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企業経営についての世間の常識は、まちがっていることも多い。ときには、常識を疑ってみることも必要である。一般的に、地方出身の企業であることは、大都市に本社がある大きな企業と比べて、それ自身が大きなハンディキャップと考えられがちである。それに加えて、規模が小さく知名度が低いとなると、ハンディはさらに拡大される。「地方・中小企業の二重苦仮説」は、本当に正しいのだろうか?本稿では、この命題の正しさに挑戦してみる。
1 全国的に知名度の高い大企業も、はじめは中小企業だった
「ローマは一日してならず」である。どんなに立派な文明でも大きな都市でも、現在の規模と形に到達するまではそれなりに長い年月を要しているものである。文明の発達にはおよそ500~1000年、大都市の成長には約200~300年。期間はそれほどでもないが、企業の成長についても同じことが言える。「企業の寿命は30年」と世間でよくいわれるが、老舗店舗や優良製造企業の存続期間は、われわれが思っているよりは長めである。
ファッション衣料品のセレクトショップ、ユナイテッドアローズの重松理会長によると、成功している日本の製造業は約100年、百貨店も創業から約100年、総合スーパーが50年、専門店チェーンの業態は約35年の歴史を持っている。 しかし、この4つのカテゴリーで見れば、メーカーでもっとも高収益な企業は、トヨタ自動車(愛知県豊田市)である。言うまでもないが、トヨタは地方出身企業の代表選手である。土地利用型の製造業から出発した企業の出身地は、地方中核都市の企業城下町に多く分布している(日立製作所、新日鉄製鉄)。大手部品メーカーなども、本社は地方都市に立地しているケースが少なくない。
百貨店はもともと都市型の業態なので、江戸に発祥の起源を持つ老舗がほとんどである(三越、高島屋、大丸、松坂屋など)。また、戦後に成長をはじめた総合スーパーも、東京(イトーヨーカ堂、西友)、大阪(ダイエー)、名古屋(イオン、ユニー)などの大都市出身の小売業で固められている。愛知県は、いろいろな意味で例外かもしれない。
ところが、食品スーパーやホームセンターとなると、立地の主要分布は地方に分散し始める。地方食品スーパーの優良企業であるヤオコー(埼玉県小川町出身、本社は川越市)、ヨークベニマル(福島県郡山市)、ヤマザワ(山形県山形市)、ユニバース(青森県三沢市)は地方中核都市の出身である。ホームセンターもまたしかりである。コメリ(本社は新潟市)とアークランドサカモト(三条市)は、同じ新潟県三条市の出身である。ホーマック(北海道札幌市)、ハンズマン(宮崎県宮崎市)なども地方からの上京組である。
2 「北海道現象」が示唆するもの
人口過疎な北海道で成功する小売業のモデルが作れれば、日本中どこに行っても通用する。独自の小売モデルを築くことで、ごく小さな商圏の中で高いシェアを獲得している企業の存在を、流通業界では「北海道現象」と呼んでいる。
あまり馴染みのない方たちのために説明すると、「(流通の)北海道現象」とは、「スーパーやドラッグストアなど流通業界の各業態において、売上高トップの企業が豊富な品ぞろえや質の高いサービスといった独自性で消費者の支持を集め、さらに売り上げを伸ばし“独り勝ち”して成長を加速させること」である。とくに、北海道内の企業にその傾向が強く見られたことから、メリルリンチ証券のシニアアナリスト、鈴木孝之氏が1998年に命名した言葉である。
具体的に、札幌市に本社がある代表企業5社とは、家具・インテリアのニトリ、ホームセンターのホーマック、ドラッグストアのツルハ、総合スーパーのマイカル北海道、食品スーパーのラルズである。最近、CFSコーポレーション(本社、神奈川県横浜市)との経営統合で話題になっている調剤薬局チェーンのアインファーマシーも、新興北海道企業の一翼を担っている。6社ともに、個性的な成り立ちで、地域ではシェアトップのダントツ企業である。
これらの企業の沿革を調べてみると、6社ともに30年前は実に小さな地方企業であったことがわかる。経営者がベンチャー企業家として立派な資質をもっていたことは間違いないとしても、その成功の秘訣は、地方都市(この場合は北海道札幌市)から出てきたことにあると筆者は考えている。しかし、なぜ札幌のような地方都市出身の企業が、全国的にそれほどまでに成功を収めることができているのだろうか?
