書評: 電通 abic project編、和田充夫他(2009)『地域ブランド・マネジメント』有斐閣(★★★★)

 地域ブランド本の2冊目に行こうとして、和田先生の本を読んでしまった。本書は2年前に書かれたものである。和田先生から献本をいただいていなかったので、ついつい読みそびれてしまっていた。原田・三浦著を読んで、もしやと思いアマゾンで買い求めた。やはり、ネタ本だった。


先週のブログでは、原田・三浦の『地域ブランドのコンテキストデザイン』にやや厳しい評価を下した。それは、基本的な理論枠組みに、準拠すべき元のアイデアがあるのではないかとの直感からだった。
 三浦先生と共著が多い(たとえば、有斐閣のシリーズ『マーケティング戦略』)、関西学院大学の和田充夫先生が、類似のタイトルの本を書いていたことを思い出した。その影響を受けている可能性があると考えたわけである。
 そこで、2年前に出た和田先生の本(電通が主幹)を読んでみた。その推測はほぼ当たっていた。地域ブランドの構造を、コンテキスト、ゾーニング、アクターズのトライアングルで考えるのは、和田さんたち電通プロジェクトによるものだった。

 そんなわけで、オリジナルの電通プロジェクト本を、林先生の本に行く前に書評することにした。2~3年前に、どこかの学会(消費者行動研究学会?)で、関学に移られたばかりの和田先生と雑談することがあった。「今度の本はおもしろいと思うよ」と、和田先生にしてはめずらしく、自信満々の発言をされていたことを思い出す。
 本書の「まえがき」によると、本書は、5年間の地域ブランドの研究成果である。文部科学省の科研費も、このテーマの「地域ブランドの構築」で受けていた。和田先生の他に、本書には4人の共著者がいる。中堅の消費者行動研究者の女性教員たちである。それに、電通の社員が参加して、本書は完成している。
 各人の担当がどこ部分なのかは、よくわからない。文体が章ごとにちがうので、だいたいの想像はつくのだが、明確にしてもらったほうが評者としては嬉しい。とはいえ、それは本質的な問題ではない。

 本書の特徴は、地域ブランド論を、「地域のブランド構築」に目的を明確に定めていることである。よくありがちな特産品の発掘とか、地域の観光資源を利用した集客(観光事業)を対象にしていない。つまり地場の物産の集合体をマーケティングすることを、地域ブランディングの中心的なテーマに据えていない。第1章「地域ブランド・マネジメントの視点」で、そのような視点を高らかに宣言している。
 第2章「地域ブランドの計画プロセス」から第4章「地域ブランド・コンセプト開発」までと、第6章「コミュニケーション戦略は、プロダクトマーケティングの「製品」を「場所」で置き換えたものである。この部分は、マーケティング・マネジメントを熟知している読者ならば、すんなり読めるはずである。
 
 本書でのチャレンジは、原田・三浦と同じく、地域(場所)をブランディングしようとすると、場所の括りを明確にしなければならないと制約にどう応えるかであった(第5章「ゾーニング戦略」)。
 その方法として、和田たちは、「再構築ゾーニング」と「連携型ゾーニング」という興味深い概念を展示している。前者は、地域資源(神話や物語や遺跡など)を再解釈して、体験できる物語として作り直すことである(例:宮崎県の神話体系)。後者は、複数の地域を連結して場を広げようとする戦略である(例:新潟と長野を連結する「塩の道」)。
 もうひとつのチャレンジは、第7章の「アクター戦略」(評者の解釈=参加者のコントロール)である。地域のブランディングは、主体が組織をコントロールできるような企業活動を対象にしているわけではない。参加者は、地域にする自由人たちである。
 参加のインセンティブもまちまちなので、誰が主体にブランドを作るのか。どのような誘因を与えて、どのような運動を展開するかは、地域にとっては開かれた課題である。主体別(キーパーソン、フォロワー、ヨソモノ)という分類はおもしろい。ただし、説明がフラットのようには思う。あまり操作的ではないかもしれない。

 本書は、読者としてよいターゲットを持つ本なのではないだろうか?
 地域のブランディングに携わるコンサルタント(電通、博報堂、総合研究所)にとって、本書は貴重な枠組みを提供する。若手の研究者が、ゼミ生などに地域ブランディングの事例を研究させるためのテキストして有効に活用できそうだ。
 わたし自身も、大学院の卒業生で、各県や地域ブランドに関わっているコンサルタントに本書を推薦したいと思う。四つ星のとても良い書である。

 欠点を上げてみる。和田先生流のアプローチにいつも共通のことなのだが、全体はあまり分析的に書かれていない。事例もきれいにまとまっていて、読み物としてはよいのだが、事例の本質が要素分解できていない。
 例に挙げた「塩の道」「小布施」などがそうである。一見してわかったようで、実はあまり細部がわかっていないはずである。それは、本の書き方の問題でもある。わたしならば、中心的な事例は、どこか別の章で、きちんと独立して説明しておくだろう。そのほうが絶対に親切である。
 たとえば、頻出する小布施などの事例は、第2部とかコラムで、完結させたほうがよいと思う。わたしは、3年前に「小布施見マラソン」を走ったことがあるからわかるが、万人が小布施の造り酒屋のご主人の一人が、青い目の外国人女性であることを知っているわけではない。

 だから、枠組みを自分の課題に具体的に応用しようとすると、意外に困難を感じてしまうことになるかもしれない。この点は、原田・三浦の書籍にも同じことが言えたはずである。
 次に紹介する林編著の本を同様である。「地域のブランド論」は、コトラーの「場所のマーケティング」と同じくらい漠としている概念だから、細かな注意が説明である。