎れるので、かつては都市近郊でしかつくっていなかった。いまは、東京でも北海道産の春菊が出ている。味より香りの経時劣化が大きいため、長距離冷蔵輸送された野菜は香りが飛んでいることが多い。マズくはないが、グッとこない理由は、香りのなさが原因だったりする。
久松農園のやり方というのは、おいしい品種を、栽培に適した時期に育てて、鮮度よく届けるということである。たとえばトマトは夏のほんの一時期しか出せない。。また、鮮度を大切にするため、完全受注収穫を行っている。飲食店から大根17本の注文があれば、17本、畑から採ってすぐ送る。鮮度では誰にも負けない分、オペレーションが煩雑で非効率だ。このやり方は、高い確率でおいしいものが出せる反面、物量を確保することも、長期に安定供給することもできない
大規模に作付をする農場では、同じ品目を大量に栽培している。対照的に、久松農園の畑では、一列ごとに違う野菜が植えられている。セロリの隣はブロッコリーというふうに、いろいろ並んでいて、「巨大な家庭菜園」という感じである。
個人のお客さんには、品目おまかせのセット野菜を送っている。獲れた物については、畑をまるごと食べてもらうような感じだ。旬のものなので、セットの野菜の中身はどんどん変わっていき、夏と冬とでは、同じセットでも中の野菜はまったく異なるものになる。
④ 特徴1:面倒くささを引き受ける
農業を始めたころ、近所の農家から、お前のところはどういうやり方をしているのか、よく聞かれた。説明すると、「そういうやり方なら、確かに、食べればおいしいよね」と言われる。そうか、普通の農家は、食べておいしいものを作っていないのか、と気づいた。ならば、普通においしい野菜をつくって、それで経済が成り立つ商売を組み立てれば、自分にもチャンスがあるかも、と思った。その方向は正しかったと今でも思う。
農家は、当たり前にいい物を作ることについては、皆知っている。しかし、売ることまで考えると、事情が違ってくる。直販で50品目、無農薬でやっていると言うと、他の農家からは「とてもそんな面倒なことはできない」という反応が返ってくる。それを聞くたびに僕は、「やった。これで、僕らはまだあと何年か、やっていける」と思う。作ることと売ること、その両方の面で、面倒くささを引き受けているということだ。
⑤ 特徴2:知識を言語化し、共有する
「おいしい品種を、栽培に適した時期に育てて、鮮度よく届ける」やり方の一つが、有機農業だった。「有機」は僕にとって手段であって、目的ではない。
「いいのはわかるけど、効率悪くてできないよ」と他の農家から言われるようなことをやっている。効率的な仕事の組み立てと、スタッフの高いモチベーションがなければ、できない。家庭菜園のような細かい栽培計画を言語化し、表にし、数値化する。何を、何個、どれだけの密度で植えて、育てるか。そうしたことをすべて管理して、情報は皆で共有している。
3月第1週だったら、誰が何をやるか、次の週はどうか。入って1年目のスタッフでも、そうした栽培計画や作業手順について、理解していなければいけない。そうでなければ、うちの農園ではやっていけない。そういうわけで、幸か不幸か、少数精鋭になっている。
作業日誌もクラウドでGoogle docsに書き込んでいく。今年のデータは、翌年には、品目ごと、圃場ごとのデータベースになっていく。
こうして、僕らの農園では、多くの農場では言語化していないことが、言語化され、共有されている。独立して農業を始めた人と比べて、期間が同じなら、うちのスタッフの方が、いろいろなことができるようになると思う。
3.農業の現状と、生き残り策
(1) ビジネスは常に変化する
ここ50年で水田の労働生産性は6倍に上がっている。簡単に言えば日本の農業は、農家の数が50年前の6分の1くらいにならなければいけないのに、そうなっていない。今の米の価格では、大規模化して、せめて耕作面積が20haくらいなければ、赤字である。そこまでの集約ができない中山間地のような場所では、基本的には、農業を政策で支えるか、あるいは、小さくて強い農業にするか、という方向にもっていかなければだめだろう。人口減・消費減で米離れは今後も続き、反転の兆しはない。同じやり方が、50年も60年も続くはずがないということを、認識すべきだ。
