[マーケティングリサーチ]の用語解説

昨年度の夏からの作業中の原稿である。法政大学経営学部創設50周年記念事業として準備している「経営用語集」の中から、わたし(小川)が担当した部分「マーケティング・リサーチ」の関連したものを抜粋して紹介したい。それぞれが数百字の用語解説になっている。たまには、この手の「硬い解説」も掲載をお許しください。


「経営学用語集」(法政大学経営学部創立50周年事業出版)
 担当科目:「マーケティングリサーチ」     
 担当者:  小川孔輔(経営学部教授)
 バージョン:初版
 作成日;  2008年9月18日

1 定量調査(Qualitative Research)
 マーケティング現象を量的に測定するための方法一般を指す。マーケティング調査には、「探索的リサーチ」、「記述的リサーチ」、「因果リサーチ」の3つの種類がある。定量調査は、主として、記述的リサーチと因果的リサーチを実行するためのアプローチである。ただし、探索的リサーチにも、定量的方法が用いられる場合がある。
記述的リサーチは、特定の消費者グループやターゲット市場、特別なマーケティング環境など、明確な調査対象について、その特徴や現状について、その特質や記述することが目的である。
 因果的リサーチは、マーケティング現象についての原因と結果の関係について、その関係の方向性と強さを特定化するための手法全般を指す。回帰分析や共分散構造分析など、多変量統計解析の手法が用いられる。
 定量的な手法としては、実験法、観察法、質問法がある。実験法には、室内実験、店頭実験、消費者使用テストなどがある。観察法の代表的な方法は、動線調査や店頭観察調査である。小売業の消費者行動を観察するための方法である。
 質問紙法は、消費者や企業にアンケートを送付して質問に答えてもらう調査である。これは、個別調査(面接法、電話法、郵送法)と集合調査(集合面接、集団面接)に分かれる。
 近年では、自動的に販売データなどが収集できるようになったので、POSデータやネットの購買履歴やログデータなどは、コンピュータでデータが自動的に収集できるようになった。ネットを利用したコンピュータインタビューなどの手法も開発されている。なお、質問調査に関しては、ネットを利用したパネル化が急速に進展している。

関連項目: 定性調査、因果分析、質問紙法

2 定性調査(Qualitative Research)
 マーケティング現象の本質を、定性的に把握するための方法一般を指す。調査対象(システム)の振る舞いや、調査目的が漠然としている場合に採用されることが多い。「探索的リサーチ」は、ほとんどが定性的な調査アプローチにより実施される。
 マーケティング課題が漠然としている場合、例えば、新しいアイデアを発想したり、定量調査のための調査仮説を作るためには、アドホックに探索的なアプローチが採用される。課題発見型の代表的な手法としては、グループインタビュー、KJ法、関連樹木法などが知られている。こうした手法は、グループで討議することが通例である。
 「参与観察」も、定性的なマーケティング手法に分類される。この手法は、文化人類学で開発されたもので、観察的な手法をマーケティング分野に応用したものである。例えば、コアユーザの消費行動や意識を調べるために、対象者と同じシチュエーションで商品を使用したり、対象者の生活場面を観察するなどのアプローチがとらえる。対象者と同じく疑似体験することで、直面している課題や事象について理解を深める方法である。
 この観点から言えば、消費者調査のうちで、商品テストや店頭観察などの一部は、定性調査法の側面も含んでいるとも言える。

 関連項目: 定量調査、グループインタビュー

3 マーケティングモデル(Marketing Models)
 マーケティング現象を説明するために、システムを構成する要素間の関係を模式的に表現したもの。マーケティングモデルは、①マーケティングシステムの基本要素を数学的な統計モデル方程式で表現するか、②因果連鎖(要素間の関連性)をグラフィック・システム(チャート・システム)で表現するかで、ふたつの類型に分かれる。
 一般的には、マーケティングモデルと言えば、前者の「統計的モデル」を指している。ただし、「システム・ダイナミックス」や、近年ネット上での口コミの伝播を表現するために盛んに用いられるようになった「グラフ理論」(代表例は「キーグラフ」)などは、後者のグラフィック表現に属するマーケティングモデルである。消費者行動モデルのほぼ半分は、例えば、外界からの刺激、消費者の認知、態度、選好、購買行動などを、因果連鎖で表しているチャートで表現したものである。
 前者の統計モデルにも、いくつかのカテゴリーが存在する。消費者行動モデル、製品の普及モデル(バス・モデル)、マーケティングミックス・モデル(価格反応モデル、プロモーションモデル、販売員努力モデルなど)、あるいは、立地選択のための引力モデルなどである。これ以外のマーケティングモデルは、基本的には、オペレーションリサーチやマネジメントサイエンスの応用分野からモデルの形式を借用してきたものである。
統計的な消費者行動モデルは、ブランドスイッチや継続購買を表現するために開発されてきた。1980年代に入って、POSデータが分析に活用できるようになった。それ以降は、価格やプロモーションへの反応を取り込んだマーケティングミックス・モデルが、マーケティング意思決定の応用的なツールとして利用されている。