3 米国でも地方出身企業が強いのは常識
実は、グローバルに見ても、地方出身企業は優勢なのである。世界最大の小売業、ディスカウントストアのウォルマートは、米国アーカンソー州ベントンビルの出身である。創業経営者のサム・ウォルトンが生まれたのは、小さな田舎町であった。 ちなみに、前米国大統領のビル・クリントンも、同じアーカンソー州知事からアメリカ大統領を目指したことは良く知られている。
創業から200年近くの歴史を持つ世界最大のトイレタリーメーカー、プロクター&ギャンブル社の発祥の地は、ウイスコンシン州シンシナチ市である。そこから世界中に石鹸(アイボリー)と合成洗剤(タイド、チェア)と歯磨き(クレスト)を売り歩くことになった。 穀物メジャーのカーギルや大手加工食品メーカーのゼネラルミルズ、ポストイットで有名なスリーエム社も、ミネソタ州の双子都市(ミネアポリスとセントポール)から世界に飛び出していった。
米国の大手食品メーカーは、酪農地帯や穀物集積地の中心都市から生まれている。それは、20世紀の初頭において、それまで優勢だった商業資本が巨大産業資本に代替していく過程で、地方都市が農産物の集積・加工センターだったことが有利に働いたからである。 そこは、ニューヨークでもなくロスアンゼルスでもなく、シカゴでもデトロイトでもなかった。その意味では、わが国においても、北海道や東北地方が特色のある流通サービス企業を生み出していることは、経済的にも地政学的にも大いに納得ができることなのである。
4 地方の優位性(1): 低コストで安価な商品の提供
話が回り道をしてしまった。本題に戻ることにしよう。米国の例を見るまでもなく、地方を基盤にして事業をスタートすることのメリットは、低コストの実現である。ワールドの支援を受けて原宿でファッション衣料品店をはじめたユナイテッドアローズと、父親の事業を後継して山口県宇部市に小郡商事(ユニクロの前身)という店舗を構えたファーストリテイリングとを比較してみるとそのことがよくわかる。
豊かな大都市で事業を始めるときには、接客上手で商品知識が豊富な従業員を雇うことはそれほどむずかしくない。しかし、雇用機会の豊富な都市では、たとえアルバイトであっても、ある程度の金額を支払わないと質のよい従業員は集められない。テナント料も馬鹿にならない。顧客も金持ちなので、低価格で商品を販売する気には最初からならないだろう。最終的にはプレミアムブランドを志向することになる。その結果、狙った市場が爆発的に大きくなることがない。サザビーリーグやフランフランなども、ユナイテッドアローズの路線に属する都市型のブランドである。意外や意外である。プレミアム商品を企画するときに得られる全体のパイ(消費市場規模)は、それほど大きくないのである。
地方都市で店を開くときは、その逆パターンになる。地方は雇用機会に恵まれていないので、必要な労働力を安く確保することができる。ファッション関連での消費経験がそれほど豊かではないので、従業員の基本知識や接客スキルなどもそれほど高くはない。そこがメリットでもある。というのは、地方でのビジネスの場合、顧客に対しても従業員に対しても、鋭いファッションセンスを期待できないからである。
サービスも商品も、全般について標準型をデザインすることが要求される。「田舎大名(地方出身でセンスがいまいち)といわれながらも、トヨタがこれほどまでに強いのはなぜなのか?」という疑問に対する答えも、このへんに秘密が隠されている。地道な品質改善と着実なコストカットは、都市立地の企業からは生まれようがないのである。
地方にベースを置く生活企業は、基本的には、半歩だけ先を行くファッション感覚で、しかも万人受けするビジネスを構築することを狙う。低価格なだけに、壷に当たると大ブレークする可能性がある。泣かず飛ばずのはずだった企業が、数年で一挙に店舗数500店、売上高1000億円、経常利益200億円に到達できることがある。女性ファッション衣料品チェーンのハニーズ(本社、福島県いわき市)やイング(本社、兵庫県神戸市)などにも、スイートスポットをヒットした「ユニクロモデル」が当てはまる。
4 地方の優位性(2): 地方の生活感と価値観
地方出身企業の二番目の強みは、地方の生活感覚から商品を発想できることである。生活用品のメーカーベンダー、アイリスオーヤマ(本社、宮城県仙台市)のヒット商品は、地方の生活感覚から発想された商品である。具体例を挙げて、このポイントを説明してみよう。
