『食品商業』が創刊600号記念で「2030年への視座、SMは生き延びることができるか?」という特集を組んだ。JRCの桜井多恵子先生やサミットストア元社長の荒井伸也さんなどが寄稿している。依頼されたテーマとは少し視点を変えて、SMの農業参入と調達問題を取り上げてみた。
オリジナル論文のタイトル(20151128脱稿)は、「生鮮品調達難の時代に食品小売業はどう向き合うか?」であった。『食品商業』(2016年1月号)に掲載されたときは、標題のようにタイトルが少し変わっている。それと対応して、小見出し< >も違っている。以下は、原文のドラフトをそのまま張り付けてある。
「生鮮品調達難の時代に食品小売業はどう向き合うか?」
法政大学経営大学院(教授) 小川孔輔
<飽食の時代が終わりかけて>
日本人の食生活を豊かにしてきた原動力は、近代的なチェーンストアの成長と飲食チェーンの普及だった。約50年前、ダイエーの創業者・中内功氏が好んで使ったスローガンは、「良いものをどんどん安く」。たしかに食料品の価格は安くなったが、「どんどん」を実現するために犠牲にしてきたものがある。野菜や果物などが本来的に備えているはずの美味しさや香り、栄養価などである。
日本人の学びのモデルは、20世紀の米国資本主義が生み出したマスマーケティングとチェーンストア理論であった。模範とされた米国のフードシステムは、農産物や農産加工品の鮮度を保つために、冷蔵・冷凍技術を発展させ保存剤を開発した。国土が広くて物資の輸送距離が長いので、そして米国の食品メジャー(カーギルやドール社など)が農産物のグローバル調達を加速させたために、農産物の品種選択で重視される基準は、輸送効率と廃棄ロスの削減だった。その結果、世界中の農産物は、耕地面積当たりの収量が多くて品質が安定している単一品種(F1品種やGMO)が栽培されるようになった。
わたしたちがいま食べている野菜や果実は、消費者の都合ではなく、どちらかといえば流通の都合で選ばれていることがわかる。ところが、飽食の時代は終わってしまった。日本人一人当たりのエネルギー摂取量の推移を見ると、それは一目瞭然である。たとえば、50年前(1965年)、一人当たりのコメ消費量は、現在の2倍の年間約118KGだった。いまや(2013年)コメは当時の半分の59KGしか食されていない(図表1)。農産物に求められるのは、いまや価格より価値である。米国流のフードチェーンの仕組みも、根本から再構築すべきときに差し掛かっているのである。
<モノが運べなくなることの意味>
日本のフードシステムにとってのもう一つの問題は、物流費と人件費の高騰である。モノが運べなくなったいま、逆説的ではあるが、生鮮品を地域内で消費することが経済的にも利にかなうようになったのである。長期保存と長距離輸送を条件から外していいのなら、野菜や果物の品種の選別基準はちがってくる。生鮮品を地域内で、しかも即時に加工して販売できる流通の仕組みが求められるのである。そうなれば、日本の食品流通から消えてかけていた美味しさ(=旬と鮮度)という価値観が復権することになる。
農産物の評価基準と供給の仕組みが変わることは、食品小売業のオペレーションにドラスティックな影響を与えることになるだろう。食材の調達と加工に関する前提が変わるからである。長距離輸送が優勢な社会では、サイズや形状が不揃いのナスや曲がったキュウリは流通できない。しかし、域内に加工センターがあって、短距離輸送で鮮度と美味しさが保持でき技術があれば、従来であれば非規格品としてロスになっていた農産物も流通させることができる。
そして、競争力の源泉が、安く作れて安価に運べる「価格」から、多少高くても美味しさと鮮度を重視する「価値」にシフトすることの意味は大きい。ナショナルチェーンに対してローカルスーパーが生鮮品のMDで優位に立っている現状を、これはさらに助長することになる。あるいは、全国展開している食品小売業は、地域対応をさらに強化する必要が出てくる。地域の食材が重視されれば、生鮮品の品揃え力がますます食品小売業の差別化のカギになる。野菜では在来種(自家増殖可能な品種)が、肉魚では従来の流通では市場化できなかった特産品が脚光を浴びることになる。[1]
<食のグローバリゼーションは反転する>
農産物を生産する側の都合も、地域内での生産と流通を支持している。
