4年前に、『プレジデント』(2011年6月号)からインタビューを受けた。『しまむらとヤオコー』が刊行された直後で、埼玉企業が好調な理由を問われたからだった。詳しくは添付のブログ記事をご覧いただくとして、記事を見た「Nスタ」(TBSテレビ)の記者から昨日、研究室に連絡があった。
わたし自身はちょうど、「花の国日本協議会」の総会@品川があったので電話には出られなかった。LINE経由で会場に届いた秘書の内藤光香からのメールには、次のように書かれていた。ちょっとおちゃめな記者さんではある。
「法政大学 経営大学院 ご担当者様
お世話になっております。TBSテレビ「Nスタ」を担当している、飯田悠平と申します。
本日の放送(16:00~)でオーストラリアで人気のコーヒー店「マズバズ」日本上陸!について取り上げる予定です。上記内容を展開する際、日本一号店が埼玉、2号店が鳥取ということで、なぜ東京ではないのか?というような話をする予定です。そこで、その理由について調べていたところ、小川孔輔教授が以下の内容でお話をしていたので、是非引用させていただけないかと思い、ご連絡をさせていただきました。
内容 ~ ☆埼玉は日本の縮図☆
埼玉の飲食・小売業はなぜ強いのか?
①人が多いから ②物流が良いから ③土地が安く、低コストだから ④都会と田舎のバランスが取れているから
以上のことにより、埼玉で成功すれば、”全国”でも成功できる!というようなことを展開させていただきたく思っております。ご確認のほどよろしくお願いします。」
わたしは会場からこっそりメールを返信した。「了解です」と、内藤に。
追加のコメントとして、「オーストラリアも埼玉もちょっと田舎、笑」とひとこと。
さて、わたしは、16時から放映の「Nスタ」を見ることはできなかったが、夕方からの懇親会中に、内藤からメールが入った。「先生が「中途半端な田舎」と埼玉を表現しているのが(番組中で)話題に(笑)。「中途半端な都会」と司会者が埼玉県民を気にして表現しなおしていました。」(内藤から)
*参考までに、わたしがプレジデントのインタビューで何を書いていたのかを添付する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(前略)
埼玉出身の3社とは、食品スーパーの「ヤオコー」、総合衣料品チェーンの「しまむら」、ラーメンチェーンの「ハイデイ日高」、である。前2社は、比企郡小川町の出身で、現在はそれぞれ川越市とさいたま市(宮原)に本社がある。
「ハイデイ日高」は、創業者が日高市出身で、1970年代のはじめに大宮(現在のさいたま市)で創業したラーメン店である。前二社に比べると、関東県外の知名度はいまいちかもしれない。それでも、経常利益率が10%を超えているから、飲食業チェーンの中では、「餃子の王将」と並ぶ高収益企業である。
3社の業績はきわめて好調である。その共通点は、しばしば「ダサい玉」と呼ばれる「埼玉」で生まれたことである。その理由を、わたしはプレジデントのインタビューで以下のように答えている。(詳しくは、来月号の「プレジデント」をお買い求めください!)