例えば、同社の主力商品である園芸用プランターやテラコッタ、木製品(ラティス)などは、広い庭でガーデニング(庭いじり)ができる田舎暮らしのライフスタイルから生まれたものである。それまでは別売されていた散水用ホースをリールに巻いた状態で、一体型商品として企画販売したのは、問題解決型の開発スタイルからであった。同社のもうひとつのヒット商品群、クリア収納ケースなども、地方に住む消費者の生活の利便性を考えて考案された商品であった。
高額で華美な商品は、地方では売れない。必要最小限の機能性を持たせながら、リーズナブルな価格で販売できる商品を設計するように、開発者には圧力が掛かる。都市部に人口が集中しつつあるとはいえ、首都圏の郊外部までを含めれば、日本人の70%はいまだに「田舎」(ルーラル商圏)に住んでいる。市場規模は、実際的には「ローカル」+「ルーラル」のほうが大きいのである。
5 地方の優位性(3): ローカルの多様性
別の観点から言えば、ローカルに眠っている「多様性」(文化的遺伝子)が世界と日本の企業文化を救うことになる。
地方企業、それも中小企業が元気でないと、商品の世界はつまらなくなる。例えば、野菜や果物、漬け物、うどん、鍋物など、食文化の根本を支えているのは、日本全国に広がる森林と田園風景と海岸線である。都市が生み出した食の基本アイテムは極めて少ない。京野菜といえども、東北の生産者が大量に栽培しているという現実をわれわれは知るべきである。イタリア発祥のスローフード運動に見られるように、多様な食文化を復活させるためには、地方の食品加工業者を大切にする必要がある。
衣料品や住宅関連の企業も同じである。第二次世界大戦後、日本人は欧米の生活文化に憧れ、生活様式を丸ごと変えよう試みてみた。しかし、欧米型生活文化の借用には行き過ぎがあったことに気づき、日本人は和の文化に回帰しようとしている。そのとき、地方文化のなかに眠っている素材を発掘し、 世界に向けてデビューさせることを期待されているのが地方の中小企業である。例えば、有田焼の香蘭社(本社、佐賀県有田町)のように、戦前から世界博覧会に出品してきた日本の中小企業も存在している。『ニューズウイーク』が、世界が注目する日本の中小企業100社を特集しているくらいである。グローバル市場への飛躍能力は高い。
再び、「地方の時代」が訪れようとしている。ただし、21世紀初頭のローカル・トレンドは、ドメスティックな視点から「日本の地方(いなか)」の再来ではない。日本ローカル文化を世界に向けて発信することが期待されている。その担い手は、池内タオル(本社、愛媛県今治市)のように、デザイン性に優れた商品(オーガニックコットン)と国際通用性の高い基本コンセプト(100%風力発電で織ったタオル)を創造できる地方中小企業のリーダーたちである。
<脚注>
日本ショッピングセンター協会アカデミーでの重松理の講演「業態成熟化と新業態の創造」(2007年12月14日)法政大学エクステンションカレッジ。
北海道のホームページ、http://www5.hokkaido-np.co.jp/keizai/ryut。
サム・ウォルトン+ジョン・フューイ(1992)『ロープライス エブリデイ』同文書院インターナショナル。
P&Gの社史、Rising Tide: Lessons from 165 Years of Brand Building at Procter & Gamble (2004)から。
リチャード・S・デトロー(1993)『マス・マーケティング史』ミネルヴァ書房。
ロバート・バーテルズ(1979)『マーケティング理論の発展』ミネルヴァ書房。
ユナイテッドアローズについては、丸木伊参(2007)『ユナイテッドアローズ心に響くサービス』日本経済新聞出版社。ユニクロについては、柳井正(2003)『一勝九敗』新潮社、小川孔輔(1999)「当世ブランド物語:ファーストリテイリング(前・後編)」『チェーンストアエイジ』(1月15日号、2月15日号)。
大山健太郎・小川孔輔(1986)『メーカーベンダーのマーケティング戦略』ダイヤモンド社。
「世界が注目する日本の中小企業100社」『ニューズウイーク日本語版』2007年11月14日号。
池内タオルの紹介は、以下の文献を参照のこと。ピーター・D・ピーターゼン(2000)『LOHASに暮らす』ビジネス社。