TPP(環太平洋パートナーシップ協定)が世間の注目を集めて、世界の食料供給システムでは自由貿易が推進されると一般には考えられている。しかし、農産物の生産と流通に関するグローバルな環境変化を冷静に眺めてみると、そのトレンドはすでに反転しつつあることがわかる。[2]
農産物の生産には、ふたつの資源が必要である。究極のインプットは、「水」と「光」である。穀物や野菜を加工して遠くに運ぶために必要な化石燃料も、元をたどれば太陽の恵みに由来している。亜熱帯モンスーン地帯に位置しているおかげで、日本は年間を通して降雨量が多い。だから、希少資源として「水」の存在を意識することはほとんどないが、世界の三大穀倉地帯(アルゼンチン、北米、ウクライナ)には、ひたひたと干ばつが押し寄せてきている。農業生産で水が最も希少な資源になりつつあることは、米国農務省のレポートからも明らかである。[3]
この先はどう考えても、東南アジアや中南米、アフリカの人口爆発を補うほどに、「グリーン革命」(農業部門の生産性向上)が進行しそうにない。世界を覆う水不足と気候変動の影響を考慮すると、21世紀の中盤にかけて、わたしたちは絶対的な食料危機に備えなければならないことになる。つまりは、食品小売業チェーンにとっての新たな課題は、穀物と野菜・果物の供給不足と大幅な価格上昇である。農産物の価格変動と供給不足に備えて、調達の問題をどのように克服するかに、他社に先んじて取り組まなければならないのである。
<食品小売チェーンはSPA化に向かう>
2007年に、「食のSPA原論」という記事論文を書いた。[4] いまでも当時の「食品小売業は製造小売業に向かう」という主張は正しかったと思っている。食品小売業と飲食店チェーン(デリカ部門を含む)は、通説とはちがって、「将来は積極的に生産段階に乗り出すことになるだろう」というのがわたしの見通しだった。その根拠として、わたしは5つの条件を挙げていた。
衣料品や住関連用品では、「垂直統合」と「高収益性」の因果法則は当てはまる。ユニクロやカインズホームの事例を見るまでもなく、データ的にもそれは明白であった。[5] そう考えた根拠は、SPA専門業態の強みにある。つまり、小売業が製造段階に関与することで、①「品質」を自社でコントロールできる、②「企画提案力」を組織として醸成できる、③「価格訴求力」と「収益性」を同時に達成できる(高粗利益率)、④「買いやすい売場」が設計できる、⑤「サービス」と「販売プロモーション」の効率が向上する。
ただし、うかつにももっと根本的なことを忘れていた。それは、小売業が生産段階を垂直統合するのは、関係特定的な投資を通して、農産物と農産加工品の調達先を確保するためであるという6番目の理由である。
このことは、2015年に入ってから、とくにTPPをきっかけに農業問題に注目が集まるようになったこととも関係している。最近では、マスメディアが農業をネタに誌面を作ることが増えている。とくに安倍政権になってからは、①輸出志向の農業生産(果樹や米)や②TPPを迎えての規模拡大(大規模農業)、③植物工場への投資などに世間の関心が向かっている。二大流通グループのイオンと7&iは、グループを挙げて農業生産に取り組み始めている。また、代表的な飲食店チェーン(モスバーガー、ワタミ、サイゼリヤなど)も農業分野を自社の経営に取り込もうとしている。
一見すると、どのプレイヤーも生産規模拡大による効率追求を大前提としているように見える。しかし、小売業が取り組むべき農業参入には、別の方向性もありえるだろう。スケールだけを目指すのが唯一の解答ではない。実例を挙げてみよう。ローソンが取り組んでいる「分散型農業FCシステム」への挑戦である。[6]ローソンの農業参入(2010年のローソンファームの設立)への取り組みは、カルビーの元社長・松尾雅彦氏が提唱している「スマート・テロワール」の理論と符合している。[7]
<分散型農業フランチャイズシステム>
「分散型農業FC」とは、小売業(チェーン本部)が農業者グループ(加盟店)を組織して、栽培技術や加工施設の運営をノウハウとして提供するFC制度である。「分散型」の意味は、農場は全国規模の経営を目指すのではなく、あくまでも地域に拠点を置いて運営を主体とする。通常の販売型FCとはちがって、取扱品目は共通化しないで分散させる。そして、基本的に生産物は地域内流通を主体とする。