「なぜ我々ばかりがひどい目に」、と言う農家は多いが、変化を迫られているのは、農業だけではない。市場の縮小、社会の成熟に直面しているのは皆同じだ。自分自身も含めて、農業は遅れていると長い間思ってきたが、見回してみると、他の業界もみんな遅れている。だから、農業であることは、変わらなくていいことの言い訳にならない。ビジネスは常に変化していくことを前提にしている。未来社会を研究している米デューク大学のCathy N. Davidson教授は「2011年度にアメリカの小学校に入学した子供たちの65%は、大学卒業時に今は存在していない職業に就くだろう」と予測している。確かに、スマホアプリの開発など、昔はなかった職業だ。親の世代の言うことを聞いてはいけない。
人が入れ替わることで、物事は変わる。しかし、農業には「撤退」というスキームがない。だから、良かれと思って保護することが、新陳代謝を妨げている。
(2) 生き残るには
①勝つ戦いではなく、負けない戦いをする。
植物工場をはじめとする新しい技術でイノベーションが起きようとしている。それでも、原価と手間をかけた丁寧なものづくりは仕事として面白い。存続のためには、正面から勝負して、生き残らなくてはならない。生き残るための一つの方法が、直販である。お客さんが見えているということは、とても大事なことだ。久松農園には、固定客が250軒付いている。そのお客さんたちが喜ぶように、ということを考えて作る。大衆全員にウケることは考えていない。お客さんから「今年の枝豆はいまいちだったね」というようなことを言われる。考えてみると、これはすごいことだ。こういう声がダイレクトに入るから、PDCAのサイクルが回り出し、品種を変えたり、いろいろ工夫する。飲食店相手でも同じで、顔が見えているので、その人たちを喜ばせることを考えている。マーケティングで2,500人を喜ばせることより、顔の見える250人を喜ばせる方が、僕たちには合っている。
大事なのは、弱みは捨てて、強いところに集中することだ。好きなことをやり、顧客の強い支持があれば、いいサイクルで回る。価格競争はやらない。やっても勝てないし、安売りの好きな客は、僕たちの野菜を評価してくれない。強く指示してくれる顧客にターゲットを絞り、大手に勝つ戦いではなく、負けない戦いをする。
始めるときは、低投資で、小さくスタートアップする。自治体は、新規就農者に対し、いきなりハウスを買わせたりする。彼らはいきなり2,500万円も借金するようなことになる。こういうのはよくない。
②弱みは捨てて、強いところに集中する
直販でやると、いろいろな業務が出てくるので、一人ではできっこない。業務をやっていると、仕事しているような気にはなる。だが、経営資源は、あくまでもものづくりや営業といった、自分達にしかできないこと、やりたいことに割くべきだ。そのため、僕らは、業務部分では、徹底的にIT化を進めている。そして、経営資源は、栽培と営業の部分の比率を上げることに振り向ける。
久松農園のやり方は、味やサービスでは負けないが、その代り、物量や安定供給の部分は捨てている。価格的にはスーパーの安売り野菜の2~4倍くらいする。偏る農業だが、そうでなければ生き残れない。僕らは、勝つ戦いではなく、負けない戦いをしていく。今年潰れなければ、来年もできる。それで、何となく生き残っていければよい。
安い店だと、空輸の米国産ブロッコリーを、1個78円くらいで売っている。僕らは、こういう安売りの土壌には乗らない。1個78円のものに魅かれるお客さんは、1個77円のものが出た途端に、浮気する人たちである。だから、僕らのような農家は、売りたい値段から下げないということが大事だ。とはいえ、新人のうちにこういう方針を貫くのは難しい。泣く泣く安売りしてしまう人が多い。しかし、ここは、「そのままでは絶対だめだ」と言ってあげなければいけない。
