古い農業経済書をいまさらながら読むことになった。文科省の科研費研究で、農業分野のイノベーションを研究することになったからだ。読んでおくべき古典文献がいくつかある。そのうちの一つが本書である。原典は1982年に刊行されている。わたしの米国留学中、34年前の書籍だ。
刊行年度が古いからといって、内容まで古色蒼然としているわけではない。そこが学問のおもしろいところだ。
原典の英文書名は、The Dyamic of Agriculture Change by David Grigg。 農業という産業が、時代とともにどのように変化を遂げていったのかを、経済地理学の観点から分析した理論書。実証データは掲載されているが、「1800年より前は、理論を実証する決定的な証拠となる統計が欠如している」という記述が各所で言及されているので、実証分析の書とは言えないだろう。
わたしの研究的な興味は、産業革命が始まる18世紀末から現在までの農業分野の発展史である。それ以前の長い前史は、個人的には知識として押さえておく程度で十分である。その意味で、本書は「農業発展の鳥観図」を得るためには充分に役に立った。
本書を読むことになった個人的な動機は、3つである。
1 農業分野に生産性向上(人的生産性、土地生産性)をもたらした諸要因を整理しておくこと(*品種改良、作付け形態、農耕技術、農地所有形態(農地制度)、需要(作物)の変化、産業革命による都市への人口移動など)。気候変動については、本書でも「環境」の章で述べられているが、興味はそこにあったわけではない。
2 古典と言われる既存文献(マルサス、マルクス、リカード、チューネンなど)が、農業経済分野でどのように位置づけられているのかを確認すること。そのうえで、
3 *印を付した生産性向上への影響要因(+素材革命、+情報技術、+人口減少)が、将来の農業生産と食料供給、そして未来の地域社会にどのようなインパクトをもたらすのか?その可能性を追求すること。
なお、本書は、次のような構成になっている。ブログをここまで読んでくれた読者のために、サービスで内容を整理しておくことにする。ただし、ここでの解釈は、「小川流」である。概念のネーミングなどは、曲げて自分流に解釈している。
第1部「人口と農業変化」、第2部「環境と農業変化」、第3部「工業化と農業変化」。ここまでは、農業の発展に影響を与えた主たる要因が、①人口(需要者)の爆発、②外部環境(需要・技術・気候)の変化、③産業社会の成立の3つであることが述べられている。
そのあと、第4部「農業変化と速度」では、マーケティング研究者にはおなじみの、農業のイノベーション普及理論である。変化をもたらした直接要因(新品種と農耕技術)と間接要因(土地制度の変化や産業社会の成立)が整理されている。
そして、最後の第5部「制度と農業変化」では、農業の発展という観点から、二人の理論家の学説を批判的に検討している。そのふたりとは、プロレタリアート革命(労働者革命)を唱えたマルクスと、米国民主主義の起源をフロンティア精神に求めたターナーの論説(部分否定)である。マルクスの革命理論は、ほぼ全否定されている。開放農地の囲い込み運動で、英国では独立の小農経営が消滅したことが、産業社会成立の圧力になったという説は間違いである。この否定説は、正しいように思う。
本書からは、研究上のインスピレーションを多く得た。そんなわけで、以下(下)では、古い本を書評するというより、温故知新で自分が学んだことを「研究ノート」として紹介することにする。テキストとしては、<発見@>という項目を立てて記述するスタイルをとる。
*(下)に続く。