本書は、2日前に光文社の編集者の方から、神田小川町のオフィスで手渡していただいた著作である。若い著者の名前を種々のメディアで見かけていたので、専門分野は異なるが期待して読んでみた。本日は日曜日。一件の外出がキャンセルになったので、午後の3時間をかけて読了した。
結論から言うと、第1章から第3章までは、製造業とくに自動車産業の「KAIZEN」の話だった。著者の専門領域のど真ん中なので、そこはとても興味深く読むことができた。ところが、第4章以降に入ると、繰り返しと抽象論が多くなった。最後の方では、一部の議論が空回りしている。つい飛ばし読みをしてしまった。
本書の評価できる点は、若手の研究者とはいえ、生産管理学会の評議員だけあって、製造業の経営や生産管理、QCサークルの展開に関しては知識が深くて詳しいこと。そして、著者自身の主張(日本式経営の概念化)と経営理論をわかりやすく紹介する力量は高く評価できる思う。
しかし、本の表題(+日本式経営の逆襲)で読者に伝えようとしている印象は、部分的に的が外れているようにも感じた。元学者だったひとりの読み手としては、タイトルにある『日本企業はなぜ「強み」を捨てるのか』は内容と齟齬があるように思う。
正確には、「日本の経営学者は、なぜ日本式経営の「強み」をコンセプト化して、堂々と世界に伝えることができていないのか」が適切なタイトルではなかろうか。課題は、日本企業の実践にあるのではなく、それをうまく概念化できない研究者の側に責任があるという意味である。
換言すると、日本企業の強みを「コンセプト」として抽象化できていない研究者こそが、責めを負うべきである(ただし、故野中郁次郎教授や竹内弘高教授、藤本隆宏教授などを除く)。
2000年代に入って以降、日本の経済が停滞しているとはいえ、有力な日本企業のパフォーマンスが著しく低下したとは言えない。国力と企業の業績はまた別物である。真の犯人は、日本企業そのものではない。
もっとも著者の主張の一部は、正しいのかもしれない。そうであれば、全体の論理展開の中に、製造業以上に、小売業やサービス業のイノベーションが含まれるべきである。いまやGDPの半分以上を占める小売サービス業は、外資の日本進出に対しては相対的にはかなり優勢な立場にある。
この間、際立ったビジネスの改善と革新は、実のところは第3次産業の分野で進行しているのである。この国のKAIZENの現場は、21世紀に入って大きく変化しているのである。本書で取り上げられている事例は、ものづくり分野(第2次産業)に集中している。それは、ほぼ2000年までに起こったイノベーションの残り火である。
そして、これから来るのは、遅れてやってくる農業分野(第1産業)で起こるKAIZEN運動とイノベーションである。それは近々、まちがいなくやってくるだろう。
さらに言えば、著者の理論構築のためには、日本の企業が海外で実践しているビジネス移転の現場に範を求めるべきではなかろうか? エージェントモデルを使って、コンピュータ・シミュレーションをしている場合ではない(第5章)。もっと現場で起こっていることを、身体を使って観察してみるべきだろう。
日本が強みとする自動車産業や産業機器メーカーだけではなく、同じメーカー群でも食品加工業や、それと事業的には川下に当たる、流通・飲食業の優れた実践のケースを紹介した方が、著者の主張に真実味が加わるように思う。
著者の研究歴は長いが、経営実務や現場観察で経験不足の感が免れなかった。抽象的な議論の欠点は、企業経営の現場を歩くことでしか補えない。理論と実践のバランスが、筆者には求められているうように思う。そうでない若手の研究者もいるが、わたしが第4章以降に感じた不満は、その点だろう。
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