副題が、「カリスマ新幹線アテンダントの一瞬で心をつかむ技術」である。山形新幹線の車内販売の名人、齋藤泉さんの接客サービスが紹介されている。卓越したサービスの事例を探していたところ、どなたかに紹介されて読んでみた。ほんとうに、おもしろい!
新幹線の車内販売という限定された場ではあるが、読めば読むほど、接客業の本質をついたすばらしい本だと感心する。
山形新幹線は、東京から新庄まで片道3時間半。7両編成で、席数はわずか400である。お弁当を売ろうとしたら、全員が買ってくれたとしても、400個しか売れない。また、片道の平均的な売上は7万円だそうだ。
ところが、齋藤さんの手にかかると、お弁当が最大187個(席数の約半分)も売れてしまう。「お土産に、もうおひとついかがですか?」という一言もあったのだ。
新幹線つばさ号では、売上26万5千円が最高記録である。記録保持者は、もちろん齋藤泉さんである。たくさん売ることができる秘訣は、齋藤によると、「顧客満足を高めることにある」という。「サービス科学」の側面から、接客販売をいわかりやすく実践的に解説してくれている。わたしは、そんな風に本書を読んだ。
本書は、単なる接客の話ではない。話の本質は、店舗づくりと販売業務の管理、商品陳列(レイアウト)、商品開発まで含んだ、完全な「販売サービスの指南書」である。その細やかな内容は、従業員の接客指導マニュアル的な側面も持っている。
年間110の講演依頼というのも、充分にうなずける内容である。それだけではない。齋藤さんの働き振りが、写真入りで掲載されている。制服姿のご本人を見ただけでも、そばを通って声をかけられたら、わたしなどは、つい買ってしまいたくなりそうだ。それだけ、売れそうな気配のある人である。
冒頭から、おもしろい導入のフレーズではじまる。車内販売で使用されるワゴンは、重さが120キロもあるだが、「車内販売とは、ワゴンという「小さなお店」を持つことだと私は思っています。」(プロローグ、14頁)
齋藤さんたちが押しているワゴンは、山形新幹線の中にある「移動販売車」である。だから、社内販売員のノウハウは、店舗販売でそのまま適用できる。そのヒントがたくさん詰まっている。以下では、その内容を紹介してみたい。
第1章は、「売り上げを伸ばせるには理由がある」である。この章は、「予測して、それを検証する」という節ではじまる。セブン-イレブン会長の鈴木敏文さんが、雑誌などでしばしば発言している内容である。
コンビ二の場合も、その日の天候や行事によって、売れる商品や売れ方が変わる。新幹線のお弁当などもそうである。出張なのか、観光なのか、帰省のための利用なのか。乗車目的によって、必要とされるお弁当の種類や購入のタイミングが異なる。
そうした情報を事前に注意深く集めて、商品の仕込み(事前発注)と追加発注(途中駅での諸品補充)に活かす。あまり考えない売り子さんは、売上を伸ばせない。それどころか、売れ残りや廃棄ロスをたくさん出してしまう。
販売30分前に「ワゴンを作る」のではなく、1時間前から準備するのコツである。「販売の成果は販売の前に決まる」である。準備が大切なのは、商品の積み込みを工夫するとともに、現場の作業を「事前にシミュレーションする」ためである。
この章でおもしろいのは、販売にあたって、改善の提案をしている部分である、感心したのは、販売員さんに名刺を持たせるようにしたこと、車内販売でお弁当の予約が取れるようにしたことの2点である。
第2章は、「「あなたから買いたい」と思わせる接客の極意」である。この部分は、簡易な接客マニュアルになっている。「二言目」の大切さが、とくに強調されている。
セルフサービスのコンビ二と車内販売が異なるのは、接客の仕方である。気の利いた言葉をかけられることで、お客様の反応がちがってくる。売上が変わる。
本書を読むまで、わたしが気がつかなかったことが一つあった。車内販売では、「顧客接点」が独特の形でコントロールされている。通常の店舗では、お客さんがお店に入ってきた、売場に立ち寄る。ところが、新幹線の中では、ワゴン(店舗)が車内の座席(顧客)に近づいていく。ちょうど逆のパターンになっている。
移動する売り子さんに対して、顧客は座って商品の到着を待っている関係になる。顧客との接触(サービス・エンカウンター)は、売り子さんの側に主導権がある。車内販売の特殊性を活かして、どのように顧客に対応したらよいのか。短時間で社内を往復する方法、やたらに声をかけないこと、お弁当を売るタイミングなど、示唆にとんだエピソードが満載である。
第3章の「壁を打ち破る」は、改善提案の仕方について書かれている。題材は、お弁当の開発である。これだけ有名になった齋藤さんだが、ご本人はいまだにパートさんを続けている。窮屈なので、あえて正社員にならないという。それにもかかわらず、JR東日本は、齋藤さんのさまざまな提案に耳を傾けてくれている。それはなぜなのか?
米沢牛のお弁当「牛肉どまん中」の提案や、地元食材を豊富に採りいれた幕の内弁当「はらくっち」(満腹の意味らしい)などの開発がどのように行われたのか。このエピソードを読むと、組織人としての忍耐力と観察の注意深さが大切であることがわかる。
第4章の「プラスをマイナスに変える」は、現場の組織論とモチベーション理論である。車内販売員で齋藤さんは大成功していた。その実践を、自分ひとりのパフォーマンスにするのではなく、会社全体に広げようと思った。その過程で起こった出来事が個人的な経験として紹介されている。
良い接客の仕方と販売方法を、全社に広げるためには、社内に協力者を得るこである。この点は、あまり明確には書かれていないが。とくに、齋藤さんの場合は、粘りづよい説得が必要だと説かれている。
齋藤さんは、「モチベーション」(を高める)という言葉が好きである。大切なのは、後輩の働きぶりを評価してあげたることである。ほめて伸ばしたうえで、そのために、仕事をきちんとマニュアル化することが必要である。
本書は、納得の接客本である。販売員を指導する立場にある方や、売上がいまいち伸びずに悩んでいる店主さんは、是非、ご一読を!
ちなみに、わたしは、再来月の6月6日に、山形まで「東根さくらんぼマラソン(ハーフ)」を走りに行く。エントリー済みである。そして、山形新幹線に乗り込むる予定である。
齋藤さんに会えたらいいな(笑い)と思っている。もちろん、車内では、米沢産の牛肉弁当も当然、買います!