(3) 「関係性」を分母に、コミュニケーションで勝負する
① 「個農」に徹すること
僕は今44歳だが、80歳くらいで死ぬ頃には、日本の人口は生まれたときより少なくなっている。2025年くらいまでは、どうあがこうと、生産年齢人口が激減し、高齢者が増える。特に、地方での人不足は深刻で、コンビニバイトも物流も成り立たなくなりつつある。今のビジネスマンは、マーケットが縮小する時代を経験したことがない。いまだに大量生産のモデルで、ビジネスを続けている。
物が売れる時代は、二度とやってこない。メロン御殿を建てた農家の武勇伝などがいまだに語られているが、これは過去の成功モデルである。しかし、農業では新規参入がほとんどないので、いまだにそういう人たちが残っていて、同じ感覚で政策を立てているのがまずい。
今はマスマーケティングが成り立ちにくく、口コミの時代と言われている。こういう話を聞くたび、「小さいプレイヤーの時代がやってきた」と思っている。僕らは、頑張ってクオリティを追及しているが。僕たちの作る物の分母には、目の前に見えているお客さんがいて、関係性がある。小さい生産者にとって、スペックで勝負する時代は終わった。今は、他と違っていなければ、つまり「個農」でなければ、零細生産者は戦えない。
物そのものより、「誰から買いたいか」、つまり、本当の意味でのコミュニケーションが大事になる。この間、僕らが取引をしている渋谷のカフェのお客さんを畑に呼んだ。畑でカブなどを食べてもらったら、非常に評判が良かった。絞った相手に対して、リッツカールトンのようなサービスを提供できれば、小さくても無敵の存在になれる。
② 顧客以外のファンづくりで、事業に可塑性を
たかだか売上高3,000万円の企業で、何ができるか?今直接顧客になっている周りに広いファン層があると、事業に可塑性が出てくる。
今、コアの顧客が真ん中にいるが、8品目の野菜を食べ続けるのは、実は意外とハードである。顧客の外側に、食べてみたい人がいて、その外に、広い意味での久松農園のファンがいる。
2011年には、茨城にも放射能が降ってきた。こういう時、たとえば「安全性」だけで支持してもらっていると、苦しい。だから、少し横にシフトして、普段から広い意味でのファンの基盤を作っていき、新しい顧客にアピールできる可能性を常に用意しておくことも、生き残りのためには大事なことだ。
(4) 個性の時代
流通の機能としては、情報、物流、与信、決済などがあるが、今は、小さな農家でも、安く利用できるインフラがある。物流については、日本には、沖縄から北海道まで全国をカバーする宅急便があり、何でも送れる。また、ネットのおかげで、与信や情報サービスも、低いコストで利用できるようになった。
今は個性の時代であり、個性の時代は、変態の時代である。作られた個性はだめだ。自分のやりたいことをガチで貫いている変わった人間にとっては、いい時代が来たと思っている。
質疑応答
(質問)久松さんのようにお考えの生産者は、日本全国で何人くらいいらっしゃるのか?
(久松氏)同じような農業をしている人は、増えていない。しかし、B to C農家は、数千軒ある。僕は、その人たちのビジネスの効率化をビジネスにできないかと考えている。僕は、これからは彼らが主流になると言っていくつもりだ。
例えば、土浦は、蓮根では全国シェアの50%を占めている。蓮根は、パッケージを工夫すれば贈答用にもできるし、いろいろやりようがあるが、やりたい人が提案してもつぶされてしまうようだ。しかし、そこで面白い動きが出れば、農業のやり方にも幅が出てくるだろう。
農家は、日本に250万戸ある。そのうち、年収1,000万円以上の農家は、7%に過ぎない。500万以上でも15%、35万戸だ。この35万戸が全体の8割を売る一方、数にして8割以上の農家はほとんど売っていない。農家と言っても、農業で食べていない人が多い。農業法人でも、億以上の売上のあるところは少ないのが実情だ。
(質問)6次産業化は考えているか?
