岩崎さんの新刊本が重版になった。11月の発売だったので、予想よりは遅めの増刷だった。王者フジをわずか二年で打ち破った日テレの「フォーマット改革戦略」を開示した解説本である。講演依頼も増えているらしい。タイミングよく、わたしとの共編著『メディアの循環』が今週初めに出版になっている。
23年間、日本テレビ放送網(日テレ)で広告制作や番組編成を担当してきた当事者の著書である。岩崎さんによると、日テレが視聴率でフジテレビを短時間で打ち負かすことができたのは、突き詰めるとつぎの三点に集約できる(小川の解釈)。
(1)徹底した視聴者志向(マーケティング発想)、
(2)テレビ界の常識を覆す番組編成方針の革新(フォーマット改革)、
(3)そのための詳細なデータ分析(競合の徹底的なベンチマーキング)。
これを支えたのが、出戻りで日テレの社長に就任した氏家氏の強力なリーダーシップと、若手中心の番組改革チーム(13名)の編成だった。改革が始動し始めた当時、著者の岩崎さんは、博報堂(化粧品や自動車のCMコピーライター)から転職したばかりだった。ブランドイメージ向上の責任者だったが、ほどなくして改革チームのメンバーに抜擢された。その後は、番組フォーマット改革の中心メンバーとして活躍することになる。
本書では、改革がはじまる前夜の様子(第1章)、フジの強みと日テレの弱みの分析(第2章)、そして改革プランを実行するプロセス(第3章)が順番で紹介されている。
第4章では、視聴率を徹底的に分析する理論武装の日テレに対して、どちらかというと感性を大切にしてスターディレクターを重視してきたフジテレビの社風の対比がなされている。そのちがい(左脳と右脳)が、今日の盛衰を説明している。
また、第5章では、TBSやテレビ朝日、テレビ東京の番組づくりの特長が解説されている。最終章は、実務家として卒業した岩崎さんのテレビへの想いがつづられている。
書名の「一秒戦略」は、日テレの若手チームが、フジと日テレの視聴率推移を一秒ごとに細かく分析し、フジテレビが優位な理由を突き止めていく手順に由来する。
この過程で、若手チームは「視聴の流れ」という概念を発見する。つまり、ある特定の番組は単独で視聴率(ターゲットの視聴)が決まるわけではなく、その前後の自局(日テレ)の番組視聴傾向や、競合局(例えば、フジテレビ)が提供している番組とのつながりにも影響されている。
視聴率の分析から明らかになった新しい発見が、フジテレビに対する日テレの反撃の手がかりになっていく。そこから生まれた戦略を、岩崎さんたちは、おもしろくネーミングしていく。具体的には、5つの戦術に結晶していくことになった。
戦術① 「紙ヒコーキ理論」と「タイ焼きのシッポ理論」(番組の終盤の重視)
戦術② またぎ編成(番組のフライングスタート)
戦術③ CMの挿入のやり方を変える(CMを長々と団子にして入れないなど)
戦術④ 視聴者のターゲットをそろえる(継続視聴を獲得するためにターゲットを変えない番組編成)
戦術⑤ 「コーヒーシュガー理論」(番組宣伝を分散させる)
これらを総括すると、すべからく「視聴者ニーズに寄り添うこと」=「マーケティング発想」で番組編成に取り組むべし、となる。また、理想のタイムテーブルを作るため、旧来からある番組編成の慣習を一から見直すことにした。この場合もっとも重要だったことは、番組制作担当者をこのプロセスに関与させなかったことだろう。徹底した「マーケットイン」の発想でフォーマット改革を推進できたことで、短期間でフジを視聴率で逆転することができたのである。
今日、ブログで岩崎さんの本を紹介しているのは、10数年前に、彼がわたしの大学院生(修士課程)だったからである。いまや共同研究者でもある岩崎さんだが、その二册目の書作が売れるように応援したいという意味もある。
はじめて岩崎さんに会ったのは、博報堂のコピーライターから転身して、日テレで局ブランドイメージの改革(「それって日テレ」は岩崎さんのコピー)を指揮していたころである。日経広告研究所のシンポジウムで、ゲスト講師として登場していただいた。セミナー会場が法政大学のボアソナードタワーだったことも何かの因縁だったのだろう。
そのころ経営学研究科の小川ゼミには、フリーアナウンサー(当時は、テレビ東京所属)の八塩圭子がいた。彼女が岩崎さんを後輩ゼミ生にしようと企んだ結果、青学出身の岩崎さんが翌年、法政大学の大学院(HBS)に入学してくることになった。本書を読んでわかったのだが、ちょうど日テレの快進撃が始まったころのことである。
入学から二年後、無事に修士課程を終えて、岩崎さんは『日経広告研究所報』に修士論文の内容をわたしと共同で執筆することになった。その後は、小川・岩崎・八塩で「視聴者行動について」の共同研究の成果を同誌で発表している。
ほどなくして、日テレに在籍のまま三年間、法政大学の大学院IM研究科客員教授を務めることになった。岩崎ゼミからは、その間に10人ほどの卒業生(院生)が巣立っている(現在も、法政大学大学院兼任講師)。
IM研究科同僚の高田朝子先生の紹介で、慶応大学出版局から広告の専門書『実践メディア・コンテンツ論入門』を出版したのが2013年。今回は、一般読者を対象に本書を上梓することになった。
以上、わたしが岩崎さんの新刊本を推奨している理由である。
なお、岩崎さんの出版記念祝賀会が、さ来週の金曜日、3月17日(夕方から)、法政大学大学院で開催されることになっている。本書の内容をさらに詳しく知りたい方は、参加されてはいかがでしょうか?