【寄稿文】拙稿「静脈系の流通システム:生活用品の出口としてのホームセンター」 『DIY協会報』(2024年夏号)   

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 この10年間、年2回寄稿している『DIY協会報』に、標記のような論文を掲載した。2009年に上梓した拙著『マネジメントテキスト マーケティング入門』の第18章から、図表「価値伝達システムとマーケティング・サイクル」を引用してある。
 その意図は、近代マーケティングのシステムが、静脈系の流れ(3R)を取り入れながら進化していくことを予言した論旨になっているからである。あれから15年が経過して、この流れが「SDGs」と呼ばれるようになった。予言が正しいことが立証されているようだ。
 この考え方を、ホームセンター業界に適用してみたのが、今回の論考である。なお、トップが画像は、テキストに挿入された<図表1>である。
 

 
「静脈系の流通システム:生活用品の出口としてのホームセンター」
『DIY協会報』2024年夏号
 文・小川孔輔(法政大学名誉教授、JFMA会長)

 <はじめに:静脈系のシステム>
 いまから15年ほど前に、日本経済新聞出版社から『マネジメントテキスト マーケティング入門』という本を出版した。大学院生向けに書かれた教科書で、筆者が法政大学ビジネススクールで教えていた授業のコンテンツをまとめたものだった。
 この本の最終章「マーケティングの社会的な役割」で、「静脈系の流通システム」という概念を提唱した。当時は、SDGs(持続可能な開発目標)という概念が明確には提唱されていなかった時代である。いまでもマーケティングの教員やオーガニック系の農産物を扱っている実務家たちから、「先生は、なぜあの頃に、静脈系システムというコンセプトを提唱できたのですか?」と問われることがある。
 それは、マーケティングという学問体系が、19世紀末の米国で生まれ、20世紀に花開いた実践的な知識体系だったからである。アカデミックな世界で研究している学者が着想したものであっても、理論体系のほとんどは、誕生国(米国)や時代(大衆消費社会の出現)という社会経済的な条件を反映するものである。
 
 米国流のマーケティングの仕組み(図表1 価値伝達システムとマーケティング・サイクル)を見てわかるように、フィリップ・コトラーなど米国人の学者が考えるマーケティングのシステムには、動脈系の商品供給のみが描かれている。「3R」(Reduce, Reuse, Recycle)と呼ばれる静脈系のマーケティングのパーツはどこにも見当たらない。
 日本でもいまでこそ、ブックオフやハードオフのおかげで、書籍や生活雑貨のリサイクルは当たり前になっている。メルカリが、ネット経由で中古品の再利用・再販売を仲介するようになっている。アパレル業界でも、ユニクロや紳士服の小売企業が、中古衣料品を回収して素材の再利用に取り組んでいる。20年前はどうだったろうか?
 テキストを刊行する2年前に執筆した「静脈系マーケティング:米国流マスマーケティングの100年を超えて」という論考を引用してみる(一部、オリジナル原稿に加筆してある)。(*2)
 
 << 図表1 価値伝達システムとマーケティング・サイクル を挿入 >>(*1)
  
 <マラソンランナーと動脈系・静脈系>
 2004年のアテネオリンピック、女子マラソン金メダリストの野口みづきが、授賞式のインタビューで「走った距離は裏切らない」と述べていた。マラソンは、才能以上に経験と日ごろの鍛錬が明確に出るスポーツである。
 大切なポイントは、短距離走が動脈から送り込まれる血中の酸素と筋肉の瞬発力に頼るのに対して、長距離走のパフォーマンスは、静脈を通して心臓に還流してくる血液を再生する効率の良さに依存していることである。
 ビジネスやマーケティングの形にも、静脈系と動脈系がある。説明は不要であろう。物質とエネルギーの放出が動脈系であり、その回収作業を担うのが静脈系の役割である。人間の身体生理と同様に、社会経済システムの健全性を考えると、本来は両者がバランスよく機能できるよう設計するのが理想である。
 ところが、20世紀の主役だったビジネスは、前半の50年間を席巻した重厚長大産業を筆頭に、動脈系システムが圧倒的に優勢な体系で動かされていた。環境や生態系の負荷にはお構いなしに、心臓のポンプをフル回転し、エネルギーを全開放出する。高い生産性と技術力によって未開の市場を拓き、革新的なビジネスを生み出してきた。そのパワーの源は、企業組織の瞬発力と大地からくみ上げてくる無限の熱資源である。マーケティングは、そうした動脈系システムの主エンジンとしての役割を担ってきた。
  
 <マスマーケティングの本質>
 マーケティングは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、米国で生まれた実学の体系である。(*3)
 一般的に対象が何であれ、発明者たちが生まれた土地の風土は、その学問の体系や実行の仕組みにまで影響を与えるものである。
 米国生まれのマスマーケティングもその例外ではない。米国人が発想した事業構築の方法論やマーケティングの体系は、米国の広大な大地と無限のエネルギー資源を前提に組み立てられている。米国経済の中枢を担っている資源エネルギー産業と国際競争力が高い農業団体の利害を調整することができないからである。
 2つの産業は、米国の保守性を代表しているわけではない。そうではなくて、農業とエネルギー産業は、米国人ビジネスマンが事業を構想するときの原点なのである。米国流のマーケティングを考えるときの起点でもある。
 ごく短い期間ではあったが、わたしは米国と豪州に住んだ経験がある。人口密度が疎な土地に住んでみればわかるが、人間が放出するエネルギーや廃棄物は、例えば、太平洋上に海洋投棄するとか、ネバダ砂漠にそのまま埋めてしまえばいいという考えになってしまう。住環境によっては、そうした発想がそれほど奇異に感じられなくなってしまう。
 しかし、限られた資源で70億人を擁する21世紀の世界を平和裏に動かしていくには、「動脈系エンジン」だけの片肺飛行は限界に達している。「静脈系エンジン」を上手に動かす有効な方法論を創案しなければならない。これまで大量に排出してきたエネルギーを再利用したり、自然界に放棄してきた廃棄物を再利用するといった静脈流を、生活経済システムに埋め込む作業が必要である。
  
