土曜日の日経新聞では、書評欄を読むことを楽しみにしている。おもしろく鮮度が良い本を探すのに書評のコメントを使っている。書評の解説や要約でおもしろそうな匂いがすると、アマゾンで瞬時にポチをしている。
文芸評論家の三宅さんの本もその一冊だった。2021年から2025年まで、著者はとにかくたくさんの本やマンガを読んだり、テレビ番組や映画をよく見ている。だから、彼女が取り上げた本の話は、実におもしろい。
ところがである。読後感は、あまりはかばかしいものではなかった。それは、コンテンツとしての面白さに比べて、本のテーマ(おもしろい本の読み方)に対する論理的な説得力がクリアに伝わってこなかったからだ。「この本の評価はたぶん★5つだろう」と思って読み始めたが、読了後は★4つに星が減ってしまった。
星をひとつ失ってしまった理由は、2つではないかと思う。第一に、「本を読む技術を習得することで話がおもしろくできる」とまえがきで期待させているが、その後に続く各章で展開されるロジックにはあまり説得力がない。
2番目に、「本を読むための5つの技術」が、着眼点としては凡庸だという点である。読者が著者を真似て努力しても、大した成果は得られないだろう。なぜなら、かなり本が好きな評者でも、筆者が押している効能を、この本から感じ取ることができなかったからだ。
三宅さんが推奨している「物語鑑賞の5つの技術」とは、①比較(他の作品と比べる)、②抽象(テーマを言葉にする)、③発見(書かれていないものを見つける)、④流行(次代の共通点として語る)、⑤不易(普遍的なテーマとして語る)(P.30)の5つである。
初心者が①から⑤までを意識して本を読んだ後で、それを誰かにおもしろく伝えようとするためには、実際的で具体的なテクニックが文中には書かれていない。
なぜこの切り口(①~⑤)が説得的でないかと言えば、たとえば、①を実行するためには、たくさんの本を読むことが前提になる。ふつうの読者は、筆者のようにたくさんの本(年20冊~30冊)は読めないだろう。筆者のような高みに昇るには、月一回以上のペースで映画館や劇場に足を運ばなければならない。
一般人にとって、おもしろく本を読んでおもしろく話をする前提がちがっている。そして、②と③を応用するには、かなりマニアックな視点を必要とする。例に上がっている【となりのトトロ】の読み方は説得力があるが、一般の読者はそんな読み方はしないだろうし。
ただし、この本には、従来の読書術とは異なる絶対的に優れた点もある。この本では、書籍やマンガを解説するときの短い要約の仕方が秀逸だからである。著者の切り取りはとてもユニークである。しかも、文章力がすばらしい。もっとも評価する人によっては、カジュアルすぎると感じる人もいないわけではないだろうが。
というわけで、わたしからの提案は、まずは「本のタイトル」を変えてしまうことである。なぜなら、うまく話す人は必ずしもうまく本が読めるわけではないからだ。本書の強みは、コンテンツの肝を短く表現できる文章力である。
だから、そのための技術(要約のポイント)を開陳してあげた方が親切ではなかろうか? 筆者の得意技は、多読と速読の技術である。最後の参考文献をご覧いただくと(P.254-263)、筆者の読書量がものすごいことに気がつく。書籍だけで152冊。必ずしも4年間の読書ではないだろうが、文芸評論家の仕事とは言え、ものすごい分量である。
元も子もない話になる。新潮社の編集担当者は、筆者の速読と要約力、そして表現力の評価をまちがえている。三宅さんが書くべきテーマは、「読み方の技術」ではない。
①素早くたくさん読んで、②内容を瞬時に要約するためにはどうしたらよいのか? そして、③そのための文章表現を習得するためのテクニックを教えることである。通読しておもしろかったのは、改行の仕方や、行を空けるタイミング、「 」や句読点の使い方などである。
(*)追記です。三宅さんにお願いです。巻末の参考文献が何のためにあるのか、ご存知ですか? 自分が読んだ本をリスト化するためにあるわけではありません。読者が「本を検索するために」存在するのです。
たとえば、わたしは、三宅さんの本『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社文庫、2024年)を、書籍の文献リストから探し出そうとして苦労しました。なぜなら、巻末の書籍リストは、この本に登場する順番に並んでいるからです。
これが、”あいうえお順”なら、苗字が「み」の著者を探せば一瞬ですが、書籍リストは「章別」に区切られていません。読者サービスのためにも、次回作以降は「あいうえお順」にソートすることをお勧めします。


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