秘書の武藤泰子さんから、柳井さんの新しい本を送っていただいた。朝日新聞に連載していたコラムをまとめたものらしい。朝日新聞はとっていないので、柳井さんのエッセイを見るのははじめてだった。ご本人の素(顔)が見られる、カジュアルな(ふだん着の)著作である。
柳井さんの本は、『一勝九敗』(新潮社)以来、これまでは、鎧甲(よろい、かぶと)を身にまとっていたと思う。『成功は一日で捨て去れ』(新潮社)でも、まだその傾向が強かった。訴求力があるセンスの良いタイトルだが、どこか肩に力が入っている印象を受けたものだ。
それからすると、今度の本は、肩から力が抜けている。ところどころ、独特のしゃべり口調で書かれている。ときどき、文章が、「~である」ではなく、「~でしょう」で終わる。
柳井さんご本人をご存知の方はわかるだろうが、この文体は、柳井さんの口癖そのものである。話し方がそのままに出ている。
「~」の部分にくる主張が、ご本人としては、一番言いたいことである。柳井さんが、会話の最後に 「~でしょ(う)」と言うときは、自己主張しているときである。それとともに、周囲のひとたちに、その主張の正当性を確認しにきているのである。
本書は、成功した経営者としての経験から、若いビジネスマンや学生に向けて、仕事のやり方、ひととの接しかた、部下の叱りかた、励ましかたを書いたものである。ご自分のしごと人生を振り返り、「ビジネスで無駄に悩まないためのコツ」を伝授したエッセイ集である。
あまり肩の凝らない、仕事術についての読み物である。この軽さが、これまでになく、柳井さんへの親しみを感じさせる理由だろう。構えていないので、文章が読みやすい。
タイトルの「希望を持とう!」は、ビジネスマンが仕事をするときに必要な基本的な姿勢である。サブタイトルには、「自分に期待すれば、必ず活路は開ける!」とある。この短いフレーズが、本書の内容をすべてカバーしている。
まえがきは、震災復興支援の対応からはじまる。第1章の「自己変革を急げ」から、第6章の「希望を持とう」まで、全章の根底にあるのは、日本の経済システムへの危機感である。そのシステムを支えているビジネスマンに対する叱咤激励の言葉である。
「日本人のみなさん(とくにビジネスの場に身を置く人たち)、しっかりしてくださいよ。われわれが自己変革していかないと、日本が沈んでしまいますよ」が、柳井さんからのメッセージである。
内容については、朝日新書を読んでいただくとして、本書の記述の中で、柳井さんとわたしの共通点をいくつか発見したので、紹介しておきたい。読み進むうちに、自分の幼少期のことを思って、ところどころで、苦笑してしまった。
前著(前掲の二冊)と比べると、柳井さんは、ご自分のことを実に率直に書いている。
柳井さんとわたしの第一の共通点は、子供のころに、友達が少なかったことである。いまのわたしを知っているひとは驚くかもしれないが、自分は友人か少ない少年だった。主観だったのかもしれないが、少なくとも自分では、友達のいない孤独な子供だと感じていた。
友人がすくない理由は、柳井さんと同じである。物言いがストレートである。正義感だけは強い。年上だろうが、先生だろうが、相手が偉いひとだろうが、そこは関係がない。
相手が間違っていたら、言いたいことは直接本人に言う。黙っていられない。だから、誤解を受けた。感情で言っているのではない。正しいから、その通りに言っているだけである。
でも、周囲はそのようには受け取らない。態度が横柄だったろうから、相手を小馬鹿にしているように映ったはずである。ずいぶんあとになってから、そのことに気がついたが、時すでに遅しだった。
悪気がないのだが、わたしの理解者はほとんどいなかった。柳井さんも同じだったろう。
二番目の共通点は、すべてにおいて、結果(目標)からものごとを考え、組み立てることである。柳井さんは、2店舗の時に、「自社を世界一のカジュアルウエアのチェーンにする」と決めた。そして、いま、その実現の途上にある。
わたしはといえば、物書きになるために、大学の教員になった。専門領域としてマーケティングを選んだのも、作家になるためである。花の業界で横断的な組織を作ったり、大学のマネジメントに首を突っ込んだりしたのも、すべては現実の組織づくりと運営の方法を学ぶためである。
他人から見れば結果(到達点)に見えるかもしれないが、自分としては、遠い将来に設定した目的を実現するためのプロセスだった。よき作家になる(人間を理解する)ための、長い学習プロセスのひとコマなのだと考えてきた。
だからではないが、失敗はあまり苦にしない。そうした性格に、自らを改造していった。自分を変えられる人間だけが成長することができるのだ(第5章「自己変革の処方箋」)。柳井さんも、本書のどこかにそう書いていた。
そうそう、簡単そうで意外にできない事のひとつが、これである。遠くにある目的のために、いま恥をかくことは大した事ではないと、割り切ることができる。そうした能力である。
大阪府知事の橋下さんと同様に、「ごめんなさい」と謝る準備をいつもしている。あっけらかんとしている(クールな性格)から、それができるのかもしれない。
だから、わたしも不眠症にならない。7時間は、ぐっすり眠る。柳井さんも、不眠症にはならないだろう。だって、悩んでも眠れないときは、ベッドから起きあがって問題点を紙に書き留めたり、データを見なさい、と指摘している。そんなひとは、不眠症にはならない。
最後の共通点は、運が良いことである。この点は、本書には書かれてはいないが、運(を呼び寄せるのは、)自分の努力だけではなんともしがたいものである。
そのことに無頓着(クール)であることも、ふたりの共通点だろう。「自分がコントロールできない問題に悩んでも、結論は出ない」(32ページ)。そんな無駄なことに、悩んでもしかたがない。できることだけしっかりやろうよ!となる。きっと、見切りが早いのだろう。
昨晩、柳井さんの秘書の武藤さんに、「先日いただいた本がおもしろかったので、50冊分けてください!柳井さんの素が出てましたね」と直でお願いしてみた。書籍には、著者割引という制度がある。通常は、著者を経由すると、定価から2割ほど安くなる。たまに3割引きということもある。
注文していただいた本は、ゼミ生の課題図書に24冊(夏休みの課題図書!)。その残りは、わたしの弟子や仕事仲間で、困難に直面しているため、「(未来に対して)希望を失いかけている人たち」に、激励の意味をこめて贈るつもりである。
「自分に期待すれば、必ず活路は開ける!」と、本書の帯には書いてある。
わたしが言うよりは、柳井さんからのメッセージのほうが、伝達力が強いだろうから。ここは、他人頼みである。
なお、25冊分の送り先リストは、このブログでは公表しない(笑)。わたしから、柳井さんの本が届いたら、「(あなたは、)希望を失いかけているようだけど、そんなことはない。きっと困難は克服できる。自分を信じなさい」と、わたしからも言いたいからである。