(1)埼玉は、東京から適当な距離にあること
一番目にあげられるのが、「半径80KM理論」である。埼玉県のほぼ全域は、東京からほぼ80キロの圏内に入っている。東京から80KMエリアは、高速道路を使えば車で1時間。一般道を走っても、往復で日帰りができる距離である。東京発の最先端の流行をきちんと肌でつかめる。物理的にも池袋や新宿までは、一日で往復できるロケーションである。
埼玉県全域、茨城県の中南部、群馬県の南部にまで広がる北関東圏を、80KMのドーナツがすっぽりと被い包みこんでいる。流通業の本社所在地を見てみると、食品スーパーでは、店舗数が国内最大級の「マルエツ」(さいたま市で創業)、「ベイシア」(群馬県前橋市)がある。ホームセンターでは「カインズ」(群馬県高崎市)、家電量販店では「ヤマダ電器」(高崎市)なども、ぎりぎりにこのエリアに入っている。衣料品では、埼玉のしまむら以外は、「ポイント」(水戸市)や「ライトオン」(つくば市)など、茨城県の企業が強いことがわかる。
つまり、北関東の流通企業の成長が著しいのである。東京から80KMのエリアは、都内に勤務する人々のベッドタウンで、人口が多い。マーケットは肥沃である。とくに埼玉は、そのなかでも、近年は人口の成長が著しかったのである。
(2)埼玉は、東日本の物流の「要」にある
埼玉出身企業が大躍進できた背景には、本社所在地が物流の要衝だったことがあげられる。東北新幹線は、開業当初は大宮が始発駅だった。このことを覚えている人は、いまは少なくなったが、事実である。大宮はいまでも一日の乗降客数が60万人もいる。
伝統的に、埼玉は交易都市が多い。利根川水系を利用した水路、秩父へ向かう街道の要衝。現在では、関越・上信越・東北・常磐の各高速自動車道に直結しており、外環道や圏央道も埼玉から先に延びている。「扇の要」に、埼玉県がある。
それ加えて、東北、上越、長野新幹線が埼玉県を起点に走っている。東海道線は東京が「起点」ではあるが、その他の三線は実質的には埼玉県を「基点」としている。物流のスタートは、決して東京ではない。
流通業が全国展開をしていく時に、本社(倉庫)が物流の要衝にあることは大いなる強みである。埼玉は、物流上の利便性が良く、店舗を全国展開しやすいロケーションなのである。
(3)埼玉は、「中途半端な田舎町」である
この言葉は、しまむらの元専務、後藤長八さんから伺った話に基づいてる。わたしが、「しまむらとヤオコーの成長要因が、出身地がともに小川町であったことと何か関係はありますか?」とたずねたことへの返答であった。「小川町が中途半端な田舎町」が、後藤元専務の答えだった。このことば、そのまま埼玉にも当てはまる。
埼玉は、「すごい都会」でもない。さりとて「ド田舎」でもない。そこに住む人間の生活感覚は、ふつうである。いろんな意味で埼玉は標準的で、日本のど真ん中なのである。例えば、ファッションセンスひとつとっても、「適当な田舎くささ」のような感覚は、よい意味で全国に通じるものである。地方に住む日本人に受け入れられやすいのである。その代表格が、「ファッションしまむら」の看板とファッションセンスである。
「ダサい玉」と揶揄される埼玉だが、埼玉こそが日本の中心である。日本の縮図なのである。埼玉で成功すれば、全国で成功できるのである。
(4)地価の安さとローコスト経営の強み
埼玉の企業は、土地の値段が安いために、低コストでオペレーションを磨くことになった。ローコスト経営が可能な埼玉出身企業は、人口の少ない小さな町でも利益を出すことに慣れている。最大公約数の客に愛され、確実に収益が見込めるビジネスモデルを構築してきたのだ。
小さな町で利益が生み出せるビジネスは、人口が多い都心店舗に展開するのに有利である。その逆よりは、明らかに簡単である。しまむらとヤオコーは、いまそうした観点から、東京都心部に向かって店舗を増やしている。
また、大宮出身の「ハイデイ日高」は、390円の「中華そば」を代表メニューに、低価格路線をひっさげて、94年に新宿歌舞伎町に出店した。大ブレイクの要因は、低価格メニューながら高回転の経営を会得していたからである。
(5)堅実で我慢強い埼玉の県民性
プレジデントがまとめてくれた最後の論点は、「ほどほど理論」である。埼玉県民は、総じてあまりガツガツしていない。3社ともに、年率10%程度の成長を長期間続けている。少し具合がよくなると、年率30%や40%の成長で、組織的にも無理を重ねるものである。
適度なほどほどの経営が、埼玉企業の特徴である。ヤオコーとしまむらの経営トップは、業績を無理に伸ばそうとしなかった。身の丈にあった成長を続けてきた。人材が追いつくぎりぎりで、大きくなりたいという欲求を抑制、ガマンしてきたのである。
最後に、おもしろいデータがある。帝国データバンクによると、出身地別の社長輩出数(対人口比)で、埼玉は全国で最下位である。考えてみると、埼玉出身の「カリスマ社長」はひとりもいない。
しかし、埼玉県の経営トップは、総じて協調性が高く、出る杭を打たれないタイプのひとばかりである。ヤオコー、しまむら、日高屋の現社長、会長をみるとそのことがよくわかる。
ある意味で、埼玉人の気質は、中間管理職にぴったりなのかもしれない。