<第一回>
流通◎企画「農産物の輸出鼈ブランドニッポン皷の検証」1、花と鉢物㊤望まれる模倣品対策
/○日農/農政経済部/堀越■流通経済=Pあり
日本発のブランドが、農業分野にも勢力範囲を広げようとしている。その現状と外部環境の変化を評価しつつ、将来的な課題を、法政大学経営大学院の小川孔輔教授に検証してもらう。(全5回)
〓 高品質の切り花やシンビジウムの鉢物を、豊かになったアジアの都市部で販売しようとする動きがある。ただし、高品質ではあっても、日本産の花き類を継続的に高価格で販売できる保証はない。アジアの市場を攻略するには克服すべき課題も多い。具体的な事例を紹介することで、農産物輸出に関わる典型的な問題を4つ例示することにする。
事例1 大分メルヘンローズ(台湾向けのバラ)
切り花の輸出はこれまで、年末や旧正月、バレンタインデーなど、冬場のスポット取引が中心であった。2001年2月に、大分県玖珠町のメルヘンローズ(小畑和敏社長)がバレンタイン向けに台湾(台北)にバラを輸出した実績がある。台湾でもこの時期には高品質のバラが不足するからであった。
そこで、切り花輸出入商社のシースカイ(海下展也社長、当時)とメルヘンローズが組んで、スタンダードタイプのバラ約1000本を台北に輸出することになった。船渡し価格(FOB)で1本110円と115円の買い取り契約であった。
品質も良く現地では高値で売れた。ただ最大の問題は、この時期は日本でもバラの需要が大きいことである。冬場で生産数量も少なくなるので、供給が需要に追いつかない。国内市場でもこの時期はある程度の値段が確保できてしまう。残念ながら、この取引は翌年以降は継続できなかった。
事例2 福岡花市場(香港向けのシンビジウムの鉢花)
福岡の花市場では、数年前からシンビジウムの鉢を香港やシンガポールに出荷している。当初は2~3本立ちの小振りの鉢が7000~8000円(小売価格)で取引されていた。しかし、すぐに模造品が出回り、同じ値段で3~4本立ちのシンビジウムがふつうになった結果、日本の輸出業者は利益が全くとれない状態にある。
コピー商品は本物に比べて明らかに品質は劣っているが、未熟なアジアの消費者には、良品とまがい物を見分ける能力がまだ備わっていない。
事例1は、たとえ輸出する商品が高品質ではあっても、国内外の市場で需給がうまくバランスできないと継続取引ができないという場合である。事例2は、そもそも消費者の商品評価能力が低いと、商品にプレミアム価値がつかないという現実を示している。抜本的に模造品コピー対策ができないと、ブランド農産品の輸出は不可能であるという現実を突きつけた事例であった。残り2つは次回例示する。
写真=中国・昆明の花市場では品種を勝手に増殖したシンビジウムが売られる〓
<第二回>
流通◎企画「農産物の輸出鼈ブランドニッポン皷の検証」2、花と鉢物㊦高コスト物流の壁/○日農/農政経済部/堀越■流通経済=Pあり
事例3 岩手県八幡平市のリンドウ
八幡平市では、ニュージーランドの輸出業者をアドバイザーに、2002年からオランダや米国へリンドウを輸出している。05年には、それまで7日かかっていた海外市場への輸送日数を3~4日に短縮した。鮮度向上に努めるとともに、コールドチェーンの確立を目指し、オランダの花き市場でも高い評価を受けるようになった。
一方、採算性や欧州での需要期に合わせて開花する品種の育成などが急務であるほか、需要の掘り起こしや、海外での評価をてこにした国内でのブランド価値向上が課題となっている。
事例4 高知市三里のグロリオサ
グロリオサ「ミサトレッド」を03年1月、JA高知市三里支所園芸部が台湾に1620本を輸出した。輸出金額は約40万円。輸出経路は、高知→東京→台湾(空輸)となっている。大田花きの仲介で、高知市の補助を受けて一回実施された。しかし、台湾は関税が高く、輸送経費もかかるため、その後は本格的な輸出には至っていない。
輸出後、▼同JA?同市?は「品質は高く評価されたがミサキレッドの知名度が低かったため、販売価格は1本約243円と低迷した。また、台湾の関税が高く大幅な赤字となった」とホームページで報告している。
