【読後感】池波正太郎(1980)『食卓の情景』新潮文庫

 池波正太郎の『食卓の情景』(初出は『朝日新聞』の連載、1972年)を、新潮文庫(1980年刊行)で読んでいる。昨年(2021年)で78刷りを重ねている。発行部数は、累積50万部は超えているだろう。池波がふだん食べている料理を題材にした、軽いタッチのエッセイ集だ。美食家の池波は、食べ物をネタにするのが得意だった。

 

 池波は早逝である。享年67歳。絶筆となった「鬼平犯科帳シリーズ」の大ファンでもあるかみさんによれば、池波の時代小説には食べ物が頻繁に登場するらしい。彼は自分でも料理をすることになっている。自ら酒の肴など作ってしまいそうな気配を感じる。

 真実かどうか、わたしは知らない。しかし、文豪が執筆のために頻繁に投宿していた「鮎の宿 京亭」(埼玉県寄居町)の鮎料理を知る人間としては、池波はまちがいなくグルメだったことがわかる。

 『食卓の情景』(第1話「巣と食」)では、70歳の母親が自分のために食事を作り、嫁さんが母親のために料理する。一家の誰が作って、その料理を誰がどのように食べるのか? 食卓に出てくる料理を描写するために、エッセイ集では延々と文字を連ねていく。

 

 第二話以降は、惣菜、鮨、どんどん焼、京の町料理、湯豆腐と続いていく。小説家になる前の池波は、東京都の職員だった。片親で浅草生まれの小僧さんは、台東区の下谷区役所に職を得る。その後、新国劇で脚本を書くようになるが、文豪・池波の真骨頂は、食べ物への深いこだわりである。

 人間の身体が食べ物でできているだけでなく、料理を食べる風景も重視する。だから、食卓や料亭での接客や会話の流れが大切になる。食卓の情景とは、そのことを指している。たとえば、「惣菜日記」(第2話)には、昭和42年~46年まで5年分、12月9日の食卓に出てきたおかず(惣菜)が登場する。

 その記述は、しかも朝昼夜だけでなく、夜食も登場するという念の入れようである。昭和42年の食事を例示してみることにみよう(池波正太郎『食卓の情景』17~18頁。ふりがなは省略)。

 

 昭和42年12月9日

 本日をもって、銀座通りの都電廃止となる。都政の低劣、ここにきわまれり。

 [昼 12時] 鰤の塩焼(大根おろし)、葱の味噌汁、香の物、飯。

 [夕 6時] 鶏のハンバーグ(白ソース)、グリーンサラダ、ウイスキー・ソーダ(2)、鰤の山かけ、大根とアサリの煮物、飯。

 [夜食 午後11時] 更科の乾そば。

 

 昭和43年同月同日

 [昼] ドライカレー、コーヒー。

 [夕] 赤貝とキュウリの酢の物、鯛の塩焼、冷酒(茶わん2)、かつ丼。

 [夜食] カツうどん。

 (以下、省略)

 

 冷酒と一緒にかつ丼を食べた後に、夜食でカツうどんを食している。なんとも健啖家だが、だれが夜食を作ったのかは書かれていない。毎晩、夜食が登場するので、池波は朝食は食べないたちらしい。

 気がついてみれば、わたしもそうだった。朝ごはんは、原則として食べないのだ。バナナジュースにコーヒー2杯。ときどきは、パンやケーキやおにぎり1個など。少量である。

 延々と池波が食べたものが、エッセイ集でリスト化されている。つまりは、これは文豪・池波の「食べ物日誌」である。そういえば、わたしも似たようなことをしている。毎日、一回投稿するインスタグラムに、前日の食卓を写真でアップしているからだ。自宅のテーブルもあるが、外食で食べた料理がアップされることもある。短いコメントつきで、食べ物を登場させている。

 写真を見てコメントを読めば、自分のお腹と体の中身が何からできているか、一目瞭然である。自分が食べたものを、外に晒していることになる。たとえば、こんな風だ。

 

 以下は、小川のインスタグラム(wanwanwansuke)でメニューなどを写真と一緒に確認ができる。

 

 2022年5月28日(写真付き)

 昨夜は、5日ぶりで自宅で夕食。なので、超豪華なメニューになりました。2人でこのボリュームは、食べきれないと思いきや!ほぼ完食しました。

 メインは、しめ鯖寿司、鶏の味噌漬け、ポテトサラダ。トマトの蜂蜜マリネ、鰤とイクラのいとこ漬け。天ぷらは、3種類。カボチャとしめじのかき揚げ、茄子の天ぷら、エビとネギのかき揚げ。本わさびに、規格外品のホタテの刺身(写真撮り忘れ!)。

 お酒は、ビールはプレモルに金麦。日本酒は、純米大吟醸、勝山暁。贅沢三昧でした。

 https://www.instagram.com/p/CeHzu4_Pb6B/?igshid=YmMyMTA2M2Y=

 
 2022年5月25日(写真付き)

 神田小川町のBAR BLITZ にて、「つけたろう酒店」の店主さんとお打ち合わせ。先ほど、熱燗DJを標榜するご本人は、お住まいのある山梨県の大月まで中央線で戻られました。

 最初に飲んだのは、サブスクの樽酒、鉾杉。三重のお酒です。杉の樽で香りをつけた鉾杉を、常温と燗酒でいただきました。68度が適温とのこと。少し冷ましてから、白い陶器のお猪口でいただきました。

 熱燗の2本目は、笹一でした。ご本人の地元、山梨県大月のお酒だそうです。毎月、熱燗つけたろうさんがセレクトした、その月のお酒が届くのだそうです。

 本日の上がりは、新潟のへぎそばでした。海藻が練り込んであります。

 https://www.instagram.com/p/Cd-2chIJEP2/?igshid=YmMyMTA2M2Y=

 
 2022年5月21日(写真付き)
 上がりは、いつものすじこ巻きです。寿司ダイニングすすむさんに2週間ぶりに行きました。土曜日で、いつもより常連さんがちらほら。

 今夜は、普段は食べないネタをたくさんいただきました。北寄貝のつまみとヒモ。煮ほたて、芽ねぎの握り。生鯖としめ鯖。

 特筆すべきは、プレモルのグラスが薄いタイプに変わっていたこと。レモンサワーを頼むと、こだわり酒場というスチールグラスが出てきました。容器が変わると味も変わりますね。

 https://www.instagram.com/p/Cd0gyCbpx1i/?igshid=YmMyMTA2M2Y=

  

 なんのことはない。40年前の池波正太郎と同じことをやっている。これは、現代版の『食卓の情景』である。写真付きである点が違っているが、短いエッセイ集にもなっている。