 <住生活関連のリサイクル事情>
 それでは、「ホームセンターを中心にした住生活の静脈流」は、いまどのように機能しているのだろうか? この質問を、資料作成や情報収集・分析などで、仕事を助けてもらっている元大学院生に投げかけたところ、こんなメールが戻ってきた。
 メールのタイトルは、「ものの処分に困っている家庭のニーズに応えるワンビジットサービス」。おもしろい着想である。少し長くなるが、彼女の提案を全文そのまま引用してみる。
  
小川先生、
「3つの逆」という観点から考えてみました。
① 入り口ビジネスから出口ビジネスへ
② 来店からご用聞へ
③ DIYからLet me do it(それを、わたしたちにやらせてください!)へ
 
 ホームセンターを中心として住生活関連の業態では、今までは「入り口」がビジネスでした。しかし、これからは、「出口」(処分できるものや買い方、処分してくれるサービス)にビジネスチャンスがあると思っています。また、店舗に来店を促す「販促」から「one marketing」のご用聞のニーズが高まるとも思います。
 そして、高齢者をターゲットとして、「自分でやるための商品」を販売する事業から、「まとめてお手伝いをするサービス」を提供するビジネスが重宝されるようになると考えます。高齢化がすすむ中、身軽になりたい人が増えています。なんとなく「片付けなくちゃ。でも、どこでどうしたらいいのかな?」と思いつつ、日々が過ぎていっている人がきっと沢山いるはずです。
 
 現在、ホームセンターのカインズでは、無料で店舗持ち込みにより処分できるサービスがあります。このサービスから、ビジネスチャンスがもっと広がると思います。(*4)  
 現状では、商品カテゴリーごとに、「服はここ、家電はここ、デジタル機器はここ」となっています。「ワンビジットサービス」は、(「ワンストップショッピング」ではなく)、一気に家の中を片付けてくれるサービスです。場合によっては、買取もしてくれる(ジュエリーとか骨董品とか、古物商のように)サービスを念頭に置いています。
 もちろん、しっかり情報管理も処分もしてもらえて、合わせてこれから必要な家具(例えば、電動で介護の時も安心なベッドとか)や、バリアフリーリフォームなどを提案して揃えてくれるとかなりありがたいです。そのように思っている人は、結構いるのではないでしょうか。
 引越しをすれば、引越し屋さんが処分や取り付けをやってくれます。製品を購入すれば、販売店やメーカーの人が引き取りと取り付けをやってくれます。今回の提案は、いま住んでいるところを引っ越すわけにはいかないが、そんなときでも、部屋に溢れている家具や生活用品を片付けて、住環境をリセットしてくれるサービスです。
 家の中のすべての「棚卸し」をしてくれるサービスは今、ビジネスの隙間になっているのではないかと思います。物理的なハード面のリフォームではなく、ソフト面のリフォームをする感じと言ってもいいかもしれません。
  
 ただし、このようなサービスの課題は、人を家の中に入れることです。「信用」があるところでないと、さすがに依頼しにくいといった側面もあります。なので、地域の生活に寄り添ったホームセンターにその役割があるのではないかと思います。
 顧客によっては、終活も一緒に提案して、財産管理、相続や遺言管理までをやってくれる。例えばですが、そういったこと全部をホームセンターにお任せできれば、地域の人にはとてもありがたい存在になれると思うのです。これは、その後の人生をずっと快適に安心して暮らせる「贅沢ですが、価値ある出費」と評価してもらえると思います。
 このサービスのスローガンは、「片付けといえば、終活といえば、ホームセンター!」です。皆さんにそうと思ってもらえるよう、「DIY」の逆で「Let me do it 」としてみました。
以上。
 
 この着想「(お片付けの)ワンビジットサービス」が、ホームセンターの新規のコアビジネスになるかもしれない。メールを読みながら、住関連の静脈系流通リサイクル事業としての可能性を考えていた。
 
<注>
*1 小川孔輔(2009)「第18章 マーケティングングの社会的な役割」『マネジメントテキスト マーケティング入門』日本経済新聞出版社。「静脈系」という概念は、P.722-725に登場する。
*2 小川孔輔(2007)「静脈系マーケティング:米国流マスマーケティングの100年を超えて」『流通情報』(流通経済研究所)。
*3  R.S.テドロー/近藤文雄監訳(1993)『マスマーケティング史』ミネルヴァ書房。
*4 「カインズの無料引き取りサービス」(https://www.cainz.com/service/hikitori.html
)。カインズでは、不要品の無料引き取りサービスを実施しています。店舗で対象の商品をご購入いただいた場合に限ります。オンラインショップでご購入いただいた場合、お近くのカインズ店舗にて引き取りを承ります。

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