(久松氏)僕らは、加工はコラボでやっている。自社では設備は持たない。ジュース設備に何千万円もかけるのは、意味がない。コラボで、小ロットでやってくれるプロと組む。僕らが主体になって加工場に作ってもらうこともあるし、つくばで有名なレストランのレシピで、共同で作るというようなこともしている。久松農園の野菜を使っているレストランは、東京では、50軒ある。法政の近くでは、神楽坂に3軒ある。どこで扱っているかは、ネットに載っている。直接久松農園から買うわけではないが、レストランで食べてくださっているファンも多い。
(質問)私も、久松さんのような農家から野菜を直接買っている。情熱をかけていらっしゃることがわかるので、ますますファンになる。ただ、顧客として定期的に買えば、その特定の農家のサポートにはなるが、他の農家からは買えない。しかし、何かサポートできないかと考えたとき、どういうアプローチがあるといいか?
(久松氏)僕としては、買っていただくことだけでなく、面白がっていただくこともゴールだと思っている。一人勝ちすることが目的ではない。サポートしていただけるのであれば、例えば、ネットで付き合っている若手をサポートしてもらったり、農家から直接買うことについて、その良さや面倒さを周りの人に話してくれるといい。
(小川教授)久松さんのような農家は、小さくて、物量がない。こういう農業を広げようとすれば、仲間を増やすか、仲間のやっていることをサポートする方向しかない。いろいろな農家があることを、知らせてあげればいい。
(久松氏)いい野菜を作っている農家は、たくさんある。うちのズッキーニもめちゃくちゃおいしいが、箱に入れると傷つくので、届けられるところは限られる。しかし、欲しい人はいる。
周りで、農家の業務をサポートするビジネスがあるといいと思う。最近は、会計士が安価に10倍くらいの顧客をもつことができる仕組みも出てきている。そういうことが農業でもできればいい。
(小川教授)先日、久松さんとWEDGEで対談した。その時、サポートがあれば、小さいビジネスでも成り立つということを、世の中に知らせないといけないという話をした。小さいビジネスが、緩く横につながっていく。それを、受講生の皆さんが目指しているような中小企業診断士などがサポートする。これからは、スケールを追えないビジネスが増える。その時、サポーターがビジネスとして成立しなければいけない。
(質問)オイシックスなどとの競合は、どう考えるか?久松さんの理想とするビジネスのサイズは、どのくらいか?
(久松氏)オイシックスは、比較するには大きすぎる。物の勝負をしても意味がない。僕らのような農家は、消費者から直で顔が見える。そういう関係性の部分では、業者は比較的弱い。
ビジネスという点から言えば、久松農園は、農場長には、地方としてはまともな給料を払えるようになったが、全体としては薄給である。
農園は、たとえ僕が抜けたとしても、形は整って回るようにしたい。そういう農園を何社か作っていく方が、このまま規模を大きくするより合理的だろうと考えている。
(質問)高品質・高価格の農産物について、価値を分かってくれる顧客がいるなら、海外に出ることも可能か?
(久松氏)重要なファクターとして、鮮度が満たされなければいけない。日本から海外に送るとすると、高品質とは言っても、強みは安全性ということくらいになってしまう。それだと、あまり素敵だとは思えない。
(質問)果物ではどうか?
(久松氏)韓国からは、朝穫りのイチゴが入ってくる。一方で、コストコのような店では、3週間くらい腐らないようなイチゴが、コモディティとして売られている。近場でしか流通しないと思われていたような物でも、テクノロジーが変われば、遠方からでも出てくる。
(質問)農園は、最初は1人で始められたのか?現在、農場長さんとは、どう仕事の分担をされているのか?
(久松氏)最初は、22馬力のトラクター1台で、1人でやっていた。作業やノウハウのベーシックな形づくりと言語化は、自分がやった。しかし、それをやりきったり、回していったりするとなると、僕は農場長(編注:伏見友季さん)にはかなわない。最近は、褒めると、「(久松さんでも)がんばれば、できますよ」と言われるほどだ。
農場長は、最初は日比谷花壇で働いていた。その後、料理教室にいた。それから久松農園にきた。「何でも任せてほしい」と言われるので、2,000万円の予算を全て任せているが、彼女としては、金回りの仕事がしたいわけではない。そこは誰かにサポートしてもらった方がいいので、間に課長のような人が入る方がいいだろう。久松農園での仕事の内容が、彼女のやりたいことと合わなければいけない。また、次の人材も育てていかなければいけない。社員4人でやっているので、1人でも抜けると大きい。こんなに言語化を進めていても、やはり属人的な部分が多い。
(質問)農業に進出しようとする人に対して、久松さんからは、どんなアドバイスがあるか?