これは、日本の農業(中山間地が多くて大規模農業には向かない)が目指すべき方向性として一致している。つまり、農産物の大量生産と遠距離輸送を前提にしないのだから、①米国型の単品大量生産をめざす必要はない。つまり、中規模で採算がとれる生産形態を目指すことになる。②生産者が追求すべきは、価格より品質(顧客価値)である。そのために、③差別化された品種や生産方法の改善に努めることになる。[8]
これはすでに、ローソンファームなどで実際に起こっていることである。農業FCを機能させるためには、④農家と小売チェーンが加工段階で提携する必要が出てくるので、⑤卸市場に依存しない物流と商流を構築することになる。⑥生産者は価格主導権を握るためにも、相手先とは長期相対取引の仕組みを構築する。そのときの具体的な相手先(販売先)は、地域の食品スーパーやコンビニエンスストア、飲食店チェーンや旅館・ホテルになる。
<3つの参入モード:地方SMにとっての選択肢>
以上の考察は、日本の食品流通業が、効率重視の単品大量生産とグローバル調達一辺倒の商品政策から離れることを意味している。最終的には、日本国内では、もしかすると欧米でも、農業生産も店舗運営も「地域分散型」に転換していくことが予見できる。
食品小売業チェーンは、ストアブランドの差別化と農産物の供給不足問題に対処するため、いずれ農業分野に参入する必要が出てくるだろう。わたしの主張が正しいとすると、今後、地方のスーパーが相次いで農業分野に参入することが確実視である。
その際、農業参入には、3つの選択肢があることを知っておくべきである。
(1)直接投資型:イオングループ(サイゼリヤ)などが採用している方法。社員が生産にかかわり直営の農場を運営する。
(2)農業FC方式:ローソンのフランチャイズ方式。技術提携をしながら農場とプロセスセンターに投資はするが、農場の運営は農家に任せる。
(3)緩やかな提携関係づくり:セブン&アイグループなどが採用している方式。農場や加工場には直接投資はせずに、相対取引で提携関係を推進する。
3つのうちでどの方式にすべきについて、唯一無二の万能な答えはない。一定のガイドラインはあるが、最善な方式はケースバイケースである。むしろ、食品小売業やサービス業の経営者が、どのように農家と向き合い、どのような商品政策を遂行したいと考えているかに、それはかかっているような気がする。
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<脚注>
[1] たとえば、東京都羽村市の食品スーパー福島屋の取り組みが標準的になるだろう。近代チェーンストア理論では、販売機会ロスを出さないために、商品の店頭在庫が途切れないようにと教えてきた。しかし、地域産で希少な農産品に関しては「売り切れ御免」のMDでもよいことになる。福島徹(2014) 『福島屋:毎日通いたくなるスーパーの秘密』日本実業出版社。
[2] TPPと日本の農産物貿易政策についての正当な批判(日本の農業が過保護であるという主張には根拠がない)については、鈴木宣弘(2013)『食の戦争:米国の罠に落ちる日本』(文春新書)が参考になる。
[3]「米農務省、干ばつで小麦ベルト地帯に「自然災害地域」宣言」(ロイター、2013年10月9日)。
[4] 小川孔輔(2007)「食のSPA」『チェーンストアエイジ』(2月15日号)。
[5] 小川孔輔(2009)『マーケティング入門』日本経済新聞出版社
[6] 「ローソンファーム千葉」に関しては、筆者の個人ブログに詳しく述べられている。「ローソンファーム見学記:小売業の農業参入への新しいアプローチ(農業フランチャイズ)になるか?」(2015.08.05)
[7] 松尾雅彦(2014)『スマート・テロワール:農村消滅論からの大転換』学芸出版社。自らのカルビーでの経験(国産ポテトを使用したチップスなどの開発)を通して、地域農産物の経済自給圏を確立することが、日本の農業を救う道であると説いている。
[8] 具体的な運営形態は、久松達央(2014)『小さくて強い農業をつくる』晶文社で示されている。より具体的な農場規模についての試算は、小川の個人ブログ(2014.02.18)で詳しく検討されている。「農業FCのあるべき姿:分散型の農業生産と個性的な飲酒店(非チェーン型レストラン)をつなぐ」(