15年前に、大学から2回目のサバティカル(研究休暇)をいただいた。1年間をかけて執筆した『マネジメント・テキスト マーケティング入門』(日本経済新聞社)が、今回で11刷になった。
定価3,800円、800頁弱のテキストである。当時は、日本で一番に分厚いマーケティングの教科書だった。その後、毎年のように刷りを重ねて、10回目の重版になった。わたしにとっても記録である。しかも、普通のテキストではない。価格が、4千円を超える値段の教科書である。
今回は、1,000部を増刷することになった。事例などはかなり古くなってしまっているが、テキストとしていまだに利用したいというニーズがあるようだ。考えてみれば、15~20年前の事例を知ることも、若い読者にとっては貴重なことなのかもしれない。
20代後半から30代前半にかけて、まだ世間の常識に染まっていない若者だったときのことである。米国留学でショッキングな経験をした。一流の米国人研究者は、ふつうに500~600頁の長さのテキストブックを書いていた。
大学院生はクラス授業に参加するために、その教科書を毎回、事前に読み込んで予習をしてきていた。教える側の先生もすごいが、学生も必死で勉強していた。分厚いテキストの存在は、米国の大学院での競争の厳しさの象徴でもあった。
それに比べて、「日本の学者が書く教科書は、ずいぶんと薄っぺらなのだなあ」と驚くとともに、太平洋戦争に日本が負けた理由が分かったような気持ちになったことを思い出す。1984年に2年間の海外留学から帰国した。そのときに自らの心にかたく誓ったことがある。
「いつの日か、厚さが国際標準の教科書を執筆すること」という自分への約束だった。
帰国してから25年後(2009年)に、わたしの無謀と思える計画は実現することになる。日本経済新聞社の堀口祐介編集長から声をかけてもらい、「マネジメント・テキスト シリーズ」で、マーケティングの上級教科書を出版する企画だった。
一時期は、本音を言うと、「なんとも不可能なことに挑戦してしまったなあ」と内心では後悔してしていた。それから5年ほど過ぎた2002年1月のある日のことである。尊敬する大先輩の橋本寿朗さん(法政大学経営学部教授)が心臓病で急逝した。
わたしの教科書プロジェクトを、日経新聞の堀口さんに仲介してくれたのが橋本さんだった。約束した仕事だったので、橋本さんが亡くなったその年から、真剣に「歴史に残る内容と厚さ」のテキストを執筆することを心に決めた。
約15年前に用意した各章の「オープニングケース」で、日本を代表する企業(トヨタ、ユニクロ、資生堂、キリンビールなど)を取り上げた。そして、当時はそれほど注目を浴びていなかった、文中の事例で取り上げたしまむらやヤオコーなどの企業は、いまも成長を続けている。その中の何社かは、今年になって最高益と売上高を記録している。
執筆に当たっては、引用する論文や著者たちを、海外の著名論文だけに偏らずに、国内とのバランスを考えて採用した。その意図は、いまになって生きてきていると思う。『マーケティング入門』の刊行から15年が経過したいまでは、記念碑的な著作や論文として、それらは日本の流通・マーケティング史に燦然と輝いている。
研究者的なビジネスマンとして、自らは予見性でも勝利したように思う。そして、なんといっても、本書は収入面でも「孝行息子」だった。筆者は、比較的に多産なライターだと自負している。しかし、それでも収入面で見れば、10刷りを重ねる書籍は多くはない。この本と「ブランド戦略の実際(旧版と新装版)」(日経文庫)だけである。
年齢的に、10刷りを超える書籍を出版することは、この先は極めて厳しいだろう。せめて今度は、クオリティで従来の書籍を凌駕するものを執筆して、最後の花道を飾りたいと思っている(笑)。
11刷りが決まった本日は、10刷り超えの記念すべき日になった。累計では、16200部である(総売上高は、6156万円:印税は10%)。本書をテキストに使ってくださった教師の皆さんと、実際に購入して下さった読者諸氏には感謝である。
大手書店や市民図書館、企業の図書室などで、『マーケティング入門』をよく見かけるようだ。弟子たちや同僚が表紙の写真を撮って、わたしのSNSのアドレスに送ってくれることがある。
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