 関連項目: 因果分析、POSデータ

4 グループインタビュー(Group Interview, Group Discussion)
 定性調査の代表的な手法。短く「グルイン」、あるいは「グループ・ディスカッション」とも呼ばれる。新製品の開発アイデアや当該企業が抱えているマーケティング課題について、少人数からなるグループで討議してもらうことで、新しい商品アイデアを出したり、消費者ニーズを探る方法のこと。
 ターゲットとなりそうな消費者を調査会社が探してくること(リクルーティング)から、グループインタビューははじまる。ひとつのグループの人数は、米国では6~8人、日本では5~6人と言われている。リクルートの対象者は、潜在顧客の中で、年齢、性別、居住地区などの特性がある程度ばらつくようにすることが大切である。ひとつのセッションの時間は、60分から一時間半が目安である。どんなに長くても、参加者の疲労度を考えると、2時間が限度である。
 グルインの進行は、調査会社から派遣されたインタビュアーがコントロールすることがふつうである。しかし、ある適度の経験と知識を持った人であれば、クライアント自らが司会者を務めてもよい。いずれにしても、特定のマーケティング課題について、参加者に自由に話してもらえる能力をもっているかどうかが、司会者を選定する基準である。クライアントは会場に臨席してもよいが、マジックミラーが設置された場所であれば、隣室で討議の様子を観察していたほうがよい。そのほうが、自由な討論を引き出しやすい。
 グループ討議が終了したら、そこで出た参加者の意見を取りまとめる。特定課題の解決に向けては、しばしば「KJ法」と呼ばれる整理法が採用される。KJ法の手続きは、つぎに4段階を踏む。まず、①参加者の意見を一枚ずつ「カード」か「ポストイット」に書き込んでいく。②それらの意見の関連を、似たようにグループにまとめる。③各事象の「因果連鎖」か「上下関係」を軸にして、グループ間あるいはカード間の関連をつけて整理する。最後にそこから、④マーケティング課題に対する解決の糸口やヒントを見つける。

 関連項目: 定性調査

5 POSデータ(Point of Sale Data, Scanner Data)
 スーパーマーケットやコンビニエンスストアの清算レジで、バーコードを読み込んで記録され、蓄積された商品販売データ。米国では、「スキャナー・データ」(「スキャナーで読み取ったデータ」の意味)と呼ばれている。現在では、POSデータという呼称が世界の共通語になった。
 世界共通のコード体系で、商品コードのシステム統一されている。UPC(Universal Product Code)とも呼ばれる。日本は、JANコード(Japan Article Number)である。13桁のコード体系は、最初の2桁が「国別コード」(日本は45か49ではじまる)、つぎの5桁が「メーカーコード」、つぎの5桁が「商品コード」で、最後の1桁は「チェックディジット」に対応している。
 POSデータは、当初は、チェックアウトレジでの打ち間違いや店頭での商品補充発注作業の効率を高めるために導入された(POSデータ利用の「ハードメリット」)。商品の受発注で電子化を促進するためには、POSの導入は必須であった。その後、上記のようなハードメリットは、どの業態でも当然のことになった。
 大量に蓄積されはじめたPOSデータに求められたのは、いかにマーケティングに役立てるかの「ソフトメリット」であった。これまで、POSデータを活用するために、マーケットリサーチャーは、さまざまなモデルを開発してきた。新製品の予測、マーケティング変数(価格、プロモーション、広告)の反応モデルなどである。販売の予測精度を高めて、マーケティングの資源配分を最適化するためにPOSデータは用いられている。

 関連項目: 定量調査、因果分析、マーケティングモデル

6 ネット調査(Internet Research; Internet Market Research)
 狭い意味では、インターネットユーザを対象にアンケート調査をすること。広い意味では、インターネットを経由して実施される調査全般のことを指す。一般には、前者の狭義のインターネット調査のことである。
 従来からの「ランダムサンプリング」(無作為標本調査)を前提にしてきた郵送調査や電話調査は、近年は実施が困難になってきている。調査への一般人の協力度が落ちて、回答率が低下している。それに加えて、住民基本台帳の閲覧が自由にできなくなった。調査コストの上昇もあって、マーケティング調査はネット調査にシフトしてきている。
 ネット調査が優勢になったのには、上記のような調査環境の変化に加えて、以下の5つの特性があげられる。①調査データのコーディングが不要なこと(入力コストがゼロ、入力ミスが起こらない)、②データの集計と分析のスピードが圧倒的に早いこと(即日にレポーティングが可能)、③事前に対象者をスクリーニングしやすいこと(簡単な質問で適格者を選定)、④分岐質問などの複雑な調査デザインが可能なこと、⑤不完全な無効回答を排除しやすいこと(入力時間や項目チェックの自動化)。
 ネット調査のマイナス面としては、従来から、①情報感度の高いグループが登録しているので、調査対象者が一般人とは違っている(対象者特性の偏り)、②回答慣れとポイント(インセンティブ)欲しさでの回答が指摘されてきた。前者については、ネット利用者の裾野が広がってきたので、いまや必ずしも対象者が特殊であるとは言えなくなっている。偏りを統計的に修正する手法も開発されている。後者については、不正回答者やインセンティブ目当ての回答者をコントロールする手法が開発されている。