事例3は、15年ほど前、ニュージーランドの最南端で安代(現在八幡平市の安代地区)の農家が、季節が逆の南半球で、端境期の花を作る「国際リレー栽培」を試みたことがきっかけであった。その後、世界市場へ向けた花の輸出へ発展したケースである。
事例4は、高い関税と輸送コストの克服が課題であることを示している。
農産物の輸出立国として、アジアの消費市場をどのように攻略すべきかについて、販売戦略的な面から全体の絵図を描かなければならない。個別業者の努力にはおのずと限界がある。
これまで農水省は、輸入農産物を抑制するため、国費を投じてまで、陸海空の物流関連施設を増強する必要はなかった。しかし、輸出促進ともなれば話は別である。輸送ルートを固めて、輸出のための販売促進活動を支援することが必須である。
写真=岩手県八幡平市のリンドウは、ニュージーランドと連携して欧州輸出に力を入れる
〓
<第3回>
流通◎企画「農産物の輸出鼈ブランドニッポン皷の検証」3付加価値/割り増し価格は3~10倍
〓 日本の輸出農産物は、アジアの国でいくらで売られているだろうか。
<台湾の日本ブランド米>
台湾では、2000年から日本産のブランド米が輸入され、大手スーパーなどで販売されている。台湾人は元来が「日本びいき」なこともあって、概ね日本産の販売は好調である。
代表的な輸出ブランド米は、「魚沼産コシヒカリ」(新潟県)と「西いわみヘルシー元氣米」(島根県の減農薬・減化学肥料米)である。魚沼産コシヒカリが1・250元(1元15円)なのに対して、台湾産のコシヒカリは1・83元で売られている。価格差は約3倍である。ちなみに、ヘルシー米は1・190元で価格プレミアムは2倍強である。
<中国とタイの日本産リンゴ>
植物検疫の関係で、現状では日本から中国に輸出できる農産物はリンゴと梨に限られている。リンゴの販売価格を産地国別に比較してみる。
山東省産500・3・5元、米国産8・5元、ニュージーランド産7・5元に対して、日本産(300~350・)は25元と、日本産のリンゴには約10倍にもなる。糖度が高くおいしいとの評判が定着しているので、都市部の富裕層を中心によく売れている。
タイでも似たような状況である。日本産と中国産のリンゴは、約12倍の価格差がある。日本産「むつ」が1個125バーツ(1バーツ約3円)に対して、中国産「ふじ」は1個10バーツである。一般に考えられている以上に、日本からの輸出農産物の品質が現地では高く評価されている。
ちなみに、中国都市部での乗用車の販売価格は、カローラクラスが18~20万元(270~300万円)、フィットクラス(広州本田)で15万元(250万円前後)である(05年9月、トヨタ自動車調べ)。輸入関税と車の維持費が高いため日本の約2倍にもなるが、それでも富裕層は国産ではなく輸入車(日・独・米・韓)を購入したがる。実は、アジアの富裕層、特に中国人(華僑、華人)の所得上位層は、日本人以上にブランド志向なのである。
農産物のプレミアム価格が、乗用車以上に大きいことはデータで示した通りである。高い経済成長率(年率驩%弱)を考えると、農産物でもプレミアム市場が大きく広がることは間違いない。元やバーツの切り上げが予想される今、交易条件が改善される日本産農産物の将来は極めて有望である。
(法政大学教授・小川孔輔)
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<第4回>
流通◎「農産物の輸出・ブランドニッポン皷の検証」(4)/○日農/農政経済部/堀越■流通経済=Pあり
(4)食の智恵 文化と合わせPR
アジアの中で、日本の農産物が最も浸透しているのが台湾である。国別の輸出シェア(2005年実績)を見ると、米(精米)で26%、りんごが94%、梨47%、柿で17%である。突出しているのは、受け入れられやすい素地があるからである。台湾ついての「なぜ」に答えることは、日本の農産物の強みを客観的に分析することでもある。
第二次世界大戦後、日本は欧米から多くのブランドを受け入れてきた。食文化に関連する代表的なブランドは、コカコーラ、マクドナルドである。商品ブランドと同時に、日本人は欧米から消費文化(生活スタイル)を取り入れたのである。
