柴又の老舗川魚料理店「川甚」にて、三浦先生のお弟子さんに出会う(改題)

 気ちがいじみた一日だった。運動不足を解消するため、都内最大の緑地公園、水元公園まで足を延ばした。ただし、熱中症の警報が出ていたくらいで、天気予報では33度。京成金町駅から循環バスを使わずに公園まで20分歩いた。気温は35度を超えていそうだった。



 水元公園は、森と水辺のある公園だ。戦前から造成の計画があったらしいが、開園したのは1960年と遅い。敷地面積は93ヘクタール。ポプラなどが植えてあって、樹木数は約19,100本。とにかく水辺と深い森がある敷地は広大だ。ランナーたちだから、難なく公園を一周できたが、ふつうの人の足では、全園を踏破するのに丸一日はかかるだろう。
 適当に木陰を探しながら、休み休みで10KMを走った。猛烈に暑いので、かなりばてばてになった。途中で、カワセミを探している撮影隊に遭遇。ここは、「カワセミの里」とも呼ばれているらしい。
 一日、子供連れで過ごすには最適の場所だ。滑り台やBBQができる広場もある。たぶん利用は無料だ。対岸は埼玉県三郷市。向こう岸の眺めは、またさらに素敵だ。小さな橋を渡ると、みさと公園も散策できる。
  
 帰りは金町駅までバスを利用。金町湯(かなまちゆ)でお風呂に浸かって、タクシーで川魚料理の老舗「川甚」へ。汗が引くほどに暑さは緩んでいない。時刻は午後4時20分すぎ。
 風呂からあがって地図を見ると、金町湯から柴又帝釈天前の川甚まで、どうやら歩けそうにない。タクシーで10分ほどはかかるだろう。金町近辺のタクシー会社をスマホで検索していると、幸運なことに、客が支払いを済ませたばかりのタクシーが目の前に停まった。

 夕飯は鯉のあらいに鰻重か、あなごが乗った天丼。川甚で川魚料理を食べると決めていた。水元公園でバスに乗る直前に、お店に電話で予約を入れようとした。連休の最終日で、団体さんで混雑しているかもしれない。
 「はい、川甚でございます」。電話口に出た若い男性の応対は、とても感じがよかった。10年ぶりで訪れる老舗料亭だから、店の様子が変わっているのではないかとまずは気になる。
 「5時ごろに着く予定ですが、予約はできますか?」
 わたしがそうたずねると、その男性は、「いえいえ、予約は6千円からのコースだけですので。5時ごろでしたらお席は空いていると思います。予約なしでそのままいらしてよろしいですよ。」
 単品で注文したほうがお得ですよ、という配慮らしい。

 柴又帝釈天まで行くのに、水戸街道(国道6号線)を横切ったからだろう。タクシー料金は千円ほどで、予想をちょっとばかしオーバーした。
 老舗川魚料理店の外観は、昔ながらの建物を想像していた。タクシーを降りてから見た、目の前にあるピッカピッカの建物にちょっと不安を感じてしまう。団体旅行と思える大型バスが5台ほど、大きな駐車場に停まっている。それでもまだ空きスペースがあるから、どれだけ商売が大きくなってしまっているのだろうか。
 
 「さきほど電話した小川です」と名前を告げると、新館の椅子席に案内してくれた。案内してくれた男性は、先ほど電話口に出た若い社員と思われる。そういえば、わたしは電話番号を聞かれなかった。常連さん?と、信頼してくれてのことなのだろう。のれんの先には、個室が3室ほどあるようだが、わたしたちは4人がけの椅子席に案内された。
 おばさんが、ロビーで待っている間に頼んでおいた、キリン一番搾りを運んできてくれた。予定通りに、鯉のあらいに鰻重、あなごなしの天丼を頼んで、ついでにお刺身の盛り合わせも注文した。ビールの後は、日本酒も冷やで2本。暑さの中を10KM走った後なので、スポンジに水を含ませるように、体がどんどんアルコールを吸収していく。

 一時間半ほどの会食で、すっかりできあがってしまった。
 お会計は、一万円と少し。カウンターで支払いを済ませようとすると、先ほどの若者がすくっと立っている。
 「さきほどは、ご配慮いただき、ありがとうございました」
 わたしが予約を取られなかったことの配慮に感謝すると、いろいろと説明を始めた。かなり酔っていたせいだろう。なんかのきっかけで、わたしが名刺を渡そうとすると、法政大学のロゴの下の名前を見て彼は驚いた様子をした。
 「実は、大学院は中央大学の三浦(俊彦)先生の研究室だったんです。先生のマーケティングの本は、よく勉強させていただきました」と。わたしもちょっとびっくりだった。

 いただいた名刺には、
 「川魚料理 柳水亭 川甚
  取締役支配人 天宮純也(あまみや じゅんや)」
とある。

 彼が、三浦先生のお弟子さんだったことを知ってうれしくなった。中央大学の大学院を出た天宮さんは、川甚の跡継ぎになった。大学で学んだサービス精神の基本は忘れてはいなかった。いや、そうした接遇の仕方は、大学で教わったものではないのかもしれない。江戸の商売人の遺伝子(DNA)。
 老舗料亭の川甚さん。いまのお客さんは、東京スカイツリー経由で帝釈天を見学する団体客が多そうだ。それに対応して、店のつくりやデザインは機能的に変わってしまっている。古風だが風情のある店と客間を期待していったわたしには、そこだけがちょっとがっかりだった。
 でも、昔の面影は残っていないが、昔からの接遇は残っていた。近々もう一度、平日の夕方ごろにでも、ゆったりと何人かで店に行ってみたいと思う。
 天宮さん、ごちそうさまでした。川甚さんの商売は大丈夫そうだ。