話題になっている本である。発売(12月3日)から一ヶ月半の時点(1月22日)で4刷りまで行っている。小学館の園田さんが「先生の参考までに!」と研究室に持参してきた。トルコ行きの飛行機の中で読んだ。おもしろかった。
世界でもっとも有名な経営学者は、故P・F・ドラッカーである。ドラッカーの経営書『マネジメント』や『現代の経営』(ダイヤモンド社)をわかりやすく物語で解説した本である。
一般に、マネジメントの本は、難解で取っ付きがむずかしい。企業経営をしたことがない一般人は、理解不可能である。企業経営に携わっているひとでも、その本質をわかりやすく科学的に説明することは決してやさしくはない。
本書の特徴は、長い本のタイトル『もし高校野球部の女子マナージャーがドラッカーの「マネジメント」を読んだら』が示す通りである。企業経営を「野球部のマネジメント」に置き換えて、女子マネジャーが弱小の公立高校野球部(東京都、程久保高校)を甲子園に見事送り込む出すために、ドラッカーの経営理論を応用するというものである。物語そのものなので、筋をそのまま書いてしまうと、読者の興味がそがれてしまうだろう。
ここでは、女子マネジャーの(川島)みなみちゃんや、主戦投手の浅野(慶一郎)君など、登場人物の役割を細かく説明するのはやめておくことにする。よく考えられたドラマの設定である。テンポよく物語は展開していく。ドラッカーをまったく知らなくとも、2時間くらいで読みきれてしまう。
ボリュームが272ページもあるのに、厚さや重たさを感じさせない。コミックを意識した会話体でストーリーを進行させること、改行が頻繁に来ること、専門用語風の「漢字」を使用しないことが、軽く読める秘訣である。作詞家の修業をした筆者の特性がよく表れている。
この本の革新的なことは、経営書なのに、表紙がコミック風になっていることである。若い子をターゲットにしているとも思えないが、書店で見ると、コミック本とまちがえて手に取ってしまうこともあるだろう。夏服セーラーのみなみチャンが、学生カバンを抱えて川原を歩いている姿が、光沢のあるコミック風の表紙を飾っている。
中身を読まなくとも、まずこれだけで本書は店頭で目立ってしまう。マーケティング手法として、よく考えられた表紙作りである。店頭マーケティングを地で行く手法に脱帽である。表紙だけでも、話題になるだろう。
だから、筆者の名前が「岩崎夏海」とくれば、これは女性ライターが書いたと思ってしまう。しかし、岩崎氏は、れっきとした男性プロデューサーである。奥付けで、師匠が作詞家の秋元康氏だと知って、なるほどと納得した。秋元氏には、法政大学の専門職大学院を立ち上がるとき、3年間ほど客員教授に就任していただいた。実に頭の切れる発想の豊かなディレクターである。
たったひとつだけ難をいえば、専門用語や概念の理解がやや不正確なことがちょっとだけ気になる点である。ドラッカーの有名な言葉は、「経営の本質は、マーケティングとイノベーション」であるのだが、著者の岩崎氏はその両方の理解ができていないと見えるところがある。
マーケティングを、「(部分的な)リサーチやニーズ調査」と誤解しているところがある。イノベーションは、画期的な(サービス)製品開発と技術的なブレークスルー、組織開発の組み合わせなのだが、その点をおもしろいコンセプトの書籍にもとめることは、ハードルが高すぎるかもしれない。
こうした欠点を補っても、本書が経営書の市場に新しい光を当てたことは、つまりイノベーションになっていることはまちがいないだろう。わたし自身も新しいスタイルの作家をめざしているので、筋書きの作り方との発想の革新する手法を学ぶ上で、とても参考になった。