 関連項目: 無作為抽出法、質問紙法

7 無作為抽出法(Random Sampling)
 アンケート調査などの分析対象となる全体集団のことを「母集団」(Population)とよぶ。国勢調査や事業所統計調査など、政府・官公庁が実施する特別な場合を除いては、母集団メンバーのすべてを対象に実施する「全数調査」は、予算的にも実施面でも現実的ではない。そこで、実際的には、母集団から「標本」(Sample)を抜き出し、標本の特性値を求めることによって、母集団の特性を把握することになる。
 母集団の特性値、例えば、平均値や中央値(あるいは標準偏差や分散など)は、抽出した標本から推定する。その場合、ある手続きで抽出してきた標本から計算される期待値(標本平均)や標準偏差(標本標準偏差)が、確率的に母集団の特性値(母平均や母標準偏差)と一致する抽出法が望ましい。この特性は、「不偏性」(Unbiasedness)と呼ばれる。
 「無作為抽出法」あるいは「ランダムサンプリング」とは、母集団を構成する各メンバーが、標本として選択される確率が同じになるように設計された標本の抽出法を言う。通常は、母集団を構成するメンバーに、系統的に番号を割り当てておく。そして、例えば、コンピュータでランダムに番号を発生させて、その番号に当たったメンバーを対象者として抽出することにする。
 無作為抽出法は、理論的には偏りのない標本の抽出法である。しかし、現実的には、母集団が、例えば、日本全国など、対象者が地域的に分散している場合は、まず、対象地域そのものを無作為に抽出したあとで、抽出された地域の中でさらにメンバーをランダムに抽出するなどの工夫が必要である。こうした標本抽出法は、多段階抽出法(この場合は、2段階抽出法)と呼ばれる。この場合も、サンプリングの不偏性は担保されている。

 関連項目: 定量調査、質問紙法

8 因果分析(Causal Analysis)
 商品の価格と販売数量の関係のように、原因となる変数(価格)が変化すると、影響を受ける結果変数(販売量)が、ある規則性を持って変化する場合、その現象には「因果関係」があると言われる。因果関係を統計的に実証するためには、原因変数と結果変数について、分析可能な数量的なデータを収集することが必要である。
 因果分析の代表的な手法が、「重回帰分析」(Multiple Regression Analysis)である。基本的には、原因となる変数(独立変数、説明変数)の一次結合で、結果変数の値(従属変数、被説明変数)を予測する統計手法である。原因変数の係数値は、「回帰係数」と呼ばれる。標準化された指標「標準化係数」は、独立変数が従属変数に与える影響度の大きさを示す表わす尺度値になる。変数間に因果関係があると主張する判断材料として、全体モデルが因果関係を説明しているかどうかの指標「決定係数」が用いられる。
 重回帰分析は、広い意味では、因果分析モデルの中では、「線形バージョン」(説明変数の一次結合)に属する手法である。原因と結果の変数間に線形性が想定できない場合には、遺伝子的な手法などが開発されている。
なお、観測データの合成指標を用いて因果分析を行う手法として、近年は、「共分散構造分析」が用いられるようになっている。共分散構造分析は、統計手法的には、因子分析と重回帰分析を組み合わせ手法である。基本的には、複数の概念間の因果構造を同時に推定する手法である。

