月刊テーミスへの回答(クオリアに関して)

 明日行われるゼミでの議論に先立ち、わたしなりに「月刊テーミス」への回答を準備してみました。昨日が締め切りでしたので、一日遅れの返信です。クオリアに対して、わたしは否定的です。「ソニーらしくない!」というのが根拠です。


井出会長が見たら目をむきそうなコメントですが、わたしはそう考えます。ブランド論が教える「ポジショニング」とはそういうことなのです。鉄則を破ってはいけません。技術者を迷わせるような戦略をトップが指示すべきではありません。 

<月刊テーミスへの回答>
> ① 日本では、特に電化製品を中心に希望小売価格による「定価」販売がなくなって
> います。なぜこのように値下げが激しく行われるのでしょうか。また、欧州では「大
> 人のカルテル」といわれるように、価格統制がうまくいっていて価格の暴落が食い止
> められているといわれますが、日本ではそれは無理なのでしょうか。
> ② 日本の業界で、価格競争に歯止めをかけた業界はあるのでしょうか。
> ③ たとえばエアコンにしても、この20年で価格は大きく下がりました。最近はパ
> ソコンも価格を下げ始めています。ところが、自動車の価格は相対的に下がっていな
> いようです。なぜ自動車の価格は下がらないで、家電の価格は下がるのでしょうか。

 失礼ですが・・・経済学の本を読んでください。解答が書いてあります。
 価格は、「消費者需要」と「制度」(価格規制)と「産業組織」によって決まります。
 とくに、②は無意味な質問です。「誰が何のために、価格競争に歯止めをかける」のでしょうか? 考えてみてください。統制がないところでは、消費者=市場が価格を決めます。

> ④ ブランド戦略に成功した日本企業の1つであるソニーが、新しく高級品路線「ク
> オリア」の展開を始めました。「クオリア」は、先生は今後どのような方向でいけば
> 成功し、どのような問題点があるとお考えでしょうか。

 この点にだけお答えします。拙著「ブランド戦略の実際」(日経文庫、大手の本屋には置いてあります)を読んでください。そこには、ソニーの企業発達史が出井会長自身の講演録として掲載されています。1993年時点でのソニーブランドの真実は、そこから全く変わっていません。出井会長(社長)の時代までは、基本的には優れた製品技術とデザインよってソニーブランドは創られてきました。
 創業期(井深、盛田時代)のソニーの強みは、美しい音を聞かせて、美しい映像を見せる技術でした。カラーテレビ(トリニトロン)の発明とテープレコーダーの開発がそれです。第2期には、製品の極小化技術を追求することで、結果としてウォークマンが生みだされたわけです。製品を小さくする技術によって、思いもかけずに、ライフスタイル提案企業にソニーは変貌を遂げました(大賀氏の貢献)。この路線の先に、SCEのプレイステーション(久多良木副社長)があったわけです(拙著「当世ブランド物語」誠文堂新光社)。
 極小化技術は、現在のソニーの強みである「良いデザイン」につながっています。おそらく内部の開発部隊にとっては、技術志向つまり製品技術への強いこだわりが良い仕事のドライブになっているはずです。ところが、消費者側からみれば「美しさ」(デザイン性)がソニーブランドの基本イメージになります。小さくする技術を橋渡しにして、ソニー技術者とソニー製品を支持する消費者は、一見すると幸せな結婚が継続できてきたのだと考えます。
 そうだとすると、「クオリア」で達成しようとする事業の方向性は、ソニーが持っている優位性(極小技術と消費者の受容性)とは戦略的に齟齬をきたす可能性があります。クオリアのターゲットは、一部の金持ち層(退職後の団塊世代?)でしょうか?製品としてのポジショニングは、リビングルームを占拠する高級感のあるプレミアムブランド。これでは、小さくする技術によって成長し、ソニー的なデザインを生み出してきた経営スタイルを支持してきたソニーファンを裏切ることになります。クオリアが伝えるメッセージは、どこか金満家じみていて、少なくとも私たちが好きなソニーらしくありません。そのように感じます。クオリアは、ソニーの遺伝子にはない領域を目指しているわけです。これまでにないことにチャレンジする精神は、それはそれですばらしきことだとは思いますが、どちらかに賭けろと言われれば、わたしは失敗する方に賭けます。
 クオリアは、ソニーにとって新しい技術とデザインを生み出すことにはつながらないと思います。以下は、ブランド論の鉄則です。一つのブランドが同時にふたつの矛盾するイメージ(「大」と「小」)を占拠することはできない。技術の選択と経営の革新は、ありうべき別の選択(技術の可能性や代替的な戦略)を捨てることによってのみ達成することができるわけです。そこをまちがえると、近い将来、ソニーブランドは凋落の道を歩む危険性さえあります。