(久松氏)農業は、やりたい人がやるしかないと思う。制度は流動化した方がいい。制度を言い訳にしている人は、やりたくない人だ。
(質問)生産者と市場の間で、コーディネーターをしたいというような考えはないか?
(久松氏)僕自身としては、コーディネーター的な仕事はやらないが、直売所はあった方がいいと思う。自分は、同じ考えの人としか仕事ができない。同じ考えの人と連携して、農業が広がっていくことには関心があるが、「地域のために」というような感じではない。
(質問)受注生産型の農業をされているようだが、新規に受注する新しいお客さんと、辞めていくお客さんの割合はどれくらいか?
(久松氏)それはリピート率についてのご質問だと思う。リピート率は、2か月から3か月続いた人は、その後1年続く傾向がある。そして、1年続くと、もっと続く。全体の9割はリピート客なので、固定客は10年で一巡するくらいの割合ということになる。
リピート率は高いようにみえるが、実は僕たちは、最初の段階で、結構顧客を絞っている。まず、電話注文は受け付けない。買いたいが、ネットはわからないというような人たちは、最初から排除している。そうしなければ、仕事が回らなくなるからだ。だから、最初のハードルは高くしている。残るのは良質なお客さんである。未回収率がほとんどなく、金払いがいい。
ネットショップなどは、未回収への対応にかなり労力をかけているが、本来は、お客さんと本当の意味でのいい関係を作りながら、進めていかなければいけない。
(質問)辞める場合、どういうタイミングで辞めるのか?
(久松氏)辞める理由として、「量が多くて食べきれない」とか、「中身が同じものが多い」と言われることがある。また、始めてから5年くらい経つと、「そろそろ飽きた」という人も出てくる。常連相手では、買いやすくする、情報をやり取りしやすくするなどの努力が大事だ。先日、消費者にアンケート調査をした。僕としては、お客さんの要望を聞き、対応していく上で、もっと簡便にできる仕組みを皆に提供したい。そうしたら、農園の個性がもっと生きてくるはずだ。
(質問)人を育てる仕組みの件で、質問がある。ノウハウを言語化することで、暗黙知が経験値になったと考える。この仕組みは、久松さんのような意欲がある人がいれば、他の人が横展開できるのか?それとも、日本人の気質か?久松さんの個性なのか?また、海外では展開できるだろうか?
(久松氏)いい質問だ。データはとっていないが、地域横断的にデータを取れる経営体(たとえばイオン農場)はやっているようだ。ジャガイモの栽培の仕方のような知識は、盗んで覚えなくても、言語化、形式知化できる。それでも伝えられない部分は、コアの知識である。そこは、言語化しない形で伝えていくしかないだろう。
現場で動ける人、リーダーができる人は、明らかに違う。どういう農業かを考えるときには、ドレイファスの技能の習得モデルが役に立つ。ドレイファスのモデルでは、与えられた文脈からどれくらい逸脱できるかどうかで、人材の能力を5段階に分け、評価する。マニュアルもできない人、マニュアルしかできない人などの分類があるが、マニュアルを超えられる人は上の方にくる。農業だと、分類判定が可能かどうかはよくわからないが、テーマとしては面白い。いずれやりたいと思っている。
● テーマ討議 課題(大学院グループ発表)
(久松氏)「そうは言うけど、おまえのところは、こういう面は弱いんじゃないか」というような指摘があるとおもしろい。小川先生との対談(Wedge)でも出てきた話だが、基本的に、「アンスケーリングモデル」では、効率が落ちる。僕らのような不安定なやり方で、ビジネスがやっていけるか?
売上高3,500万円程度、従業員4人くらいの組織で、アンスケールでも収益性があり、人が入り、雇用を生み出すには、どんな課題があり、どんな解決方法があるか?また、そういう農家がつながっていったとき、未来系として、日本の農業はどうなっていくだろうか?