台湾の消費者が日本の農産物を好むのも、それと同じ理由である。戦前からの日台の文化交流があって、言語や生活習慣に共通の土台が存在しているからである。台湾では欧米のビールではなく、日本ブランドが高いシェアを握っている。それは、個別企業のマーケティング努力というよりは、日本が文化移転に成功した結果である。
中国本土でも、いまや「ひらがな」(例えば「の」)が雑誌や商品パッケージに頻繁に使用されている。記号として美しく見えるからではあるが、その背景には、反日の政治状況とは矛盾する、日本的な消費文化への羨望や崇拝の念がほのかに見える。
日本ブランドの成功には、輸出先国への生活文化の移植が必須で、農産物と食文化はセットで輸出(移植)すべきである。二つの実例をあげてみる。
健康志向を受けて、寿司や豆腐などの単品のほかに、「マクロビオティック」という食事体系が欧米では広く受け入れられている。日本古来の知恵を生かした食事体系には玄米食、ごま、野菜、海草、みそ汁などが組み込まれている。元来が健康と安全という特性を持った日本の農産物は、食文化の仕組みとして普及させたほうがよい。
米国の西海岸では、「青山アニバーサリー」のような日本風のケーキ屋さんが人気を呼んでいる。また、日本のお茶と一緒に、低カロリーで見た目にも美しい和菓子がダイエット用のデザートとして飛ぶように売れている。
ケーキには、日本品種のイチゴや梨など、糖度が高く果肉が柔らかな果物が、和菓子の材料には小豆や香料などが使われている。日本の農産物は、海外では、健康で安全でおいしいプレミアム食材としての可能性が高いのである。
(法政大学教授・小川孔輔)
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<第5回>
「農産物の輸出・ブランドニッポン皷の検証」
(5)知的所有権 毅然とルール主張
〓 農産物輸出の問題は、知的所有権(育種権)の侵害である。多くがパテント(特許)付きの品種なので苗の違法増殖が後を絶たず、被害は当該国にとどまらない。日本への逆輸出もある。被害と対策について、3つの事例を見てみる。
韓国で出回るイチゴ品種は、大半が日本で育種、登録されたものである。「レッドパール」は愛媛県の育種権者が韓国の農家と許諾契約を結び、日本の業者を通じてのみ輸出が許されていた。しかし、苗が韓国内に広がり、ほかの業者も日本へ輸出し始めた。警告文の送付により、その後、大半は販売をやめている。「とちおとめ」は、無断で海外に持ち出された。
マレーシアなどから輸入されている菊の半分は、日本の種苗会社が育成した品種である。違法輸入切り花が国内相場にも影響を与えていたが、2005年以降は、大手2社の「キリンビール」と「精興園」が輸入商社の協力を得て、▼マレーシアや中国▼で違法増殖されたパテント付きの品種は日本に輸入できなくなった。その後生産者は、特許権の使用料を支払うようになった。
北海道が育成した白あん用インゲン豆「雪手亡」は、海外への許諾を出していなかったが、中国、カナダに流出した。北海道は99年からDNA識別技術開発に着手し、2002年には中国産インゲン豆が「雪手亡」であることを公表した。権利侵害には科学的手段に訴えることが重要である
品種権を、積極的に利用する動きもある。一連の事件の後、韓国ではイチゴにも種子産業法の保護が与えられることになった。結果として、日本にとっても、優良品種を海外で普及させ、許諾料を徴収できる道が広がった。
最後に、権利侵害の事例から得た教訓を4点にまとめてみる。①アジアの国の知的所有権は、国際的な商取引ルールを遵守する方向に変わってきている②育種権の侵害に関しては、たとえ面倒でも折に触れて品種権の正当性を主張し、法律に訴えることも辞さない態度を堅持する③法的な訴訟に勝つためには、明白な証拠や海外事業の実績を示し続ける努力を継続する④現地企業で品種の普及を担ってくれる良き提携を見つけることである。
日本産ブランドで、プレミアム価値を確保しようとするならば、工業製品と同様な措置「知財戦略」が必要である。農産物が例外であるということは全くない。
(おわり)
(法政大学教授・小川孔輔)
写真=特許権使用料を払う農場も増えている(中国・雲南省で)〓