年に2回(新年号と夏号)、『DIY会報』に5千字ほどの論考を連載している。今回は、4月に刊行した『ローソン』(PHP研究所、2025年)を上梓した後に着想した「コンビニ3.0」という概念と、それを発見したローソン竹増貞信社長の改革についてまとめてみた。
「ローソン竹増改革と『コンビニ3.0』の発見」『DIY会報』(2025年夏号)*1
文・小川孔輔(法政大学名誉教授、日本フローラルマーケティング協会会長)
1 はじめに
ローソンのコンビニ改革を扱った書籍『ローソン』を、今年の4月にPHP研究所から上梓した。コンビニの現場取材やローソン関係者へのインタビューを整理して、一冊の本にまとめたものである。中核部分は、ローソンの竹増定信社長が主導した「ローソングループ大変革実行委員会」のプロジェクトである。
大変革実行委員会は、10個のサブプロジェクトから構成されていた。それぞれのサブプロジェクトに関連させて、書籍は12章(+プロローグとエピローグ)で構成することにした。各プロジェクトをリードした若手・中堅社員たちの取り組みを丹念に整理して、新しいコンビニの業態が誕生するまで、約5年間(2020年~2024年)の改革プロセスの成功要因を分析してみた。
2024年6月から執筆を開始したが、執筆の期間中もほとんどのプロジェクトは順調に成果を上げ続けていた。実行委員会が掲げた中期経営計画(チャレンジ2025)の目標(>EPS(一株当たり利益)500円、>ROE(自己資本利益率)15%)は、驚くべきことに2年前倒しで達成された。
2 ローソン竹増改革の成果
竹増改革の成功は、ローソンのステークホルダーだけでなく、株式市場の関係者を大いに驚愕させたと思う。それは、コンビニ業界3番手の企業が、コロナ禍の中で苦戦が伝えられていたからだった。強者セブンよりフォロワーのローソンが、より高い業績を上げているとは、誰にも想像できなかったからだろう。
2023年末から現在(2025年5月)に至るまで、ローソンの平均日販(既存店)が対前年比で3~5%伸び続けている。それに対して、セブンの平均日販(既存店)は、同時期にほとんど伸びていない。ローソンとセブンの日販格差(約12万円、2024年)が少しずつ接近してきている。
竹増社長の下で、ローソンがV字回復を達成できたのは、セブン-イレブンが踏み込むことができなかった「チェレンジ2025」などの取り組みによるものである。詳しくは拙著『ローソン』を参照していただくとして、竹増改革は4つの軸から構成されていた。*2 すなわち、「地球に優しい」「人に優しい」「ローカル立地戦略」「圧倒的な美味しさの追求」である(図表1)。
図表1の左側は、マーケットリーダーのセブン-イレブンが取り組みに消極的だったテーマである。それに対して、「フードロスの削減」から「商品開発のローカル化」に至るまでの10個の課題に対して、他社に先駆けてローソンは積極果敢に挑戦してきた。
<<この付近に 「図表1 竹増改革とチェレンジ2025」 を挿入>>
執筆を終えた段階で、竹増改革の先を予見してみた。そこで気がついたことは、大変革実行委員会の活動を通して、「コンビニという業態が新しいステージに入った」という確信だった。ローソンは、2025年6月に創業50年周年を迎えている。そのタイミングで、竹増社長は「チャレンジ2030」を起案した。大変革実行委員会(チャレンジ2025)の成果の先に新しいコンビニ像を明確に構想することができたからである。
筆者は、新しいコンビニの時代に、「コンビニ3.0」という名称を与えてみた。以下では、竹増改革に触発されて発見した「コンビニ3.0」のコンセプトを取り上げる。ここで、日本のコンビニの歴史を復習してみることにしよう。それは、連続的なイノベーションの歴史でもある。
3 セブン-イレブンが主導した「コンビニ1.0」(1974年~1999年)
1974年5月15日、江東区豊洲にセブン-イレブンの一号店が誕生した。伝説の一号店の店主は山本憲司オーナー。「コンビニ1.0」は、そこからセブン-イレブン(・ジャパン)が1991年に米国サウスランド社を買収して、コンビニ業界でセブン一強になる1990年代後半までの時代である。
経営戦略論では、「先駆者優位の理論」という理論仮説が知られている。革新的な新商品やサービスを最初に市場に投入した企業を、2番手以下の企業が追い越すことは難しいという理論である。コンビニ1.0の時代には、2番手のローソンもファミリーマートも、基本的に事業のコア部分はほぼセブンのコピー・フォーマットだった。
別の視点から、コンビニ1.0は、米国サウスランド社のコンセプトをセブン-イレブンがジャパナイズしていった時代でもある。経営の実際を担っていたのは、イトーヨーカドー出身の鈴木敏文氏である。日本の「コンビニの父」と呼ばれる鈴木氏の貢献は、メーカーやベーダーと協力しながら、差別化された新商品を開発する「チームMD(マーチャンダイジング)」の仕組みを作ったことである。
また、セブンイレブンは、世界初のPOSで単品管理システムを導入した。物流の合理化には、共同配送システムの構築で先駆的な役割を果たしている。どちらも、セブンのイノベーションを体現するものだった。
4 商社の系列から社会インフラになるまで「コンビニ2.0」(2000年~2024年)
21世紀に入ると、ローソンとファミリーマートは、商社と業務提携を始める(三菱商事:2000年、伊藤忠商事:1998年)。商社の資本系列に入った2社は、総合商社の商品調達力や資金力を活かして、競合チェーン(サークルKやスリーエフなど)を次々に買収していく。3社寡占になるまでの25年間が、「コンビニ2.0」の時代である。
