書評:菅谷義博『ロングテールの法則』(★★★★)

正直、最初の20頁で眠たくなってしまった。半分まで我慢して読みすすんでおもしろくなった。


序章と2章の「戦略」に関わる部分は、書名が内容を正確に反映していない(きびしいコメントの理由は後述する)。
 したがって、マーケティングにある程度精通している人は、2章まではさっと読み飛ばし、第3章(97頁~)の「戦術レベルのロングテール」から読んでかまわないだろう。3章以降は、実務的にもなかなか示唆に富む内容である。経験に裏打ちされた記述は、目から鱗の部分が多い。
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 「ロングテール戦略」(LTの法則)は、簡単に言えば、ネット社会で登場したIT利用の「効率的な多品種少量サービスマーケティングの仕組み」のことである。慶応ビジネススクールの嶋口先生の言葉を借りれば、著者も述べているように、IT時代の「売れるマーケティングの仕組み」のことである。ITを活用して、どのようにしたら売れる営業・販売の仕組みが作れるのかを伝えるための著書である。そのヒントが随所にちりばめられている。
 内容とタイトルがずれていると言ったのは、ロングテールの法則(20%ー80%のパレート法則への逆提案、出現頻度が上位アイテムに集中せず、確率分布の右の裾野が長くなる現象)については、現象の記述以外に説得的な論理展開がほとんどなされていないからである。もちろん記述があるにはあるが、それは充分に論理的とは言えない。現実面を眺めてみれば、ロングテール法則は、いまだに特定業種(IT関連3つの情報サービス業)に限定的である。現物在庫や物流・店頭が重要な業界や製品分野では、パレート法則が成立しており、多くの業界では充分に支配的である。なぜそうなのかをきちんと論理的に説明すべきである。LT法則ですべてが語れるような記述は、一般読者にはやや不親切である。
 とはいえ、ネーミングで本は売れるものである。その点から言えば、マーケティング的には立派に成功しているタイトルではある。わたしもタイトルで買わされてしまったのだから(著者が元大学院生の清水響子女史が就職した会社の役員さんでもあったので・・・)。
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 本書のポジティブな側面を見てみる。この本の構成には、IT製品の営業の仕組みを作ってきた著者の経験が活きている。「不確定な」クライアントのニーズをマスカスタマイズするためには、どのように営業の流れを組み立てたらよいかについて、多く経験知を開示されている。おもしろいと思ったポイントは、ほぼ第3章にまとまっている。
 「人は成長するから、好みも属性もニーズも刻一刻変化していく(130頁)」(ニーズ変化への効率的な営業対応)。「情報はデジタル(数値)で記録する(136頁)」(リアルと店舗をつなぐ方法論)。「ロングテール戦略(定義がいまいち?)とターゲティングは両立可能である」など。全体としてみると(以下は、わたしの個人的な解釈)、多くの不確定な顧客ニーズ(意見や提案や行動)がシーズ(サービス技術による統制)と出会って、それがアメーバーのように組み合わされて共同価値(共創価値)が形づくられていくとする考え方(グーグルの世界:検索ワードの利用)は現代的な解釈である。
 また、営業の方法を標準化することための自社システムを紹介しているところが興味深い。意外にも、IT企業でそこまで完璧に顧客対応のシステムができていないからである。著者の会社(エンプレックス(株))は、小さな個別ニーズの変化にうまく対応する仕掛けが組み上がっているようにみえる。
 本書に登場する情報サービスは、カテゴリーとして3種類ある。(1)情報コンテンツを販売するサービス(例:デジタル・アーカイブ・ジャパン)、(2)商品(物とサービス(含む人材))を流通させるための取引仲介ITサービス(例:エン・ジャパン)、(3)プロモーション媒体の提供サービス事業(例:グーグル))である。3つの情報サービス業の「プラットフォーム」(事業基盤)を構築しているのが、エンプレックス社のコアビジネスである。カテゴリー分類ごとに、ロングテール戦略の位置づけは異なるはずである。そのちがいを、最終章のようなインタビュー形式ではなく、プロトタイプにまとめてきちんと戦略方針を描いた方がよいように思う。
 蛇足になるが、「ダイレクト・レスポンス・マーケティング」(DRM)の流れは、CRMとは別に、戦後の通信販売の日本への導入にはじまっている(例えば、中澤功氏の著書参照)。その歴史を精査してみると、ロングテール現象には、もっと普遍的な論理法則が発見できるのではないだろうか?