 関連項目: 定量調査、因子分析、マーケティングモデル

9 因子分析(Factor Analysis)
 観察対象の特性を数値で表わしたいとき、観測不可能な「潜在因子」(factor)と呼ばれる「構成概念」を合成して、観測値が生成されると考える分析の立場。あるいは、実際的には、観測データのセットが与えられたときに、その背後にある潜在的な因子を導出するための統計的な手法のこと。
 元々は、心理学で開発された手法である。人間の心理特性や能力を試験によって評価するため、学力や心理特性が観測不能な基本的な因子から合成されているとする考え方。例えば、英語、数学、国語、理科、社会など、複数の試験結果データから、回答者の「能力因子」と呼ばれる潜在的な心理特性値(例えば、計算能力、言語能力などの因子得点)を導き出すことになる。
 マーケティング調査でも、因子分析が多用されている。というのは、とくに、消費者調査ではしばしば、商品やサービスに関して回答者からさまざまな切り口から評価点を記入してもらうことが多いからである。観測データから、対象商品やサービスに潜んでいると思われる潜在因子を推論できるので、消費者心理などを読み取り、解釈するために便利な手法である。したがって、消費者調査などでは因子分析が多用されている。
計算によって求められた潜在因子と元の観測データの相関(係数)が、「因子負荷量」(Factor Loading)である。これは、潜在因子と観測データの結びつきの大きさを表す指標で、両者を関連付けるために用いられる。また、推定された潜在因子の得点は、因子得点(Factor Score)と呼ばれる。
 マーケティング調査では、データを分析するときに、消費者や商品・サービスが因子得点を用いてグルーピングされる。そのため、因子分析は、クラスター分析や重回帰分析(因果分析)と組み合わせて用いられることが多い。

 関連項目: 定量調査、クラスター分析、因果分析

10 クラスター分析(Cluster Analysis)
 対象を分類するためのデータ分類法のひとつ。マーケティングリサーチでは、調査対象となる消費者、あるいは、商品やサービスをグルーピングするために用いられる。消費者を分類する場合は、類似した心理的・行動的特性を持った消費者をセグメンテーションすることが狙いである。つまりは、対象をグルーピングして、集団間での特性の違いを知ることが最終目的である。
 クラスター分析は、大別すると、「階層的な手法」と「非階層的な手法」に分かれる。マーケティングリサーチでは、ほとんどが階層的な手法(階層クラスタリング)である。そこで、以下では、階層的な手法だけを説明する。なお、非階層的な方法は、初期のクラスター数が決まっており、逐次的にメンバーの「入れ替え」を行う方法である。
 クラスター分析の第一ステップは、分類したい消費者や商品について、各対象間での「類似度(非類似度)」を定義することである。非類似度は、「距離」で代替される。距離の定義は、ある意味では任意である。ただし、対象が多次元の数値尺度で特性データが表現されている場合は、対象間の(非)類似度を表す指標としては「ユークリッド距離」が用いられる。「市街地距離」などが用いられることもある。
 第二段階は、類似度が高いメンバーを結びつけることである。距離が近い順に、メンバー(クラスター)を同一クラスターとして順次に併合していく。注意しなければならないのは、個別のメンバー間での距離は、初期値として一義的な求めることができるが、併合されたあとのクラスターとメンバー(あるいは、クラスター)間の距離は、再定義することが必要なことである。
 最終段階は、クラスタリングを終了させるタイミングを決めることである。打ち切り基準としては、クラスターの数、全体の類似度、最終段階での併合の効率などがある。

11 質問紙法(Questionnaire Design)
 アンケート調査のこと。調べたい内容に関する多数の質問を書いた用紙を被験者に配布し、「はい・いいえ」などの簡単な様式で回答させる検査・調査の方法『大辞林 第二版』。マーケティング調査では、もっともオーソドックスでポピュラーな方法である。
アンケート調査の第一段階は、調査票を設計することである。まずは、回答者や調査対象に対して知りたいと思う事柄(項目ないしは仮説)を列挙する。通常は、もっと大きなマーケティング課題が調査の起点になっているはずである。つぎに、アンケート項目を配置する順番を決定する。質問項目の記入の仕方には、選択式回答形式(単一回答、複数回答の別)と自由回答形式がある。
 アンケート票の設計が終わったら、データの収集法を決める。郵送調査、面接調査(集団、個人の別)、電話調査、ネット調査がある。費用面と回答率、集計スピードに関して、それぞれにはメリットとデメリットがある。質問の量、分析の精度、回答者の疲労度、回答者へのアクセスのしやすさなど、複数の要因を勘案して調査方法を選択する。
 面接法などで調査そのものが現場作業を含むのであれば、事前に小規模なサンプル(10~30サンプル)で「パイロット調査」を実施することをふつうである。調査票の不具合が発見できる。本番の調査の際に、現場でリハーサルを行うことで、調査対象者へのアクセスなどの仕方をコントロールできることもある。
 実査が終わると、調査データを入力する。無回答の項目を発見たり、協力度が低い回答者が見つかることもある。分析をする前に、データをクリーニングしておかなければならない。ネット調査やコンピュータインタビューでは、データエントリーが済んでいる。
 最後に、調査データの分析段階に入る。高度な統計分析も大切だが、回答の分布、平均値や割合などの単純集計が基本である。ふたつの要因間の関連を「クロス表」でアウトプットできれば、調査項目間の関連が見えてくる。

 関連項目: ネット調査、定量調査