コンビニ2.0の折り返しに当たる2011年3月11日に、東日本大震災が発生する。そこで、コンビニの社会的役割が根本から変わることになった。近くて便利なコンビニは、24時間365日無休の営業で、美味しい商品や公共料金の振り込みサービスなどを提供してきた。しかし、3.11以降は、人々の生活を支える頼りになる場所と認知されるようになった。
社会的なインフラとなったコンビニに、それまで来店しなかった顧客層を見かけるようになる。コンビニ1.0の時代は、来店客の多くは若者だったが、東日本大震災以降は、中高年やファミリー層がコンビニのメイン客層に加わった。
一方で、コンビニ2.0の後半では、24時間営業の是非が問われ、フードロスの問題などが社会課題になった。フランチャイズオーナーとの裁判沙汰も頻発した。便利さの陰にあるコンビニの負の側面が問題視されるようになったのである。
5 「コンビニ3.0」の時代に求められるもの(2025年~)
コロナが終息して以降、コンビニを取り巻く環境が大きく変わった(図表3)。
コンビニに限らず、小売業で起こったことは、①顧客接点の変化である。例えば、セルフレジのような非接触型の接客方法を工夫する必要が出てきた。人手不足も重なり、リアル店舗の自動化やデジタル化が進んでいる。
コンビニ3.0では、②業態間の競争が激化することが予想される。コンビニ業界は、これまではコンビニ同士で競争していた。ところが、コンビニと競合する相手は、いまやスーパーやドラッグストア、レストランなどである。それとは逆に、ローソンが無印良品を導入しているように、他業態との業務提携が盛んになると考えられる。業種を超えたコラボレーションが推進される経営環境が生まれている。
コンビニ3.0の時代では、③取り扱う商品カテゴリーが広がっていくだろう。従来は食品中心だった品ぞろえに、日用雑貨やカジュアル衣料品が加わってきている。たとえば、ファミリーマートはアパレルにも力を入れている。コンビニ雑貨や衣料品の品質が向上してデザインもよくなり、ファミマの「コンビニウエア」の販売実績も好調である。
少し前から一般医薬品(OTC)がコンビニでも買えるようになった。今後は、医療分野のサービスが、コンビニで活用できる可能性も出てきている。例えば、病院や医師が不足する過疎地では、コンビニが遠隔診療の拠点になるだろう。医療機関との連携では、ローソンが導入をはじめたアバターを活用しながら、コンビニが患者と医師の仲介役になる未来が予見できる。また、ローソンは書店併設型コンビニで書店の機能も担い始めている。
<<この付近に 「図表2 コロナ後の社会変化」 を挿入>>
6 結論:未来のコンビニの姿
「コンビニ3.0」の時代を生き抜くコンビニは、コンビニ2.0で積み残してきたいくつかの課題(24時間営業、フードロスの削減、オーナーとの関係改善)をクリアできる組織だとわたしは考える。
いまや社会的なインフラとなったコンビニではあるが、従来のように株主やベンダーの方向だけを向くべきではない。顧客や地域社会が求めるニーズに真剣に向き合い、オーナーやスタッフと良好な関係性の構築に努力したコンビニが、コンビニ3.0の勝者になる。その意味では、株式を非公開化したローソンやファミリーマートには大きなチャンスがある。
筆者は取材を通じて、7年ほど前からローソンの取り組みに注目してきた。ここに一枚のポンチ絵がある(図表3)。竹増社長が2023年度の決算説明会で提起した「ローソン・タウン」の構想である。きっかけは、北海道稚内市や和歌山県龍神町など、ローソンが過疎地への出店で成功を収めた事例から、竹増社長が着想したアイデアである。
いま過疎地では少子高齢化が進み、スーパーや商店などの商業施設が次々と姿を消している。ところが、過疎の町にコンビニが出店すると、そこに住む人々の生活がコンビニを中心に回り始める。例えば、ローソンは埼玉県秩父地方で店舗に出向くことができない高齢者のために、ドローンで商品を届ける実験を始めている。また、町役場や病院、図書館のような公共施設の機能の一部をコンビニが担い始めている。
コンビニ3.0では、3.11で社会インフラになったコンビニが、文化的なインフラをも包摂する存在になることが期待される。地域で暮らす人々の生活を守るために、コンビニが地域の「ハブ」としての施設に生まれ変わる。ドローンやアバターは、地域のニーズを満たすための先端技術の役割を担うことになる。未来のコンビニは、単なる物売りのサービス業ではなくなるだろう。地域に根を張り、マチを支えるインフラを提供する組織になるのである。
<<この付近に 「図表3 「ローソン・タウン」構想 を挿入>>
7 あとがき
本稿は、ホームセンターの経営にダイレクトに関連したテーマを取り上げたものではない。コンビニという他の業態で、5年間で起こったイノベーションを扱った論考である。
店舗立地や取扱商品、顧客行動は、コンビニとホームセンターでは大きく異なっている。しかし、コンビニもホームセンターも、人手不足やデジタル化の進展など経営環境の変化には共通する部分がある。また、本稿で取り挙げたローソンは、業種的にはやや遠いと思われるKDDIからの資本を受け入れ、ファミリーマートと袂を分かった良品計画とは思い切った協業に踏み出している。
新しい資本関係や他業種との提携がどのような結果をもたらすかはいまだ不確定である。そうではあるが、自社の事業構造を果敢に変えて、未来に投機しようとする姿勢には学ぶべきものがある。そのように考えて、今回は、ローソンの改革について取り上げることにした。
<注>
[1] 本稿は、オンラインメディア『News Picks』の論考「コンビニ特集③:マーケ研究の第一人者が予言する「コンビニ3.0」の勝者」(2025年4月)の原稿を加筆修正したものである。
[2] 小川孔輔(2025)『ローソン』PHP研究所。
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